シジュウカラ(四十雀) ~時は流れ~
- 2011/03/31(Thu) -
シジュウカラとエナガ

きっと花が咲く前の蕾というのはやわらかくて美味しいのでしょう。
このところよく庭の木々に小鳥たちがやってきては、啄んでいます。
今、一番集まって来るのはコブシの木。
まだ花びらの白い色さえ見えない、小さな拳(こぶし)に嘴を挿します。
前の枝にはシジュウカラ、後ろにはエナガと、違う鳥も仲良く混ざって口に運びます。
我が家の春の一コマです。

時間が流れていきます。
時は表情を変えずに針を刻みます。
ただただ正確に。
どの空にも。
どの屋根の下にも。

三月も終わります。
いろいろが終わります。
綴られた仕事の厚い冊子が閉じられ、棚の片隅に置かれます。
新しい表紙のファイルが並びます。
数字を書き入れます。
そしていよいよ始まります。

もう準備はできましたか。


    四十雀つれわたりつゝなきにけり   (原石鼎)  

シジュウカラ 
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
フリージア(Freesia) ~深い慈愛~
- 2011/03/30(Wed) -
フリージア

   茶と詩   坂村眞民

   心かなしむ人のために
   心すさびた人のために
   心からおいしく飲んでもらう
   一服のお茶を
   進ぜられるようになりたい
   そうあなたは言われる
   (略)
   そのたび私たちを結んでくれるのは
   東洋に伝わる
   深い慈愛のおしえであった 
                (『自選 坂村眞民詩集』より)

次々と咲いて花数を増やす黄色いフリージア。
見ているだけで明るい気分にしてくれる。
「厚手の服を脱いで、軽やかにいきましょう」そんな声が聞こえて来そう。
そうです、そうする時期です。
見た目だけでなく、心の中も弾ませていきましょう。
花言葉には「慈愛 親愛の情 無邪気 純情…」。
それらの言葉を少しでも自分に。

   古壺に挿して事なきフリージア (後藤夜半) 

フリージア 

フリージア  
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
シバザクラ(芝桜) ~クレヨンのように~
- 2011/03/29(Tue) -
芝桜

少しずつ桜便りが届いて来ます。
名古屋では27日に開花宣言が出されたとのこと。
どうやら各地とも平年並みのようです。

私も家の河津桜を見てみました。
蕾の先が少し綻んで、赤い色が覗いています。
花びらを広げるのもそう時間のかかることではなさそうです。

そうそう、実は目を落とせば下にも桜があるんですよ。
と言っても、ほんとは芝桜なんですがね。
よく見かけるのはピンクですが、うちのは白です。
花びらはハート形の5枚。
その内側には、筆でちょんちょんと書いたような二つの青い線。
そして中からは鮮やかな黄色い蕊が覗きます。
咲き出したばかりなので、花は枯葉に混じってぽつりぽつりとわずかです。
まだ、花一面というわけにはいきませんが、これから白一色に埋め尽くされることでしょう。

アネモネを見つけました。
ムスカリもあります。
だんだんに春の色がそこかしこに広がってきました。
画用紙に描くクレヨンの色が加えられていくように。

     芝ざくら一つ二つと指で指し  (文)

芝桜 

芝桜  
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
エナガ(柄長・long‐tailed tit) ~懈怠なきを~
- 2011/03/28(Mon) -
エナガ  

にぎやかな小鳥の声が聞こえてきます。
窓を開けて見ると、その持ち主はエナガでした。
斜めになった桜の古い枝を器用に掴んでいます。
愛らしい丸っこい顔をしています。
右向いたり、左向いたり、そして上へ下へと頭が忙しく動きます。
あるいは体の向きをくるりと反転させたりと、じっとしていません。
それはまるで動くおもちゃのようです。
柄長の名は、柄杓の柄のような長い尾の鳥ということでしょう。
英語でも“long‐tailed tit”とそのままです。

