クラーナハ展 ~「ホロフェルネスの首を持つユディト」~
- 2017/01/10(Tue) -
クラーナハ99

“たまには都会の空気でも吸おう”そう思って二泊の旅に出た。

最初に足を運んだのは上野の国立西洋美術館『クラーナハ展』。
少し風があり肌寒さを感じさせる曇りの日だったが、多くの人が訪れていた。
チケットは事前に手に入れてあったので並ばずに入ることができた。
音声ガイドを頼み会場に踏み入れる。

クラーナハのすべてに魅了される展覧会だった。
そしてその企画構成もまた素晴らしい。
彼ををリスペクトする多くのアーチストの作品が並行して展示されており、クラーナハの魅力を更に引き立てる。
たとえばピカソの版画「ダヴィデとバテシバ」の第一ステージから第九ステージまでの一群。
クラーナハとピカソの融合に足が止まり惹きつけられる。
森村泰昌のセルフポートレートやレイラ・バズーキの絵画コンペティション、さらにはマン・レイ、マルセル・デュシャン等々。
それらの多視点での発想と多様な表現性にも驚嘆させられる。

90点を超える作品の中でやはり一番の存在感は「ホロフェルネスの首を持つユディト」。
元になった史実や背景は省く。

着飾った美しい女性が手に持つのは男の首。
それは自らの手で切り落とした敵軍の司令官ホロフェルネス。
祖国のために淡々と計画を実行しただけと、さも何事もなかったかのように前方へやわらかな視線を落とす冷静な表情のユディト。
一方、ホロフェルネスの白目を剥いた不気味で無機質な死顔。
そこには善と美と官能に権力と支配と醜悪との対比を思わせる。

全体を見終わって、もう一度戻り再び「ホロフェルネスの首を持つユディト」の前に立つ。
焼き付ける。

クラーナハと向き合ったおよその二時間は、十分満たされたものとなった。
しばらくは剣を持つユディトの顔が脳裏から離れないだろう。
外に出るといつものように周辺は人で混雑していた。
今にも雨が降ってきそうな空模様、ホテルへの帰途を急ぐ。

  冬の空昨日につゞき今日もあり   (波多野爽波)

クラーナハ60

クラーナハ02

クラーナハ70
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