アマリリス ~年暮れて五省す~ 
- 2010/12/31(Fri) -
 アマリリス 

  「五省」 東郷平八郎(伝)

  一 至誠にもとるなかりしか
  一 言行に恥ずるなかりしか
  一 気力に欠くるなかりしか
  一 努力に憾みなかりしか
  一 不精にわたるなかりしか



東郷平八郎に「五省」の言葉があるという。
冷徹かつ自己に厳しい人物像が浮かぶ。
それはまた、私にも己を真っ直ぐに見つめ正すことを求める言葉として響く。
その一つひとつを胸に当ててみるならば、うつむくことのみ多い。
一年が終わる。
行く年に今一度「五省」する。

   面白いことにもあはず年暮るゝ (正岡子規)

あまりりす  

あまりりす 
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バラ(薔薇) ~夜の薔薇~
- 2010/12/30(Thu) -
夜薔薇(ピンク)

  「薔薇の花」

  忘れられたようになっていた
  一株の薔薇が
  今年はどうしてこんなに咲くのだろう

  もう季節も冬に入ったのに
  つぎからつぎへと開いてゆく薔薇

  視力を失いかけてゆく眼に
  ほのかに紅をふくんだ白い薔薇が
  なんとも言えずに美しく映ってくる
                 (『自選 坂村眞民詩集』より)


夜の部屋に夜の薔薇。
しづかな夜にしづかな薔薇。
年の暮れに無心の薔薇
薔薇を見る。
薔薇を思う。
薔薇に感じる。
薔薇が私を見ている。
薔薇が私に問いかける。

    われは見てわれが見られる夜薔薇(よるそうび)   (文)

夜薔薇(黄色)
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ゼラニウム ~静かなる年の暮れ~
- 2010/12/29(Wed) -
 ゼラニウム

  人もし生くること百年(ももとせ)ならんとも
  おこたりにふけり精進(はげみ)少なければ
  かたき精進にふるいたつものの
  一日生くるにもおよばざるなり

  底深き淵の澄みて
  静かなる如く
  心あるものは
  道をききて
  こころ安泰なり
              『法句経』   (青山俊董著より)

己の道の深さを知り
己の道の広さを知り
今に励み
今に尽くす
先人は「ひたすら」であれとを教える
先人は「一歩」を重ねよと教える
今日あるは今日のことのみ
今日あるは最後の一日なりと

できなかったのかやらなかったのか
その手が動かなかったこととその手を動かさなかったこと
人の眼はごまかせても自分の眼はごまかせない
静かに思い謙虚に考える年の暮
 
   耳も目もたしかに年の暮るるなり  (阿部みどり女)  

 ゼラニウム 
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コチョウラン(胡蝶蘭) ~植えるものは多かりき~
- 2010/12/28(Tue) -
コチョウウラン

   「むすめに与ふ」  吉川英治

   倖(しあわ)せ何と ひと問はば
   むすめは なにと答ふらん
   珠になれとは いのらねど
   あくたになるな 町なかの
   よしや三坪の庭とても
   たのしみもてば 草々に
   人生 植えるものは多かりき


仕事の納である。
省みて、一年の自分の「働き」は肯けるものか。
その仕事に、その生き方に「誠」ありや、「真」ありやと。
「楽」を食し、「易き」を飲みほしてきたのではないかと。
悲しいかな、年の初めに「何」を心に刻んだかすら失念している。
毎年同じ思いを抱く年終いの「愚」。
四書『大学』の中に「日々新たに、又、日は新たなり」とある。
「今日は昨日よりも進歩し、明日は今日よりも進歩するように心がけなければならない」との湯王が自戒語だという。
私の365日は果たして365の新しい日としてあったか。
惰眠の快を貪ってはいなかったか。
己の小さな欲のみに走っていなかったか。
仕事を終えるにあたって、背筋を伸ばし、自分自身のマニフェストを検証しよう。

「人生 植えるものは多かりき」の言葉あり。
私という地にはまだまだ植え育てていかなければならないこともの多しである。
取り除かなければならない草もまた多くて。

   暦替へ自省の多し用納  (文)  

コチョウラン  

コチョウラン   

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ホウズキ(酸漿) ~雪のある昼下がり~
- 2010/12/27(Mon) -
雪の鬼灯

  「小さな幸福」  野田宇太郎

  霜の降りた青い夜道から
  眠った一軒の家がみえる
  あかあかと灯をともして
  戸をしめているが 小さな隙間から
  ひとすぢの光を吹き出している
  ―それを闇が吸ってしまふ
  蜜柑のあかるい果(み)のやうに
  神はそこの家族たちにも
  甘酸っぱい味をつけ給ふのだろう