そろそろ3月から4月へのバトンリレーです。
一つが終わります。
そしてまたもうすぐ新しい次が始まります。
この機会に自分の中のマンネリを洗い落としましょう。
メガネの汚れを拭き、靴の紐を縛り直してスタートしましょう。
今一度、心を新人さんになったつもりにして。
『仕事』とは「志をもってする事(志事)」です。
『仕事』とは「思いをもってする事(思事)」です。

懈怠なく気を引き締めて、確かな歩を進めましょう。
いえ、私への言葉です。

    枝の鳥時告げくれし弥生尽   (文)

エナガ 
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
ユキワリソウ(雪割草) ~息止めて見る~
- 2011/03/27(Sun) -
雪割草

庭を白くしていた夜半の雪も、陽が昇るとすっかり溶けました。
もう3月も下旬、これを名残雪というのでしょう。

紅梅の下に赤い花が二つありました。
雪割草です。
葉はまだありません。
気をつけて見なければ見逃すところでした。
落ち葉の中から見え隠れするかのように顔を出しています。
ほんのほんの小さな花です。
可憐という言葉が似合う花です。

思い出していました。
この花が我が家で初めて咲いた日のことを。
それはやはり3年前の3月、春。
父が亡くなったそのときに咲いていた花でした。
心を落としていた私を慰めてくれた花でした。

時は知らず知らずのうちに悲しみをも流していきます。
しかし、時にはこのように小さな花が過ぎ去った日のことを呼び戻したりしてくれます。
いろいろのことを思い出しながら、腰を屈めて見ていました。

   息止め見る雪割草に雪降るを  (加藤知世子)  

雪割草 

雪割草  



この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
ウメ(鹿児島紅梅) ~心きよくたもたんと~
- 2011/03/26(Sat) -
鹿児島紅梅  

   四行詩  坂村眞民

   心きよくたもたんと
   花のすがたの前に立つ
   無心に咲ける花なれば
   一途に咲ける花なれば

   あしたをひらくはななれば
   われのこころもひらくなれ
   にほひこぼれるあさなれば
   われのおもひもにほふなれ
                  (『自選 坂村眞民詩集』より)

鹿児島紅梅は真紅の梅。
深く濃い紅色といったほうが正しいかもしれない。
英語で言うならアガット、瑪瑙のような色だ。
爽やかというより、高貴さが漂う。
こうして色を作る木の中にある不思議。
当たり前のように見てはいるが。

周りに春の彩りが増えていく。

   紅梅やゆつくりとものいふはよき   (山本洋子)

鹿児島紅梅   
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
フユシラズ(冬知らず・Calendula) ~むすびあう~
- 2011/03/25(Fri) -
カレンデュラ 

   おむすび    坂村眞民

  たきたてのごはんのおむすびのうまさ
  ひとつぶひとつぶがひかりかがやいて
  こころやさしいひとのりょうてで
  かたくもなくやわらかくもなく
  うつすらしおけをふくんでにぎられた
  おむすびのおいしさ
  むすびあうというそのなのよさ
                (『自選 坂村眞民詩集』より)

庭の土手にはたくさんの黄色い花。
2cmほどのこの小さな花は“冬知らず”(カレンデュラ)。
陽が昇ると開き、陽が沈むと閉じる。
お日様といつもいっしょの花。
花言葉は「悲嘆・悲しみに耐える」。

すぐそばの施設にも大勢のかたがたが来られた。
子どもさんもおられる。
なにかできることを。
なにかしなくては。
わたしにできること…。

   縁とは絆とは春の愁かな  (富安風生)

カレンデュラ
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(1) | ▲ top
バラ(アンティーブ・Antibes) ~小さなおしえ~
- 2011/03/24(Thu) -
アンティーブ 

  小さなおしえ   坂村眞民

  見知らぬ人でもいい
  雨に濡れていたら
  走って行って
  傘に入れておやり
  (略)
  (略)
  (略)
  ねがえりもできす
  ねている人があつたら
  こおろぎのように
  そつと片隅で
  愛のうたを
  うたつておやり

  小さなことでいいのです
  あなたのむねのともしびを
  相手の人にうつしておやり
             (『自選 坂村眞民詩集』より)

