ホオズキ(酸漿) ~いい形だなあ、彫ってみよう~
- 2014/11/30(Sun) -
ほおずきの彫り①>

冬を前にして、少し淋しげにホオオズキがありました。
一つ取って掌の上に乗せて見ていると、「いい形…」。
彫ってみたくなりました。

材は比較的柔らかめで、粘りもある朴です。
ホオズキの実物大のサイズに合わせて切り取ります。
辺材は省き、心材の部分だけを使います。
形のぎりぎりの線をノコで面取りをします。
さらに平刀で徐々に面を落としながら、丸みや動きを出していきます。
丸刀も加えながらホオズキの塊と凹凸感を出していきます。
花柄は細いため、一番最後に仕上げるように太いまま残すことにしました。
左手に作品、右手に彫刻刀を持って、机に置いたホオズキを目で追いながら彫り進めます。
稜線がクリアーに浮き出るように小丸刀で表現していきます。
ホオズキの袋の形がほぼできあがりました。
最後は花柄を印刀で細く削りあげて仕上げです。
およそ特徴は出せたと思いますが…どうでしょう。
着色もしましょうか。

思いの外短時間でできあがりました。

秋最後の日ですね。

   手に取ればほおずきは秋惜しみをり  (あや)

ほおずきの彫り②-1

ほおずきの彫り②>

ほおずきの彫り③

ほおずきの彫り④

ほおずきの彫り④-1

ほおずきの彫り⑤>

ほおずきの彫り⑦

ほおずきの彫り⑥>

ほおずきの彫り⑧

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フウチソウ(風知草) ~かぜもしるくさもみじの感傷を~
- 2014/11/29(Sat) -
フウチソウ291

フウチソウも色を黄朽葉色に変えています。
さよなら前の静かな色です。
そろそろの眠りにふさわしい粧いです。
もうすぐ風はそのすべての葉を遠くへ運んでいきます。
そしてその姿は地上から消え、土の中に根を残すだけとなります。
植物の輪廻転生です。
秋の感傷はそっと、そおっと、いくつかの思い出とともに…。

   夥しく黄なる落葉や草紅葉   (小澤碧童)

フウチソウ292

フウチソウ293
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シダレモミジ(紅枝垂れ) ~喪中葉書の届く頃~
- 2014/11/28(Fri) -
シダレモミジ281

知り合いの女性からご主人の喪中葉書が届きました。
まだ40代、国際部門で働くキャリアでした。
今年の年賀状は正装した素敵な5人家族の写真でした。
故郷を離れ都会に暮らす彼女です。
これから手紙を書きます。

枝垂れもみじです。
葉は細く、ギザギザと切り込みが入っています。
優しい味わいがあります。

    枝垂れ葉に光延び来て冬隣  (あや)

シダレモミジ282

シダレモミジ283
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バラ(薔薇) ~冬隣のバラ二つ~
- 2014/11/27(Thu) -
薔薇271

柔らかな陽射しの中にバラが咲いています。

秋が去ろうとしている今に。

 薔薇ノ木ニ
 薔薇ノ花サク。

 ナニゴトノ不思議ナケレド 
                 (「薔薇」 北原白秋 『白金之独楽』より)

もうすぐ白い冬がやってきます。

心を寄せ、きっぱりと立ちましょう。

   冬近しやわらかな陽に薔薇二つ (あや)

薔薇272
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裸になった木々 ~それは『用意』~
- 2014/11/26(Wed) -
裸になった木々

石垣りんに『用意』という詩がある。

 それは 凋落であろうか
 百千の樹木がいっせいに満身の葉を振り落すあのさかんな行為
 太陽は澄んだ瞳を
 身も焦がさんばかりにそそぎ
 風は枝にすがってその衣をはげと哭く
 そのとき、りんごは枝もたわわにみのり
 ぶどうの汁は、つぶらな実もしたたるばかりの甘さに重くなるのだ
 秋
 ゆたかなるこの秋
 誰が何を惜しみ、何を悲しむのか
 私は私の持つ一切をなげうって
 大空に手をのべる
 これが私の意志、これが私の願いのすべて!
 空は日毎に深く、澄み、光り
 私はその底ふかくつきささる一本の樹木となる
 それは凋落であろうか、
 いっせいに満身の葉を振り落とす
 あのさかんな行為は―
 私はいまこそ自分のいのちを確信する
 私は身内ふかく、遠い春を抱く
 そして私の表情は静かに、冬に向かってひき緊る。

