
黒革の手袋を失くした。
裏地にカシミヤが施されて暖かく、サイズもフィットして気に入っていた。
部屋中の思い当たるすべてのところを探したが出てこない。
防寒着のポケットなども。
車の中もシートの下まで。
その日唯一外出したのは眼科である。
もしかししてそこに置き忘れかと、電話で問い合わせた。
しかし忘れ物はないという。
諦める。
家の西の隅には小さな滝のようになって水が流れ落ちるところがある。
冷えた朝は、それがぶつかりあったり跳ね上がったりして周りが凍る。
それは複雑で繊細で不思議な氷の形を造型する。
厳しい冬ならではの自然美である。
ひとつこと思ひ惱みつつ吾が部屋の灰色の壁に今日(けふ)もい向かふ (松)