薔薇の名はアンティーブ。
それはピカソが愛した地中海にある街の名。
幼くして「絵」に目覚めたピカソ。
少年期の表現は写実。
続いて青年期の青の時代。薔薇色の時代。
自己確立のキュビズムの時代。回帰する古典主義的時代。
そして表現主義的シュルレアリスム的「ゲルニカ」の時代と表現のスタイルは変貌していく。
主題を貫くのは「平和」「愛」「生」「人間」。
ピカソも言う、「他人に無関心でいられようか」と。

ピカソの絵を思い浮かべながらテーブルの上の黄色いミニ薔薇を眺めていた。

    萌いろの絵の三月の暦かな (皆川白陀) 

アンティーブ
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
ウメ(白梅) ~みなそう考えたら.~
- 2011/03/23(Wed) -
白梅   

   「なにかわたしにでも できることはないか」     坂村眞民

  “なにかわたしにでも
   できることはないか”
  清家直子さんは
  ある日考えた

  彼女は全身関節炎で
  もう十年以上寝たきり
  医者からも見放され
  自分も自分を見捨てていた
  その清家さんが
  ある日ふと
  そう考えたのである
  (略)
  “なにかわたしにでも
   できることはないか”
  みんながそう考えたら
  きつと何かが与えられ
  必ずひろい世界がひらけてくる
  (略)
  どんな小さなことでもいい
  “なにかわたしにでも
   できることはないか”と
  一億の人がみなそう考え
  十億の人がみなそう思い奉仕をしたら
  (略)
                (『自選 坂村眞民詩集』より)

白梅が咲きました。
私はそれを眺めています。
あなたはそれを見ることはできません。
せめて香りだけでも運びたい思いです。
時が来れば外に出ることもできましょう。
季節が巡れば草木が景色を変えていきます。
今しばらくは部屋の中で暖かくしていてください。
必ず明るい光が届き、温かな陽射しが照らしていきます。
うまく伝えられません。
くれぐれもお体を大事になさってください。

          勇気こそ地の塩なれや梅真白 (中村草田男)

白梅

白梅 
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
クリスマスローズ(Christmas rose) ~One for all,all for one.~
- 2011/03/22(Tue) -
イエローシェード   

曲が頭の中を流れる。
 
  ひとりの小さな手 なにもできないけど
  それでもみんなの手と手を合わせれば
  なにかできる なにかできる
    (略)
  ひとりの小さな目 なにもみえないけど
  それでもみんなの瞳をあわせれば
  なにか見える なにか見える
    (略)
  ひとりの人間は  とても弱いけど
  それでも  みんなが集まれば
  強くなれる  強くなれる
                 (『ひとりの手』 訳詞:本田路津子/作曲:ピートシーガー)

小節の間にみんなの合いの手が入る。
40年も前のあの頃のフォーク。

黄色いクリスマスローズが一輪咲いた。
花言葉は〈私の不安を救いたまえ〉。
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」。
 

   兄妹の相睦みけり彼岸過   (石田波郷)

イエローシェード 

イエローシェード
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
シクラメン(Cyclamen coum・原種シクラメン コウム) ~かなしみ~
- 2011/03/21(Mon) -
コウム 

   かなしみ    坂村眞民

  なんとも言えぬかなしみが
  潮のように満ちてきて
  じつと寝ていられぬときがある

  なんとも言えぬかなしみが
  潮のように引いていつたあと
  まもられている自分に涙することがある
                     (『自選 坂村眞民詩集』より)

土の上にあるのは原種のシクラメン、コウム。
落ち葉に紛れるほどに小さく低い。
花は1㎝ほど、茎もか細い。
楚々とした姿がなんとも愛おしい。
凍てつく真冬を耐えしのび、今を知り咲く命。
冬の後には必ず春がある。

   シクラメンはシクラメンのみかなしけれ   (中村汀女)
 
コウム

コウム  
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(2) | ▲ top
いっぽ
- 2011/03/20(Sun) -
紅梅