庭の木々の姿を見ていて、その詩を思い出していた。

葉が落ち、色をすっかり失い、容姿を変えた樹。
然しそれはけっして凋落ではないと。
衰え、落ちぶれ、沈む形ではないと。
それはリスタートの「用意」なのだ。
それは新たな気力の「粋」なのだ。
自己の生を振り返り、また新たな出発のための一年に一度のセレモニー。

人にもそんな「いのちの秋」が必要かもしれない。
人にも時々の四季が必要かもしれない。

  逝く秋の風をききおり風の中 (阿部洋子)

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シャコバサボテン(蝦蛄葉仙人掌) ~白鳥みたい~
- 2014/11/25(Tue) -
シャコバサボテン251

シャコバサボテンがね、昨日咲いたんです。

白鳥に見えませんか?
翼を広げて少し首を下に向けて。
ゆるやかに湖畔に向かう。
そんなふうに。
花の中央を縁取る紅色も艶やかできれいでしょう。

でもね、この方もうかなりのお年なんです。
正確なことは忘れましたが、多分10年は越すと思うんです。
ほら根元を見てください。
まるで朽ちそうな老木のようでしょう。
それでもこうして毎年、白鳥花を咲かせてくれるんです。
もっとも年々花数は少なくなってはいますが。

もう一年、あと何年、いや尽きるまで見守ります。

そういえば今年も犀川に白鳥が飛来してきました。

  秋暮れてしゃこばさぼてんに回想す  (あや)

シャコバサボテン252

シャコバサボテン253

シャコバサボテン254

シャコバサボテン255
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イチョウ(公孫樹) ~箒公孫樹~
- 2014/11/24(Mon) -
公孫樹241

「公孫樹の木も箒になった」と詠んだのは光太郎だった。

樹はすっかり枝を露わにし、箒模様を呈する。
過去にきっぱりと訣別するがごとく。
眼をズームさせれば数枚の葉といくばかりかのギンナン。
これらも残された時間はわずか。
ところどころに見られる小さな膨み。
どうやら冬芽。
終わりの時を自覚した樹は同時に始まりの準備を始めているらしい。
樹は潔くそして手際いい。

 銀杏枯れ光太郎の箒となる  (あや)

公孫樹242

公孫樹243

公孫樹244
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イロハカエデ(紅葉) ~裏もみじという~
- 2014/11/23(Sun) -
モミジ231

モミジの紅葉。

昔から人々の心を魅了してきた色がそこにはある。
調和の取れたイロハニホヘトの切れ込みとともに。

さらには木の内に入っての眺めは趣がある。
下の葉に影が映るなどいうまでもない。
勝手に裏モミジなどと名付けている。

もみじには華やかさと哀れが同居している。
もみじには威厳と閑寂が同居している。

  かざす手のうら透き通るもみぢかな  (大江丸)

モミジ232

モミジ233

モミジ234
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キク(菊) ~何気ない秋のこと~
- 2014/11/22(Sat) -
キク221

2羽の雉鳩が住み着いている。つがいだろう。
掃いた金木犀の下に白い糞と羽が落ちる。寒くはないのか。

隣の柿畑では夫婦が三脚を立てて実を取っている。
これから干し柿にするのだ。手間のいる仕事である。

「また根切り虫がいたよ」と茶黒い虫を手に持ってくる。
このところ、タアサイがよくやられている。でも部屋まで持ってこなくても。

広告を見ていて隣で言う。「除雪機を買ったらどうお?」。「まだ自分でできるからいい。だいたい高すぎる」
「そんなの必要経費よ、いつも大変じゃない」。「なんとか頑張る」

「籾殻をもらいに行かない?」
軽トラを走らせて精米所へ。先客がいたらしい。糠もなかった。

台所で第9を掛けながらトントンしている。そして「大根を突いてえ」と渡される。
~春に 春におわれし 花もちる…きすひけ、きすひけ、きすぐれて~と歌いつつ手を動かす。少年の頃よく歌った。

