キク(菊)  ~菊に住む~
- 2011/10/31(Mon) -
薄黄菊

秋には菊が似合う。
野の菊はもちろんのこと、栽培種を含めて秋が似合う。
また、「菊」という語と響きもいい。
「おきく」さんという名なら、いかに和風な人かと想像したりする。
そいえば藤村にも「おきく」という詩があった。

   おきく
 くろかみながく
 やはらかき
 をんなごころを
 たれかしる
  (略)
 をとめごころの
 あさくのみ
 いひつたふる
 をかしさや
  (略)
 をんなごころは
 いやさらに
 ふかきなさけの
 こもるかな
  (略)
 こひするときと
 かなしみと
 いづれかながき
 いづれみじかき

家の菊もさまざまな表情を見せている。
秋の時間がゆったり流れていく。
こんな日、時計が止まってくれるといい。

   老いらくのかしづくごとく菊に住む  (上林白草居)

薄黄菊  

薄黄菊 
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オオサカフユザクラ(大阪冬桜) ~ひそやかに咲く~
- 2011/10/30(Sun) -
オオサカフユザクラ 

落ち葉を掃く。
欅、桜、栃、桂…。
それぞれの大きさと軽さと失なわれた形と。
時を刻んだ褐色の秋模様。
門前の小僧のようにただ箒を動かす。
リズミカルな音が繰り返される。
地面の上に現れる悟りのような掃き目。
落ち葉の小さな山がいくつもできる。
繰り返される毎年の作業。
そんなことさえ、今年はことにありがたく思える。

一通りを終えて片付けを済ませる。
ふと見ると、桜が咲いている。
大阪冬桜、春と冬の二度咲きの桜だ。
白い小さな八重桜である。
色を失い裸になる樹があり、新たに色をまとう樹がある秋の日。

来年のカレンダーが送られてきた。

   痛さうに空晴れてをり冬ざくら   (黛執)

オオサカフユザクラ  

オオサカフユザクラ   
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バラ(ジョンエフ・ケネディ) ~小春日和と気象予報士は伝えて~
- 2011/10/29(Sat) -
JFK 

腰を低く折り曲げ、丁寧な言葉を差し出す。
「大変ですね」
「いえ、仕事ですから」
テープレコーダーのように「いえ、仕事ですから」のリピート。
気遣いの仕事が続いた。

郵便箱に彫刻展の案内が二つ届く。
新作を加えた先生の回顧展は山あいの美術館。
友人のは小海線沿いのギャラリー。
まだ芸術の秋に深く染まっていない自分。
少しは仕事生活を離れよう。
creatorとしての時間と姿を…。

JFK。
悲劇の大統領John F. Kennedy 。
その名の白い薔薇が。
小春日和の小さな庭に。

   白薔薇は散る花びらも無垢のまま (文)

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バラ(薔薇・ミニュエット・Menuett ) ~秋冷の中にある薔薇~
- 2011/10/28(Fri) -
ミニュエット3

仕事を終えて車に乗り込み、帰路に付く頃には辺りは暗い。
地方都市のさらに周辺地に位置する職場の周りには街路灯も少ない。
職場を出て間もなくの国道で、目の前をゆっくりと狸が横切った。
それだけのことだが、なぜかほっとする瞬間を覚えた。
企業訪問で気疲れが続いたせいだろうか。
そういえばこの頃、朝の通勤路に狸の気の毒な姿が多く見られる。
夜行性のため、夜の内に事故に遭うことが多いのである。
そんな狸の姿などにも季節を感じる。
昨朝は最低気温が2度だった。
秋冷という時候の言葉がふさわしくなった。

ピンクの薔薇がある。
花びらの外縁を濃くする。
名はミニュエット、風とともに軽快な音楽を奏でそうである。

   桃薔薇に秋冷いたる伊那の谷  (文)

ミニュエット  

ミニュエット 
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キク(菊) ~黄菊に偲ぶ母の影~
- 2011/10/27(Thu) -
黄色菊

東京は木枯らし一号だとか。
街路の落ち葉が舗道の上を滑る。
また、秋が一歩進み濃さを増していく。
そういえばいつのまにか虫の音が聞こえなくなった。
彼らはどの世界へ行ったのだろう。

黄色い小菊が咲く。
童謡が耳の中に流れる。

   次の世のしづけさにある黄菊かな   (浅井一志)

黄色菊  

黄色菊 
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ツワブキ(石蕗) ~さびとわびとしずけさと~
- 2011/10/26(Wed) -
石蕗 