いっぽ
いっぽ
いっぽ
いっぽいっぽはちいさいけれど
いっぽがなければつぎへはすすまない
いっぽがうしろにみちをつくる

いっぽ
いっぽ
いっぽ
いっぽいっぽはちいさいけれど
いっぽをつなげればどこまでもいける
いっぽがたしかなみらいをつくる

ただうしろのあしをまえにうしろのあしをまたまえに

いっぽ
いっぽ
いっぽ
いっぽいっぽをそろえてふみだせば
ひろくてながいおおきなみちになる

いっぽ
いっぽ
いっぽ
 
紅梅    

紅梅 
この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(0) | ▲ top
すなおに
- 2011/03/19(Sat) -
福寿草

わたしよ
すなおに
やさしく
すきとおれ

わたしのにんげんをめざませ
わたしのにんげんよはたらけ

わたしよ
ひとすじに
ひそやかに
すきとおれ

みえるものとみえないもの
いまはおもいをみえるものに
こころをかたちになるものに

福寿草 

福寿草  
この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(0) | ▲ top
けんめいに
- 2011/03/18(Fri) -
ほとけのざ 

なにをこらえなければならないのか
なにをゆずらなければならないのか
なにをおさえなければならないのか

いかりいきどおり
せつなさやるせなさ
なにがゆうせんされるべきなのか
じぶんがおもいつくすべてをなす

いまもさむさにふるえ
くうふくにたえ
みをよせあい
ねむれぬひとびとがいる
つかれきったひとびとがいる
ひえきったかたいゆかによこたわるひとびとがいる
けんめいにいきるひとびとがいる

きょうもすうじがふえていくふかいかなしみ

ほとけのざ  

ほとけのざ
この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(0) | ▲ top
かなしみ
- 2011/03/17(Thu) -
ナズナ 

   かなしみは
   わたしを強くする根
   かなしみは
   わたしを支えている幹
   かなしみは
   わたしを美しくする花
   かなしみはも枯らしてはならない
   かなしみは
   いつも湛えていなくてはならない
   かなしみは
   いつも噛みしめていなくてはならない
                    (『自選 坂村眞民詩集』より)

このむじひにも
れいせいにたちむかうひとびとがいる
このせいさんさにも
ましょうめんにむきあっているひとびとがいる
このこんきゅうにも
ちつじょをたもつひとびとがいる
このきょうふにも
ひるまずたたかうひとびとがいる

こたえよう
いや、こたえなければならない
それはぎむである

ナズナ

ナズナ  
この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(1) | ▲ top
いたむ
- 2011/03/16(Wed) -
フキノトオ4

むねがいたむ

かなしみのふち
くるしみのへや
そこいにいるひとびと

こころをあわせる
ちからをあわせる
てをあわせる
のりきる
みんなでささえる
みんなでたすける
みんなで

フキノトオ5
この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(2) | ▲ top
きっと
- 2011/03/15(Tue) -
イベリス6

みずからを
さとし ふるわせて
ゆらぎ まわり
なだめ なみだぐむ
  
すなおに やわらかなおもいをつつみこみ
ここにいるわたしたちがきもちをつよくもつ

きっときっときっと

みんなでこころをはたらかせ
そのちのひとびとへおもいをはせて
やれることをやる

きっときっと

できることをさがし
なにかをする
めにみえるかたちで
する

イベリス1

イベリス7
この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(0) | ▲ top
祈る
- 2011/03/14(Mon) -
スノーホワイト

これほどまでに
恐ろしき
忌まわしき
悲惨な光景
今起きているこのことが夢でないことがあまりにもくやしい。

遠くでできることは小さいかもしれない。
でも、小さくてもやれることを届けよう。
気づくことを実行しよう。
私たち自身が「生かされている」今を精一杯生きる。
そのことが無念の人々への使命ではないか。

祈る。

スノーホワイト 

スノーホワイト  
この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(2) | ▲ top
無念
- 2011/03/13(Sun) -
白梅  