「ギンナンも割ろうか?」
「まだだいぶあるから大丈夫」

「いつもありがとうね」
林檎が届いたとの電話が入る。思いの外早く着いたようだ。送ったのはフジと王林。

赤い菊が咲いている。
庭が淋しくなっていく。

ふと母の顔が浮かぶ。
その名を小さく口にする。

  ものつくる時みな一人暮の秋   (後藤紀子)

キク222

柿取り

雉鳩の羽と糞
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ドウダンツツジ(満天星の紅葉) ~夕餉は鍋~
- 2014/11/21(Fri) -
ドウダンツツジの紅葉202

「きれいだね」
白菜と大根とホウレンソウをもってやってきた義姉。
紅葉した満天星躑躅を見ての一言。

全体が赤く染まる。
空を背景に見ると、その色がなおいっそう輝く。
近づけば一枚一枚の葉も色鮮やか。
黄色みを帯び、尖りのある形をした実。
中にやわらかなカマキリの卵がひとつ。

彩る秋色を楽しむ。

夕餉は鍋。

    手に拾ふまでの紅葉の美しき  (和田順子)

ドウダンツツジの紅葉201

ドウダンツツジの実

カマキリの卵鞘
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キク(菊) ~感動させる以上に感動することを大切に~
- 2014/11/20(Thu) -
キク11204

昨日の新聞のコラムに紹介されていた。
高倉健さんが、絵本『南極のペンギン』で書いた言葉だという。
 僕の仕事は俳優だから、よくひとから拍手される。
 でも、拍手されるより、拍手するほうがずっと心がゆたかになる。
 そう思いながら、ぼくは手をたたきつづけていた。
健さんは石垣島の小さな学校の地区総出の運動会を見た時、震えるほど心を動かされたと。

コラムは結ぶ。
「感動させること」以上に「感動すること」を大切にした俳優、それが健さん。

周りの人に、小さな出来事に、身近なものに感動する。
感じる…。
考える…。
喜ぶ…。
愛する…。
好きになる…。
そうすれば心がゆたかになる。

健さんの顔を思い浮かべながら、また言葉の貯金ができた気分になった。

茎を自由に菊が咲いている。

   不器用な言葉残して菊に逝く   (あや)

キク11203

キク11202

キク11201
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ギンナン(銀杏) ~落ちて拾って取って干して割って~
- 2014/11/19(Wed) -
ギンナン11191

ギンナンが落ちて落ちて落ちて。
ギンナンを拾って拾って拾って。
バケツいっぱいになって。

果肉を取る。
悪臭とべたつく油脂。

そして天日干し。
取りこんではまた天日干し。
繰り返し天日干し。
硬殻が白くなってくる。

「そろそろいいと思うから、50個ほど割って」との声。
「わかった」
割器を出して、新聞を広げる。
少し早い第9を聞きながらのんびりとパチンパチン。
「できた~」
ここまでが私の仕事。
後はお任せ。

牡蠣や豆腐などと一緒に鍋の中に。
串に刺されてツヤツヤの緑。
鉢に分けて取る。
これこれ、1年ぶりの食感。
「今度は茶碗蒸しにするか」
「そうね」

   銀杏を水に浸せしよりの手間  (保坂加津夫)

ギンナン11192

ギンナン11193

ギンナン11984

ギンナン11195
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御射鹿池 ~東山魁夷と風景と絵~
- 2014/11/18(Tue) -
緑響く

朝が氷点下となる。
日一日と目に映る景色は色や形を変え季節が足早に動いていることを知らせる。
遠くから声を掛ける冬に、深色に染まった秋は身支度を整え始めている。

ところで、東山魁夷は自分と風景と絵について、著の中で次のように述べている。(『風景との対話』より)

絵になる場所を探すという気持ちを棄ててただ無心に眺めていると、相手の自然の方から私を描いてくれとささやきかけているような風景に出会う。
その何でもない情景が私の心をとらえ、私の足を止めさせ、私のスケッチブックを開かせる。
この一見、単純な出会いは偶然なのだろうか。風景との無言の対話の中に、静かに自己の存在を確かめながら、こつこつと歩いていくという生き方は、今の複雑な高速度の時代の歩みからは外れているかもしれない。
しかし美を素朴な生の感動として見る単純な心を私は失いたくない。     

また落葉松林に寄せて次のように記す。(『わが遍歴の山河』より)

