スイセン(水仙)  ~取り出した本~
- 2017/04/27(Thu) -
うたのある風景

書架から取り出して読んでいたのは『うたのある風景』、今から30年ほど前に発刊された古い本だ。
筆者はこの四月初めに亡くなられた大岡信さん。
訃報のニュースを見て、今一度その文章に触れてみたくなった。
『うたのある風景』は随筆集で67編が収められている。
季節感の濃さ、観察と批評の深さは言うまでもないが、その綴られる文章もまた清流のようにまことに心地よい。
「あとがき」で随筆について述べた箇所がある。

 随筆は短い文章である。(略)短い文章はだらだら長い文章よりもずっと難しい。
 それはいかに惜しかろうと捨てねばならぬ材料が多いからだし、一語一語にかかる全体の比重も大きいからである。
 何よりもまず、随筆にする材料を選ぶのは難しい。
 筆に随って思いのままに何でも書けばよろしい、というようなものではない。

評論家、詩人として言葉の重みを大切にしてきた大岡さんの思いの一端を感じ取ることが出来る。

“山のあなたの空遠く、「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。”で始まるカールブッセの詩についても取り上げている。
そこには時代の懐かしさと、最近のできごとに連なる叙述もあって興味深いものがあった。

 人には何となくおぼえこんでいる名文句とか愛誦詩の一節とかがあるものだ。
 詩句や文句の意味そのものに対してはもはや感動をおぼえることもないのに、ふと口をついてよみがえると、一瞬心がなごんで
 やさしい気持ちになることがある。
 「山のあなたの空遠く」というこのドイツの一叙情詩人の小曲は、そう言う意味ではずいぶん大勢の日本人にとって、「何となくおぼえている」  愛誦詩だったともいえるものではなかろうか。
 さすがに今では古びてしまったような気がするが、ある落語家がこの小曲をもじった新作落語で「山のあなあな」とやって大受けに受けたのは、決して大昔のことではなかった。

当時、新作落語で「山のあなあな」とやったある落語家とは、先日亡くなった三遊亭円歌さんだった。
(私達には〈歌奴〉の名の方がなじみ深いが)
随筆の中に取り上げて書いた人と取り上げられて書かれた人が、同じ四月に旅立たれたその偶然。

時々、古い本を取り出して読むのもいい。
なぜ自分がその本を残したのか、そんな意味を思い起こさせたり、欲したその頃の自分に遡ることもできる。
あと少し、残っているが今日中には終えそうだ。

庭ではまだいろいろな水仙が咲いている。
  
  一茎の水仙の花相背く  (大橋越央子)

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コメント

大岡信と円歌、ほんとに不思議な一致ですね。何処かでふたり苦笑いしてるかも。

このブログを見ていると、詩歌のフレーズがふと口から出て来ることがよくあります。

いく種もの水仙がいっぺんに見えて良かったです。
2017/04/27 05:06  | URL | 森のいずみ #-[ 編集] |  ▲ top

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