語る言葉を持てない。
何が起きたのか。
術なしの一瞬。
あまりにも残酷だ。
ああ、驚愕と悲嘆
恐怖と無念。
胸が締め付けられる。

できることをする。
できるだけのことをする。
私たちにはできる。
人の愛と力と勇気。

そこでも白梅が咲くはずだった。
祈る。

    白梅に鎮魂の空青深く  (文)


白梅 

白梅
この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(1) | ▲ top
鎮めたまえ
- 2011/03/12(Sat) -
カナツェイ  



祈り

えっ、現実!
映る信じられぬ世界
目を疑う
言葉を失う
体が震える
精神が耐えられぬ
悲しさ、辛さ、悔しさ、恐ろしさ…
錯乱する思考
私の血を落ち着かせる
目をつぶって静かに祈る
鎮めたまえ
祈る



   ただただに白薔薇の花に神の心よ (文)


カナツェイ

この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(3) | ▲ top
バラ(薔薇・ピンクマリーナコルダーナ) ~念ずる心~
- 2011/03/11(Fri) -
ピンクマリーナコルダーナ 

   「念ずる心」  坂村眞民

   善根熟するまで
   念々怠らず精進して
   自己を作っておこう
   そしたら
   春風吹き来つた時
   花ひらくことができ
   春雨降り来つた時
   芽を出すこともできよう
                     (『自選 坂村眞民詩集』より)

めまぐるしい一週間だった。
そして、もう少しで区切りである。
スケジュールを睨みながら、確実に事を運びモノを成し遂げる。
細心深慮をもって最後の詰めを進めよう。

帰って来ると薔薇が待っててくれる。
今日、私に声を掛けてくれるのは「ピンクマリーナコルダーナ」。
ドイツ生まれのミニ。
花はどんなときでも優しい。


    両の手に薔薇の実受けぬ愛天降り (鬼頭文子)

ピンクマリーナコルダーナ

ピンクマリーナコルダーナ  
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(1) | ▲ top
ハコベ(繁縷・ハコベラ) ~小諸なる古城のほとり~
- 2011/03/10(Thu) -
はこべ

日溜まりにはこべも顔を出す。
白い花はハート形の5弁で5㎜ほど。
葉は柔らかく口に含んでみたくなる。
別名にひよこ草、すずめ草とあるのも可愛い。
英名でもchickweed。
chickはひよこ、ひなどりの意で同じだ。
ほかにも朝しらげ、日出草ともある。
朝の光をうけるとさかんに開くことにちなむのだろう

この花を見ると「千曲川旅情の歌」を思い出す。
藤村も眺めた光景か。
彼も腰を屈めて手にしたのかもしれない。

まだ肌身には冷たい信濃の春である。

   朝はまだ素直な心はこべ萌え (船迫たか)  

はこべ 
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(1) | ▲ top
ユキワリソウ(雪割草) ~ようやくの春~
- 2011/03/09(Wed) -
ゆきわりそう 

受験シーズン真っ只中だ。
青春の物語としてどうしても捲らなければならない1頁である。
完結させるためにはそこを飛ばすわけにはいかない。
人生にバイパスや近道はない。
ひたすらに自分を律してそれに真正面から向き合うしかない。
まさに「行くに径に由らず(ゆくにこみちによらず)」である。
努力した量に比例して結果は生まれる。
「君のこれまでの傾注してきた精神の蓄積を必ず神様は見ている」。
受験生にはそんな言葉を伝えたい。
そして「今日まで自分を導いてきた力は、明日も自分を導いてくれるだろう」(島崎藤村)と。

「受験」で思い出すのは高石友也の歌である。
バンジョーに乗って「おいでみんさんきいとくれ~」とシニカルに歌う。
私たちはその歌詞の実際をリアルタイムで経験していた。
そして、その時を経て私の今がある。
今ここにいる不思議を感じつつ、その頃がなければ今の私はないと思い返す。


青い雪割草がある。
「雪割草」…その名、その文字、その響きが素敵だ。
春の訪れを喜ぶ人々の思いが込められているのだろう。
葉は三角形で浅く3裂している。
三角草(ミスミソウ)が本来の名とあり、それはその形にもとづくようである。
この花もそうだが、この時期の花は多くは小さい気がする。
それがまた、ようやくの春らしくていい。