からまつの林が好きだ。(略)
春の明るい空にとけこむ梢。やゝ黄土色を帯びた芽生えはこの上もなく柔らかい。(略)
新緑の頃は、かつこうやほとゝぎすが終日鳴きくらす。林の下を爽やかな風が吹き抜けてゆく。(略)
夏は平凡だが、風にざわめく枝をとおして、白い河原、清らかな流れを見下ろすのは涼しい。(略)
秋も半ばを過ぎ、葉が黄褐色になると空は白い雲を浮かべて益々青く深く澄み渡る。(略)
冬は痩せて寒そうだ。(略)
然し、真直な幹に左右に均整の穫れた枝が、どれも同じような形でいながら、よく見ると無限の変化を持つ。
                                         
自己の存在を確かめながら、風景と対話した魁夷。
たとえば 1982年作の『緑響く』は蓼科高原の青い御射鹿池に歩く一頭の白馬を描く。
水面は鏡となって馬と木々を上下反転させて映し出している。
その白馬はもしかしたら魁夷自身かもしれない。

たまには心を動かし自己の存在を呼び覚ます自然に身を置いて、ゆったりとした気分で無為の時を過ごすのもいい。

   からまつ散る縷縷ささやかれゐるごとし  (野沢節子)

夏の御射ヶ池

秋の御射ヶ池

東山魁夷 版画「落葉松」
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サザンカ(山茶花) ~山茶花日和~
- 2014/11/17(Mon) -
山茶花白141

サザンカは漢字で山茶花と書く。
だが、本来、「山茶花」と書かれるのは「椿」のことだという。
ではサザンカはどう書き表すのかというと「茶梅」が正しいと。
ややこしい話だが、『山茶花はなぜサザンカか』とい著の中で外山滋比古が解き明かしている。

要約するとこういうことだ。
 ・山茶花という名自体が誤り。
 ・「山茶花はじつはつばきの花なれども、古来、誤用し来れり」(『言泉』)
 ・「普通漢字で山茶花と書くが、これは茶梅と書くのが正しい」(平凡社「俳句歳時記」)
 ・ 山茶はツバキの漢名で、サザンカの中国名は茶梅。
 ・ 音としては古くはサンサカ、あるいはサンザカで、それが変化し、転じてサザンカになった。

言葉は時とともに本来の持つ意味や音から別の姿や形に変化する。
秋のやわらかな陽射しを受ける白い山茶花を見ながら、そんなことを思い出していた。

   散りながら白山茶花の花盛り   (三城佳代子)

山茶花白142

山茶花白143

山茶花はなぜサザンカか
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高村光太郎『美について』 ~心はいつでもあたらしく~
- 2014/11/16(Sun) -
美について

昔から高村光太郎が好きだった。
詩人としての、彫刻家としての、美術評論家としての、さらには人間光太郎が。

霜降る晩秋、『美について』を取り出し読む。
錆を落とすように。

     「言葉の事」
言葉は生き物であるから、自分で使つてゐながらなかなか自分の思ふやうにはならず、むしろ言葉に左右されて思想までが或る 限定をうけ、その言葉のはたらきの埒外へうまく出られない場合が多い。
人間の心情にはもつと深い、こまかい、無限の色合いがあるのに、言葉はそれを言葉そのものの流儀にしか通譯してくれない。
心の中の盡きせぬ思ひがどうしても口にそのまま出せないが、胸を裂いて見せたいと、昔からたくさんの戀人達が嘆き口説いてゐる。
言葉は人間に作られたものでありながら、獨立したもののやうに勝手に動いて、人間の表現力を制肘し監督して、これにお仕着せをさせる。

      「美」
世人の普通考へてゐるやうな眼や感情に、ただ綺麗に見える事物を直ちに美なりとする考へ方を、もう一歩深めてもらひたいと熱望している。
美とはけっしてただ綺麗な、飾られたものに在るのではない。事物のありのままの中に美は存在する。
美は向こうになるのではなく、こちらにあるのである。

綴られた中から琴線に触れる一節をこうして書き留める。

光太郎に次の言葉がある。
「こころはいつでもあたらしく毎日何かしらを発見する」
光太郎のようなそんな日々の中に歓びや感動や感謝や美を感じる生き方をしたいものである。