    時の香    大江拓次

  この ひとわたりすぎさつた時のにほひは
  うらさびれた奥庭のなかにちらばふ影
  そのあしあともなく うしなはれる
  まどろみ ねむりの花

庭の片隅に石蕗の花。
彩りを変えていく秋の淋しさの中で。
そこだけが小さな灯で照らされたように。
言葉が届く。
そこにあることで。
そこにいることで。
一隅を照らす、そんな石蕗の花。

   静かなる月日の庭や石蕗の花   (高浜虚子)

石蕗  

石蕗
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バラ(薔薇) ~薔薇の散策~
- 2011/10/25(Tue) -
ピンクの薔薇

   薔薇の散策     大江拓次


  棘をかさね、棘をかさね、いよいよに にほひをそだてる薔薇の花(4)
  吐息をひらかせる ゆふぐれの 喘(あへ)ぎの薔薇の花(12)
  みどりのなかに 生ひいでた 手も足も風にあふれる薔薇の花(18)
  眼にみえぬ ゆうふぐれのなみだをためて ひとつひとつにつづりをあはせた 紅玉色の薔薇の花(19)
  現(うつつ)なるにほひのなかに 現ならぬ思ひをやどす 一輪しづまりかへる薔薇の花(20)
  眼と眼のなかに空色の時をはこぶ ゆれてゐる 紅と黄金の薔薇の花(21)
                                     (『大江拓次詩集』~薔薇の散策~の36より抜粋)

薔薇の造形。
薔薇の芳香。
薔薇の色彩。
薔薇の物語。
薔薇の妖艶。
薔薇の清純。
薔薇に酔う。
薔薇に惑う。
薔薇を歌う。
薔薇に感じる
薔薇に涙する。
薔薇に思い出す。
薔薇の情景。
薔薇は罪。

   自らへ贈るくれなゐ強き薔薇 (櫂未知子)

紅薔薇 

薄紅薔薇

黄薔薇 

桃薔薇
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キク(フウシャギク・風車菊) ~秋のねにききとれる~
- 2011/10/24(Mon) -
風車菊 

黄色い風車菊です。
包むような膨らみを持つ匙弁をしています。
それが風車を思わせるように花の周りを取り囲みます。
ひと味違う趣があります。
菊の季節ですね。

    ふかみゆく秋     大江拓次

  とほくおとなひの手をのぞかせて
  あらわにもさびしさをのべひろげるひみつの素肌
  あしおともかろくながれて空の虹をいろどり
  砂地のをかにももみぢする木の葉をみおくり
  ちからのないこころのとびらをあけて
  わたしはふかみゆく秋のねにききとれる
                        (『大江拓次詩集』から)

秋も深みゆきます。
いろいろな秋のねが聞こえます。
いろいろな秋の思いが甦ります。
私もいろいろな秋を重ねてきました。

   白秋と思ひぬ思ひ余りては (後藤比奈夫)

風車菊

風車菊  

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ダルマホトトギス(達磨杜鵑草) ~秋をこめて咲き~
- 2011/10/23(Sun) -
ダルマホトトギス 

達磨杜鵑草が二つあります。
一つは開き、もう一つはまだ蕾です。
土のすぐ上です。
小さな花です。
下の柿の葉と比べれば、その大きさがわかります。
丸い葉をしています。
これが達磨さんのイメージということなのでしょうか。
葉が蝕まれています。
美味しかった?
落ち葉が周りを埋めます。
ここにも秋があります。

  野の庭に山が匂ひ来時鳥草    (前田正治)

ダルマホトトギス

ダルマホトトギス  
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キク(菊) ~むらさき抒情~
- 2011/10/22(Sat) -
キク

   むらさき抒情        小林純一作詞  中田喜直作曲  (昭和38年2月)

  母の仕立てた本裁ちの
  紫も濃い矢絣を
  はじめて着たのは秋でした
  遠くで祭の笛が鳴り
  近くでキリキリ百舌のなく
  静かな秋の朝でした
  静かな秋の朝でした

  いまも苦しく懐かしく
  わたしの胸を揺する人
  はじめて見たのも秋でした
  庭には紫苑が咲いていた
  静かな秋の午後でした
  静かな秋の午後でした

  秋のその日の思い出に
  わたしは石を買いました
  小さな紫水晶を
  誰にもいえないときめきと
  誰にもいえないやるせない
  静かな秋の思い出に
  静かな秋の思い出に