    みんな夢雪割草が咲いたのね   (三橋鷹女)

ゆきわりそう  

ゆきわりそう
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(1) | ▲ top
デンドロビウム・キンギアナム(Dendrobium kingianum) ~なごり雪も降る時を知り~
- 2011/03/08(Tue) -
キンギアナム 

時ならぬ雪だった。
思いのほか積もった。
湿った雪は重い。
竹は大きく湾曲してせり出し、道を塞ぐ。
路面はシャーベット状になり、ぐちゃぐちゃだ。
電線もたるみ、時折ばちゃっばちゃっと音を立てて落ちる。

いつもより10分早く出た。
スピードを控え目に慎重にハンドルを握る。
そう、私はノーマルにしたのだった。
でもやはり溶けるのも早い。
勤めを終えた頃には景色の中の雪はほとんど消えていた。

部屋では強い香りが広がっている。
その持ち主はデンドロビウム・キンギアナム。
2㎝ほどの小さく白い花で、舌の中に赤紫のドットが見える。
色といい、大きさといい、形といい、素朴であり控え目であり清楚である。
育てに無知な私のそばに来て何年もなるのだが、時が来ればこのように咲いてくれるのはありがたい。

このところ、一日一日が早く過ぎる。
ゴールまでに残された日が待ったなしに仕事を私に求める。
プライオリティをしっかり見極めて進める。


   青空をしばしこぼれぬ春の雪   (原石鼎)

キンギアナム  

キンギアナム
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
ユキワリソウ(雪割草) ~見えないもの~
- 2011/03/08(Tue) -
2011032519322656f[1]

表には現れないけど、あるものは確かにある。
人には見えないけど、内にはちゃんとある。
その、あるものをきちんと見えるような目や心を持ちたい。
人工的な美しさだけでなく、内面の美しさ。
華やかに飾り立てられた美しさでなく、内側からにじみ出る美しさ。
見せびらかせる美しさでなく、人が見つけ感じる美しさ。
美しさとは、心の持ちよう。
そんなことを思う。

この記事のURL | 思い・感じ・考えたこと | CM(0) | ▲ top
ユキワリソウ(雪割草) ~にこにこ あそぶんです~
- 2011/03/07(Mon) -
ゆきわりそう

  陽遊   八木重吉

さすがにもう春だ
気持ちも
とりとめの無いくらいゆるんできた
でも彼処にふるえながらたちのぼる
陽遊のような我慢しきれぬおもいもある


  花      八木重吉

にこにこ
遊びたくなった
ひとつ 花をください
もって あそぶんです
               (『定本 八木重吉詩集』より)


花の色
春の光
花の香
春の音
花の声
春の歌
花の雫
春の流

耳を澄ます。
眼を見開く。
聞こえる、見える、感じる。
重吉の言うように外は「さすがにもう春だ」
外に出ると自ずと「にこにこ」となる。

  人は影鳥は光を曳きて春  (永方裕子)

ゆきわりそう 
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(1) | ▲ top
クリスマスローズ(Christmas rose) ~冬にさよなら~
- 2011/03/06(Sun) -
 クリスマスローズ 

どうでもいいようなことをこだわることがあるんです。
ほかのひとからみればおかしくおもえるんでしょうね。
たいやをこうかんしました。
ふゆようのすたっとれすたいやをかえたのです。
まいとしさんがつのさいしょのしゅうまつにかえるんです。
ずっとそうなんです。
「え、もうかえたの」とときどきひとにはいわれます。
「まだはやいんじゃないの」って。
「まだゆきがふるかもしれないよ」って。
でもなんねんもなんねんもこのじきにするときめてきたので、こえなきこえにからだがはんのうするんです。
さんがつはるですもの、やはりいろいろをきりかえていかなくては。
これでくるまのあしもかるくなりました。
どこかでかけたくなりますね。