ところで私はよく使われる「老後」という言葉になじめない。
“定年したら、第2の人生を豊に送るためにも、老後の生活設計を”、こうした文言等を目にする度に…。

たとえ齢の多くを重ねても、個人にとっては、今は今である。
その瞬間、その場、その関係性の今(いま)こそを生きている。
たとえ体は不自由になったとしても。
たとえ認知に衰えが出てこようとも。
それぞれにとって生きているのは今、その時。
老いには重い歴史と深い皺に刻まれた今がある。
若さには無かった、知らなかった、見つけられなかった、あらたな「老今」がある。
「老い」てもなおかつ、「こころはいつでもあたらしく毎日何かしらを発見する」。
「老の世界」にもいつでもあたらしい時の心とあたらしい美がある。
私の生活事典に「老後」という項目は記載しない。

人生の秋を思索し、創造し、散策する。
ありのままの中のありのままの自分で。

    晩秋の誰が私を暖める (高澤晶子)

高村光太郎書


言葉の事

美について奥付

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ハナノキ(花の木) ~秋風の思い出~
- 2014/11/15(Sat) -
ハナノキ141

庭を掃く。
今、広がっているのはハナノキ。
イロハカエデなどに比べ、切れ込みが浅めで、幅広の形をしている。
見上げれば残るのはわずか。
もうじき樹は裸になる。

形のいいのを一枚拾う。
小さな虫喰いがある。
それもいい。
本に挟んでおこう。

  思い出を花の木の葉に見つけたり  (あや)

ハナノキ142

ハナノキ143

ハナノキ144

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カリン(花梨・榠樝) ~花梨の実があります~
- 2014/11/14(Fri) -
花梨の実141

大きな実が枝を撓めます。
カリンがその色を深く鮮やかにしています。

高いところにあります。
落ちてきます。
ドスンと音を立てて。
掌を合わせたほどのが二つ。

ツルツルしています。
ツヤツヤです。
いい香りです。
手にも香りが移ります。

部屋に一つ。
もう一つは車の中に。
自然の芳香剤です。
心をふんわりリラックスさせてくれます。

いかがですか…。

   おのが香を庭に放ちて榠樝熟れ  (金子伊昔紅)

花梨の実142

花梨の実143 - コピー
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イチョウ(銀杏落葉) ~まばゆき黄葉とギンナンと~
- 2014/11/13(Thu) -
イチョウ141

樹が黄色一色に染まりました。
これが晩秋の銀杏樹の姿です。

地面が黄色一色に染まります。
これが晩秋の銀杏落葉です。

ギンナンも混ざってぽとりとぽとりと落ちます。
バケツにいっぱいです。
一仕事になります。
私は茶碗蒸しに入れるのが好きです。

   一色に大樹の銀杏落葉かな (小澤碧童)

イチョウ142

イチョウ143

イチョウ144

イチョウ145
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サザンカ(山茶花・朝倉) ~咲く花も散る花も山茶花~
- 2014/11/12(Wed) -
朝倉141

この山茶花は朝倉という。
蕾の時はピンク。
その色を外に残しながら開いていく。
そして花はふわりとした八重の白。

花びらは地に落ちて広がる。

山茶花は咲き、山茶花は散る。

  山茶花は咲く花よりも散つてゐる (細見綾子)

朝倉142

朝倉143

朝倉144

朝倉145

朝倉146

朝倉147
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ニシキギ(錦木) ~秋の染めと秋の織り~
- 2014/11/11(Tue) -
ニシキギ111

ぶら下がる艶やかな朱色は錦木の実。
広がる鮮やかな赤は錦木の紅葉。
ほんのわずかな時だけの「錦」の名を得た粧い。

秋を見る。
秋が見せる。

人に詩を作らせる秋。
人に物語を書かせる秋。
秋は人の心をも秋にさせる。

たとえば、時を忘れて、一面の赤や黄色や茶色の世界に囲まれてその空気の中に立っていたい。

  手に拾ふまでの紅葉の美しき  (和田順子)

ニシキギ112

ニシキギ114

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菊 ~懐かしさと郷愁~
- 2014/11/10(Mon) -
菊11101

菊が山茱萸の木の下で咲いていました。
優しい色合いをしています。
一つの茎は立てずに地面に横たわっています。
落ち葉に菊、それもまたいい風情です。

小さい頃から家には菊がたくさん咲いていました。
懸崖などにして鉢植えで端正に育てていた父を思い出します。
あるいは花器に活けていた着物姿の母を思い出します。
そんな郷愁を感じさせてくれる花です。