朝のラジオから流れていた曲である。
倍賞千恵子が歌っていた。
若い女性の胸に秘めた初恋だろうか。
儚く切ない思い出。
秋は恋心をかき立てたり、過去を思い起こさせたりする。

だいぶ葉が落ちた桜の木のてっぺんで百舌が鳴いている。
紫の菊が咲いている。

   われありと思ふ鵙(もず)啼き過ぐるたび  (山口誓子)

キク 

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バラ(薔薇・プリンセスミチコ Princess Michiko) ~慈愛の薔薇~
- 2011/10/21(Fri) -
プリンセスミチコ    

朱色の薔薇です。
気品のある薔薇です。
控え目な香りがあります。
優しい丸みをおびた花びらです。
しっとりとした和を感じさせます。

昨日10月20日、美智子皇后は77歳の喜寿を迎えられたそうです。
この薔薇は皇太子妃時代の美智子様に英国から献呈された薔薇です。
今から40年前のことです。
美智子様の慈愛のお心をこの薔薇に見ます。

秋の深まりゆく庭にある薔薇です。

   蕾よりすでに王妃の薔薇として  (原田青児)

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フジバカマ(白藤袴) ~静かな秋~
- 2011/10/20(Thu) -
フジバカマ白

川霧が広がっています。
稲刈り後のハザが並びます。
たわわに実った柿や芒…、童謡や昔話の世界です。
山々は水墨画のようにモノトーンの絵になります。
郷愁を誘う詩情があります。
庭先からは様々な色の菊がのぞきます。
ハンドル握る眼に入る朝の景色です。
秋冷えの中の出勤の様子です。
時々、狸が道路に横たわっています。

白い藤袴も咲きました。
秋は静かです。

   藤袴手折りたる香を身のほとり   (加藤三七)


フジバカマ白 
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柿と金木犀 ~上に下に朱色の秋~
- 2011/10/19(Wed) -
富有柿

富有柿 

富有柿  


富有柿が実る。
例年より幾分少なめだ。
いつもの収穫は11月になってから。
今年は色づきが早い。
本来なら穫るには少し早いが、すでに濃い色のをいくつも籠に入れた。
朝に夕にデザート。
甘い。
だんだんに必要な分だけ穫って。
秋の味覚のありがたさ。
食する幸せ。


金木犀がだいぶ散りだした。
地面が朱に染まる。
掃くのがもったいない。

柿と金木犀、同じ色。

  柿うましそれぞれが良き名を持ちて   (細谷喨々)

金木犀地面に広がる

金木犀地面に広がる  

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フジバカマ(藤袴) ~むらさきのふぢばかまをば見よといふ(晶子)~
- 2011/10/18(Tue) -
フジバカマ 

藤袴の花言葉には「ためらい」「あの日を思い出す」「優しい思い出」とある。
「ためらう」のは“おなじ野の露にやつるる藤袴”と夕霧に言い寄られる玉鬘か。
“ふぢばかまをば見よ”といいつ「あの日を思い出す」与謝野晶子。
“想ひごとふと声に出づ藤袴”と「優しい思い出」に浸る永方裕子。

憶良も詠むように、その昔から野にありて親しまれてきた。
閉じた蕾が開くと、中から捩れた糸のような花びらが現れる。
然りとて目立つような美しい花ではない。
しかし、なぜか心を惹きつける素朴な花である。 

   藤袴歌に詠むべき名なりけり    (佐藤紅緑)

フジバカマ   

フジバカマ    

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ホトトギス(杜鵑草・油点草・時鳥草) ~紫の味わい模様~
- 2011/10/17(Mon) -
杜鵑草  

ホトトギスの名はその花を彩る紫の斑が、時鳥の胸の斑紋に似るところに因るという。
また油点草の名も充てる。
こちらは、その不規則に現れる妖しげな形を、油滴が浮遊すして描きだす模様に見たててのことだろう。
いずれにしても、他の花にはあまり見られない不思議模様が花びらを飾る。
情趣に富む魅力的な花である。

竹の器に挿す。

   ほととぎす咲かせかたぶく齢(よわひ)かな  (岩城のり子)

杜鵑草   

杜鵑草    

杜鵑草
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バラ(薔薇・ラビアンローズ・La Vie en rose) ~薔薇色の人生~
- 2011/10/16(Sun) -
ラビアンローズ  

 処女(をとめ)の心の薔薇の花
 まだはなしたことのない
 ぼんやりとした淡紅色(ときいろ)の青年
 処女の心の薔薇
 お前は吾等に何も言はなかった
 偽善の花
 無言の花
         (「薔薇の連禱」の一部 レミー・ド・グルモン 大江拓次訳から)