ジャッキアップして4本のタイヤを替えると腕と足腰に筋肉痛が走る。
体にも久しぶりに汗が流れる。

椿の下では赤紫のクリスマスローズが咲いている。
今年の冬は厳しかったせいか、いくつもが葉を痛め茶色くなっている。
こんなことは初めのような気がする。
それでも花だけはこうやって姿を見せてくれる。
「こんにちは」
「でも、どうしていつも君は下を向いているんだい」。
「きっと、恥ずかしがり屋なんだね」。


きょうは啓蟄、誰が真っ先に顔を出すのだろう。

    啓蟄の蚯蚓の紅のすきとほる   (山口青邨)

 クリスマスローズ  

 クリスマスローズ

 クリスマスローズ   
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(1) | ▲ top
モクレン(ハクモクレン・白木蓮) ~陽光に輝く~
- 2011/03/05(Sat) -
ハクモクレン

高校の卒業式だったようだ。
どれも晴れやかな顔だ。

帰りのラジオでは尾崎豊の「卒業」が流れていた。
私の場合、「卒業写真」か「贈る言葉」が馴染む。
「さくら」や「Best Friend」などもいい。
自分の卒業といえば「仰げば尊し」である。
式の厳かな雰囲気にふさわしい。
そして先生や校舎との別れの思いをしみじみと歌う。
文語調の深い言葉が様々な情景や出来事を思い起こさせる。
短調のゆるやかなメロディーが別れと卒業をいっそうの実感として心に浸透させる。
途中からは感極まり、歌えずにすすり泣く声。
今はほとんど歌われなくなったと聞く。
最近の定番は「旅立ちの日に」だろうか。

三月は一つの終わりである。
そしてまた新たな始まりのための時間でもある。

庭の白木蓮も枝先に大きな花芽を膨らめている。
その下には小さな側芽(葉芽)が見える。
やわらかな細かい毛に包まれた芽が光に輝く。
ここでも新しい躍動が始まっている。
そこかしこに春の歌が聞こえる。

   美しく木の芽の如くつつましく  (京極杞陽)

ハクモクレン 

ハクモクレン  
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
オオイヌノフグリ(大犬陰囊) ~星のまたゝく如く~
- 2011/03/04(Fri) -
オオイヌノフグリ

家の周りにはオオイヌノフグリが広がっている。

1㎝にも満たないこの青紫色の可憐な花があふれる様はまさに春。

こんな小さな花にも主張がある。

花弁の大きさは微妙に違う。

走る筋の数や色の濃さもそれぞれである。

蕊もくっついていたり離れていたりとこれも可愛い。

見ているだけで自ずと目が微笑む。

春も形になって見えるようになってきた。

外に出よう。


    犬ふぐり星のまたゝく如くなり   (高浜虚子)

オオイヌノフグリ  

オオイヌノフグリ   




この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(0) | ▲ top
ユキワリソ(雪割草) ~土さくらある春の日の思い出~
- 2011/03/03(Thu) -
雪割草  

ピンクに白に緑の三段重ねデザート。
昨日は一日早く雛祭りに合わせた昼メニュー。
我が家に女の子はいないが、弾む会話を一緒に楽しむ。
受け継がれた伝統というのは、時を遡り忘れかけていたものを思い返させたりしてくれる。
そして鈍になった今を振り返させ、純な心に揺り戻させたりする。
自身の生活の中でもこれからも節々の行事を大事にしよう。

新しく仲間に加わった薄紅色の雪割草。
父が亡くなった三年前の同じ頃にもやはり雪割草が咲いていた。
雪割草は私の中の「父の花」である。
しばらく部屋で眺めてから土に降ろそう。
一つ二つと株が増えていく。

花の好きだった母、盆栽の好きだった父、今二人は空の上で何を育てているのだろう。
そのDNAが私の庭にある。

小さな雪割草だが私にはとても温かい。


   その日かと思い起こす雪割草 (文)

ユキワリソウ
この記事のURL | 草と花と鳥と | CM(2) | ▲ top
| メイン | 次ページ