きく。
きく。
きく。

声に出すと温かさと懐かしさに包まれます。

    いたづらに菊咲きつらん故郷は   (夏目漱石)

菊11102
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落ち葉 ~はらはらり、ひらひらり~
- 2014/11/09(Sun) -
桜紅葉

紅葉した桜。
黄葉した欅。

葉は風に吹かれ。
葉ははらはらり。

竹箒をもてば。
小さな落ち葉の山一つ。

また葉は枝に分かれ。
また葉はひらひらり。

栃も花水木も。

竹箒をもって。
小さな落ち葉の山二つ。

掃かれた上にまた落ち葉がひろがる。

   落葉掃くおのれを探しゐるごとく  (平井照敏)

欅黄葉

落ち葉掃き2

落ち葉掃き1
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サクラ(大阪冬桜) ~晩秋に桜咲く~
- 2014/11/08(Sat) -
大阪冬桜1183

あれは桜ですか?
ええ、さくらですよ。
今頃桜?
これはこのさむくなるじきにさくさくらなんです。
へえ、冬も近いのに。
そうなんです。やえのふゆざくらです。
冬桜?
はい、おおさかふゆざくらといいます。
大阪冬桜?
二どざきのさくらで、もちろんはるにもさきます。ことしは4がつにさいていました。
知りませんでした。そんな桜もあるんですね。
ちいさくて、いろもしろいのであまりはなやかさはありませんけどね。
色づいた葉に囲まれて咲くなんてなんか不思議な感じです。
だんだんにさびしくなっていくけしきのなかで、すこしあいしゅうをかんじますね。
哀愁の冬桜…。

   冬桜空の碧とさとかかはらず (馬場移公子)

大阪冬桜1181

大阪冬桜1182

大阪冬桜1184
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ビワ(枇杷の花) ~冬入る日、花に蜂あり~
- 2014/11/07(Fri) -
ビワ1171

実はいくつくらいなるんだろう。
そう思って見上げていた。

咲いているのは乳白色のビワの花。
蕾は薄茶で毛に包まれる。
11月入ってから少しずつ開き始めた。
実が黄色く熟すのは夏。
半年以上も先である。
もっとも、その頃はこの木は鵯たちのランチレストランとなるのが常である。

蜂も来て蜜を吸う。

   蜂のみの知る香放てり枇杷の花  (右城暮石)

ビワ1172

ビワ1173
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フユシラズ(冬知らず・カレンデュラ) ~ひなたぼっこ~
- 2014/11/06(Thu) -
フユシラズ63

黄色い小さな花が咲いています。
フユシラズです。
朝は閉じていてお日様があたる頃に花を開いていきます。

秋が深まるこの頃から雪の真冬にも、そして春まで咲きます。
だからフユシラズなんですね。

毎年同じ場所でこうして出てきます。
きっとこの地が好きになってくれたのでしょう。
たぶんこぼれ種からだと思いますが。

ヒラタアブもやってきました。
小春日和のひなたぼっこです。

   玉の如き小春日和を授かりし  (松本たかし)

フユシラズ62

フユシラズ61
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カツラ(桂黄葉) ~一枚のハート~
- 2014/11/05(Wed) -
カツラ黄葉141

桂が美しく黄葉しています。
空の青に引き立ちます。
素敵なコントラストです。
落ちた葉が甘い香りを鼻に届けます。
文字通り、佳い香りの木の「桂」です。
中国には「月の世界にあるという木」の伝説もあるようです。

下の方に一枚の葉が枝にありました。
ハートの形をしていました。
淡い恋物語の場面に出会った気分です。
ちょっぴりロマンチックな青春に…。

  黄葉の一葉に愉し時は翔け  (あや)

カツラ黄葉142

カツラ黄葉143
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サルナシ(猿梨・こくわ) ~ミニミニキウイ~
- 2014/11/04(Tue) -
サルナシ1141

サルナシを収穫した。
形も色もそして味もキウイのミニ版といったところだ。

来客があったので出した。
二人ともサルナシを知らなかった。
サルナシは少し皺がより、やわらかめのものが食べ頃だ。
それを撰んで小さな器に盛る。
「かわいい」、「甘い」。
「猿が好きなのも分かる」と次々に口に入れた。