秋の陽に薔薇が咲きます。
やわらかな薔薇です。
La Vie en Rose というフランスの名を持つ薔薇です。
英語ではThe Life in Roseということのようです。
「薔薇色の人生」…。
秋の薔薇に自分を見つめて。

   命ある日々が青春薔薇を観に (伊東宏晃)

ラビアンローズ

ラビアンローズ 
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ホシザキゼラニウム・スターテル(星咲きゼラニウム) ~落ちてゆく重さ~
- 2011/10/15(Sat) -
星咲きゼラニウム・スターテル   


 「里の秋」   斎藤信夫作詞 ・ 海沼実作曲

 静かな静かな 里の秋
 お背戸に木の実の 落ちる夜は
 ああ 母さんとただ二人
 栗の実 煮てます いろりばた

 明るい明るい 星の空
 鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
 ああ 父さんのあの笑顔
 栗の実 食べては 思い出す

3年ほど前だったか、この時期のある会の始まりで「里の秋」を歌うことになった。
歌詞と楽譜が用意され伴奏が流れる。
と、ほとんどの参加者が歌えない。
というより、この曲そのものを知らないのだという。
多くはアラフォーの女性。
カルチャーショックとでも言おうか、あるいは世代の相違と言うべきか。
私のイメージでは「美しい日本の歌」の一つとして、誰もが知っている歌だと思っていた。
私は大きな声で、そして少し顔を赤らめながら歌った。
他にはほとんど声が聞こえなかった。

朝のラジオからこの歌が流れていた。
食卓にはゆで栗が並ぶ。
そんな秋のある日のことを思いだす。

   落ちてゆく重さの見えて秋没日   (児玉輝代)

星咲きゼラニウム・スターテル
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シュウメイギク(秋明菊) ~秋の月 秋の心~
- 2011/10/14(Fri) -
秋明菊

会議で遅くなる。
館を出ると見上げる空に月がある。
すぐそばには寄り添うように金星がある。
まるで睦まじい恋人のようなロマンをかきたてる二つの姿。
それは夕べのこと。

そして今朝3時、いつものように起きて見る西の空にはまだ寄り添う二つ。
万葉人ならずとも歌いたくなる情景。

  心なき秋の月夜の物思ふと寐の寝らえぬに照りつつもとな  (万葉集 2226)
  ぬばたまの夜渡る月のさやけくはよく見てましを君が姿を (万葉集 3007)
  ひさかたの天照る月は見つれども我が思ふ妹に逢はぬころかも (万葉集 3650)
  ぬばたまの夜渡る月にあらませば家なる妹に逢ひて来ましを (万葉集 3671)

目に映るものに情感を研ぎ澄まされる秋。
秋明菊もまた心を誘う。

   片づけて秋明菊を挿しにけり (黒田杏子)

秋明菊 

秋明菊  
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バラ(モーツアルトMozart  Shrub Rose) ~小夜曲でも~
- 2011/10/13(Thu) -
モーツアルト 

夕べの月はオレンジがかって妖艶で魅力的だった。
勤めを終えて帰るハンドルの向こう、丁度赤石の山の上にあった。 
久しぶりに見る心惹かれる満月だった。
どこかで誰かもその月を見ながら、いろいろな思いを巡らせているのだろうと思いつつ車を走らせながら眺めた。
秋は夜空も澄んで月影、星影もさやかで美しい。

一重の薔薇が咲いている。
花びらは5弁、花径は3.0cmほど。
僅かだが佳香を持つ。
半蔓性で枝は細く風になびく。
とても丈夫な薔薇である。
名をモーツアルトという。
どんな理由からの名付けだろうか。
繊細さ?不憫?

   その薔薇の名も古りにけり吾も古り   (石田勝彦)

モーツアルト
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キンモクセイ(金木犀) ~見えさうな香りなりけり~
- 2011/10/12(Wed) -
金木犀  

このところ暮れるのが早くなり、まさに「秋の日は釣瓶落し」の感を深くする。
家に辿り着くころには、すでに辺りは真っ暗である。
車のドアを開けると、そんな深まりゆく季節をさらに確かめさせるものがある。
広がる甘い香り。
金木犀。
香りに対し、その感じ方は昼と夜では微妙に違う。
それはきっと視覚があるとなしの差だろう。
暗闇では鼻の感覚が機能し、嗅覚に神経が集まる。
花がどこにあるかを目で確かめる必要はない。
だからいっそうその香りが体の隅々まで入り込む。
仕事の頭が癒やされるような心地よい気分で玄関のノブに手をかける。
車を駐めて30秒。

