
君待つと我が恋ひをれば我がやどの簾動かし秋の風吹く 額田王 (万葉集巻八 1606)
安田靫彦が描く「飛鳥の春の額田王」である。今開催されている初期日本美術院を中心とした「絵画の中の物語展」の中の第2室、再興院展の部屋にある。
大化の改新を終え治世の安定を迎えたその頃、飛鳥の宮を望む見晴らしの上に立つ額田王。時の人、中大兄皇子(天智天皇)と子どもまでもうけた大海人皇子(天武天皇)との兄弟の愛の中で心を振り子のように揺り動かされ、その相克に悩む。
大和三山が背後に見える。それを安田が描いたのは、男山である香具山が女山の畝傍をいとしく思い,もうひとつの男山である耳成と争ったとという大和三山伝説になぞらえたものだろう。
後に額田王は中大兄皇子が主催した場に同席したかつての夫に「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る」と詠い、大海人皇子はかつての妻に「紫草(むらさき)のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我れ恋ひめやも」と詠み返す。
王は薄絹を肩に纏って右手にもち、背を通して左手で支える。中大兄皇子と大海人皇子で揺れる悩む思いをそこに暗示しているようにも見える。美貌と才女故に、政治の中枢にいる権力者達の間に生まれた愛の葛藤、それを安田は王の表情に見事に表現している。日本の歴史画における名品の一つといえよう。
この作品は、中学か高校の時の国語の教科書の扉に載っていた懐かしい作品でもある。