6月の白い花は時間をかけて実となる。

  日をまとひ十一月のこくわ穫り  (あや)

サルナシ1142

サルナシ1143

サルナシ1144

猿梨の花1145
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バラ(薔薇) ~書店へ出かけて~
- 2014/11/03(Mon) -
秋薔薇1103

少し気が早いかもしれないが。
しかし、いつものこととして。

来年のカレンダーと手帳を購入した。
何年も同じ社のものを使っている。
見た目や使いやすさという観点から、自分の生活様式にしっくりいくのである。
早速今分かっている予定を書き込む。

空いた日が多くなる来年。
あれもこれもと頭に想を描く。

再び淡いピンクの薔薇も咲いている。
秋薔薇は寂しい。

   関わりの世事も減りたり文化の日  (保坂加津夫)
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キク(菊) ~春草の思い~
- 2014/11/02(Sun) -
菊142

赤い菊が咲いている。

「赤い菊」を見ると思い出す一枚の絵がある。
菱田春草の『菊』である。
小色紙ほどの大きさに赤い菊が描かれる。
そしてこの絵を見ると、端座して揮毫する春草の悲痛な面持ちを思い浮かべてしまう。

明治44年、36歳で夭折した春草。
知るところ、この年に描かれたのは4作。
腎臓病に加え、画家の生命である眼疾を患い、失明の危機が迫る中でそれらは描かれる。
『菊』はその一つ。

金地の背景には何も描かれない。
墨を基調にした黒みがかった葉にはたらし込みによるにじみの表現。
花のうち中央の一つだけを薄紫に施した意図とは。

金地に濃彩表現という特徴から、この絵が描かれたのは、六曲一双屏風『早春』と同じ1月頃と推測される。
従って、菊の咲く時期の写生ではない。
つまりは彼の心象写生。
たとえば菊は長寿、そして花の九輪は苦。
たとえば赤は輝く光、そして黒は静かな闇。
病に蝕まれ、弱りゆく己の体への自覚と生への希求の交錯。
この小品にはそんな思いが込められているような気がしてならない。

当時の手紙にはこう記されている。(いずれも部分抜粋)
○(千代夫人の手紙)旦那様も先頃より眼のほうあしく、誠に困入り候。
 先年のよふとは又違ひ両眼ともにはしの方、ぼうとして見えぬ事にて、先年の如く注射致され居り候。
 御承知の如く、治らぬ目に候故、ただひどくならぬ様早くかためてしまふより外致し方これなく候。(3月9日)
○小生正月より前の如く眼疾再発にて此の度は殊に甚敷病ひ居り困却致し居候。
 先頃より全く筆を絶ち諸事打ち捨て療養罷在り候。
 唯今は新聞雑誌等も見兼る様に相成神経衰弱に陥り弱り居り候。(4月2日)
○眼の方も網膜炎は起こり居候為、諸物体明瞭に見え不申候。
 只々少しの起臥動作の際、眼にひかり出で、一分間ほど物見へず暗黒と相成り、夫を前にも心配致し居り候処…。(4月23日)
                                                                      
このあと春草の病状は悪化の一途を辿り、9月16日帰らぬ人となる。

この絵を見る度、私の脳裡には重い病と闘いながら絵筆を執っている春草の必死な姿がありありと映り出されるのである。

   今日はまた今日のこゝろに菊暮るゝ (松尾いはお)

菱田春草「菊」軸装M44作

菊「花部分」

菊「葉部分」

菊「落款部分」
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ヤツデ(八つ手) ~カレンダーを捲る~
- 2014/11/01(Sat) -
八つ手141

木々が葉を落とす頃咲く花たちもある。
八つ手もその一つ。
まだ多くは蕾だが、これから寒さが増すに連れて開いていく。
白い小さな花が丸くまとまる。

蜂がやってきた。
どうやらアシナガのよう。
花が少ないこの時期、彼らにとって八つ手は貴重な栄養源となっているらしい。

11月だ。
もう11月だ。
まだ11月だ。

郵便屋さんが年賀状の注文を取りに来る。

   今日といふ十一月の得難き日 (稲畑汀子)

八つ手142
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