   見えさうな金木犀の香なりけり  (津川絵理子)

金木犀   

金木犀
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イワシャジン(岩沙参) ~秋のカリヨン~
- 2011/10/11(Tue) -
イワシャジン

桔梗そっくりの花は岩沙参。
でも、どれもが下を向いて咲く。
まるでカリヨンのようだ。
さらに違うのは、茎と葉がきわめて細いこと。
一株に咲く花の数が多いのも桔梗と異なる。
垂れる花を持ちこたえられぬかのように茎は湾曲して地に近付く。
それゆえに、とてもその中の顔まで覗くことはできない。
支えてやりたくなるような繊細さが漂うたおやかな花である。

   カリヨンの風の音静か岩沙参 (文)

イワシャジン 

イワシャジン  
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プルーン ~なぜに返り咲くのかと~
- 2011/10/10(Mon) -
プルーン       

柿がたわわである。
ちょっと早いが一つ穫って味見をしよう。
そう思って、次郎柿に手を伸ばした。
そのときである。
おやっ?
そばのプルーンの木の様子がいつもと違う。
花が咲いていたのだ。
今年は5月のゴールデンウィークにその白い花を満開にさせていた。
それがこの秋にである。
二度咲き、狂い咲き、返り咲き…。
色々と変わったことを見る今年だ。
目を近づけると、春の花びらと少し変わっていることがわかる。
それは真っ白というのでなく、少し緑がかっている。
ところどころは葉と同じようにも見える。
季節外れの花ゆえなのだろうか。
当然のことながら、実がなることはないだろうが…。

柿は少し固かった。
甘みも、もう少しである。
収穫するのはまだ先がよかろう。

   プルーンの秋に身を置く返り咲き  (文)

プルーン     

プルーン    
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ハマギク(浜菊) ~ひだまりの寒山拾得~
- 2011/10/09(Sun) -
ハマギク

浜菊が咲き出したのは2、3日前から。
体育の日を前後に毎年のことである。
大きめの白い舌状の中に円を描くように黄色い筒状花がある。
花数が多く、そこに小さな虫たちがよく集まる。
胴にきれいな三色のリングを持ったのはツチバチの仲間だろうか。
張り付いてずっと動かない。
アリたちもやって来る。

晴れの日が続く。
木々の葉が落ちる。
今日もまた落葉掃き。
寒山拾得の心持ちになる。

   考えずただ手が動く落葉掃く  (文)

ハマギク 

ハマギク   
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ゼフィランサス(Zephyranthes candida・玉簾・タマスダレ) ~心白く~
- 2011/10/08(Sat) -
ゼフィランサス

木陰に白い花が顔を見せました。
ゼフィランサスです。

やあ、こんにちは。
いちねんぶりですね。
おげんきでしたか。
ええ、はやねはやおきびょうきもなくです。
それはよかったですね。
たいじゅうもずっとおなじです。
こんなあきばれのひ、なにをなさっていますか。
いろいろとすることばかりです。
おしごと?
そうですね。あれもこれもです。
せっかくのさんれんきゅうなのに、おでかけしないんですか?
ちじんのこてんにはいくよていです。
げいじゅつのあきってやつですね。
じぶんのせいさくもです。
たいへんなんですね。
そんなわけではないんですが、やることやりたいことがつぎつぎなんです。
そうですか、それではあなたのすることをここからながていますね。
いろいろあるなかで、ぎゃくさんしてすすめようとおもっています。
また、はなしにきてくださいね。
わかりました。

ゼフィランサス、心まで白くなります。
話をしたくなるような花です。


   秋風、行きたい方へ行けるところまで  (種田山頭火) 

ゼフィランサス 
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ヒャクニチソウ(百日草・zinnia) ~ほんものは続く~
- 2011/10/07(Fri) -
ヒャクニチソウ

夏からの百日草。
百日の日を咲き続けて今は秋。
一日、一日、一日…毎日。
知らず知らずのうちにその数が増えていく。

東井義雄に「ほんものは続く 続けるとほんものになる」という言葉がある。
こつこつを積み重ねれば、いつしか他が成し得ないような境地に到る。
伝統の技を持つ職人はそうだろう。
価値あるものは時を超え、脈々と息を持つ。
文化は淘汰されていいものだけが遺されていく。
続けることの尊さは多くの先人の例を引くまでもない。

自分だけがわかる小さなことでいい。
自分が自分自身に約束して行うこと。
やることで見え、わかることがある。
行うことでできた喜びと高まる実感。
続けてきたたことをこれからも納得するまで。
ほんの少しでも「ほんもの」に近付くように。

   百日草百日の花怠らず  (遠藤桐逸)


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バラ(薔薇) ~シュールな時間~
- 2011/10/06(Thu) -
bara.jpg

  明日を待つ薔薇  大江拓次

  しろけれど ここをこめていろにぬれ、
  ひかりをつつみ、
  ひびきはむらむらとまようて
  たのしいときめきの瞼(まぶた)をひたす。
  ゆれるやうにひらくばらのはづかしさよ、
  明日の日に おまへはゆれるよ、
  おまへは ほのぼのあかくなるよ、
  ふかいにほひに おまへははてしなくながれてゆくよ。
  あすの日に鳥のやうにひらくばらのゆめ。

一重の紅薔薇が咲いています。
名前は忘れました。
開くにつれて花びらの内に黄色が広がります。
蕊も同じ色です。
秋の薔薇は少しセンチメンタルです。

   薔薇はいかなるときも薔薇であり   (文)

bara  
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ヒガンバナ(彼岸花) ~「ごんぎつね」とひがんばな~
- 2011/10/05(Wed) -
ヒガンバナ 

 お昼がすぎると、ごんは、村の墓地(ぼち)へ行って、六地蔵(ろくじぞう)さんのかげにかくれていました。
 いいお天気で、遠く向こうには、おしろの屋根がわらが光っています。
 墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。

新美南吉の『ごんぎつね』の一節である。
昔から南吉の物語が好きだった。
2年前の11月下旬には彼の生まれ故郷、半田の新美南吉記念館を訪ねたことがある。
「牛をつないだ椿の木」の文庫本を1冊持って出かけた。
ホールの中央に置かれた南吉像を見ながら、29歳という若さで亡くなった才能ある作家を偲んだことを思い出す。
今、その半田市矢勝川堤では200万本の彼岸花が満開だと聞く。
いつかこの時期にまた訪ねてみたい。

家の彼岸花を眺めながら「ごん」と南吉と思いだしていた。
そういえば彼岸花には「狐花」の名もあった。

   曼珠沙華咲く野に出でよ観世音  (橋本鶏二)

ヒガンバナ  

ヒガンバナ   

ヒガンバナ
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ノギク(野菊) ~そのままでそのままに~
- 2011/10/04(Tue) -
ノギク  

冷え込んだ。
北の志賀高原では初冠雪があったという。
ここも最低気温が10℃を切り、いきなり秋が部屋の中に上がり込んできたようだ。
女子高生は黒い制服にカーディガンを羽織っている。

庭の片隅に野菊が咲いている。
他の草花とともにあるその楚々とした野の姿がいい。
時々、小さな虫が来ては留まる。
勤めの机に一輪を。

   野菊は野菊にてよしそのままに  (文)  

ノギク

ノギク 
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コルチカム(colchicum・イヌサフラン) ~日影に花一つ~
- 2011/10/03(Mon) -
コルカチム

   時の香   大手拓次

  この ひとあたりすぎさつた時のにほひは
  うらさびれた奥庭のなかにちらばふ影
  そのあしもともなく うしなはれる
  まどろみの ねむりの花 

コルカチムが柿の下にある。
ひっそりとである。
毎年の場所である。
日当たりの場所を好むというが。
ずっとそのままである。
藤桃色が淋しげである。
秋の日陰にコルチカムがある。
光が欲しいコルカチムである。

   秋光のつぶさに光る日影かな  (松村蒼石)

コルカチム 

コルカチム  
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オキザリス(Oxalis bowiei) ~ひとつの秋に耳を澄ます~
- 2011/10/02(Sun) -
オキザリス  

小さな秋の声。
聞こえる。
「いっぽ、いっぽ、ただうしろのあしをまえに、うしろのあしをまたまえに」
私のことです。
「いっぽ、いっぽはちいさいけれど」
今一度、過去の頁を開く。
「いっぽがうしろにみちをつくる」
心を確かめながら。

陽射しの中に薄紅色の花がある。
多年草のオキザリス・ボーヴィー。
葉はクローバーのよう。
花は地面の中で秋を感じて顔を出す。

   今といふ刻わがいろに秋生きる   (山崎荻生) 

オキザリス 

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