雪を降らせた雲がところどころ薄くなる。
その隙間から光が伸びて雪の上の酸漿に届く。
互いに引き立て合う雪と酸漿。
この場に堀文子がいたならきっと筆を持ったことだろう。
熊谷守一ならどのように描いたか。
私はファインダーにトリミングする。
冬の日は冬ならではの立ち止まらせる表情がある。

   昼過ぎのやや頼もしき冬日かな  (岩田由美)

雪の中の鬼灯
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カランコエ(Kalanchoe) ~坐忘~
- 2010/12/26(Sun) -
カランコエ

  「坐忘」   坂村眞民

   坐シテ年ヲ忘レヨ
   坐シテ金ヲ忘レヨ
   坐シテ己ヲ忘レヨ
   ……(略)
              (『自選 坂村眞民詩集』より)

子どもの頃、私は父の賀状書きの手伝い役だった。
着物姿の父が座卓の前に正座し、筆で一枚一枚丁寧に書いていく。
自在に筆が動き、達筆な文字で埋められていく。
もちろん行書で書かれたその中味は読めようはずもないが、そんな父を私は尊敬の念をもって見ていた。
それを受け取り、座敷の畳の上にきれいに並べていく。
墨が乾くと、列ごとに重ねてまた硯の横へ揃えて置く。
すると今度は宛名書きである。
こうしてできあがった賀状を自転車に乗って郵便局へ行き、投函するまでが私の役目だった。
末っ子の私にとってはそれが当たり前になっていた毎年の暮の行事だった。
パソコンを使うようになった今では記憶の映像の中に残る少年の私と父との懐かしい思い出である。
父が着ていた大島紬の羽織と着物は形見として私の箪笥の抽斗にある。
年が行き、年が来る節目のこの時期に合わせて着る。

雪が積もっている。
真紅のカランコエがテーブルの上にある。

   世のつねに習ふ賀状を書き疲る   (富安風生)

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アマリリス( amaryllis・エクスポージャー) ~ホワイトクリスマス~
- 2010/12/25(Sat) -
 アマリリス

  「火をともせ火をもやせ」    坂村眞民

   火をともせ
   火をもやせ
   自分で自分を燃やすのだ
   自分にあかりをつけるのだ

   なぜ散りゆく木の葉が
   あんなにおのれを美しく染めるのか
   そのことを考えて
   自分を一層みがくのだ

   イエスよ
   シャカよ
   火がつかなかったら
   火をつけておくれ
   小さい火だったら
   大きな火にしておくれ
                  (『自選 坂村眞民詩集』より)

雪の日は部屋の花を静かに眺めよう。
花の美麗をつくづくと感じよう。
雪の日はその白さを眼の奥に写し取ろう。
空の便りをよみといてみよう。
雪の真っ白をしんしんと心にも積もらせよう。

   アマリリス開く来訪者のやうに (山田弘子)

アマリリス   

アマリリス 

アマリリス  

アマリリス
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チョロギ(草石蚕) ~いい鐘の音だね~ 
- 2010/12/24(Fri) -
草石蚕 

  「クリスマス・ツリー」

  貴い人をたたえるのは
  いいことだなあ
  こころがあつくなり
  なみだがながれそうになり
  きよいよろこびが
  泉のようにあふれてくる

  世の中を清くしてきた人達を
  心で尊敬していることも大切だが
  こうして形で表してみることも
  いいなあ

  とうちゃん
  とうちゃん
  雪がふっているよ
  お星さまがひかっているよ
  じぃつときいてごらん
  鐘の音もきこえてくるよ

  なるほど
  なるほど
  きこえてくるね
  いい鐘の音だね
  ………(略)
         (『自選 坂村眞民詩集』より 「クリスマス・ツリー」部分)

チョロギを掘った。
土の中から白いニョロニョロがたくさん出てきた。
薄紫の花はあの猛暑の中にあった。
その小さな花に、この可愛いニョロニョロ。
紅く色づけしよう。
草石蚕とは…なかなか読めない、書けない。

   紅紫蘇の色に漬かれる草石蚕かな (菅原師竹)

チョロギの花

チョロギ
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カネノナルキ(花月) ~星々の光にふれて~ 
- 2010/12/23(Thu) -
クラッスラ  

  「二度とない人生だから」

  ………(略)
  二度とない人生だから
  まず一番身近な者たちに
  できるだけのことをしよう
  貧しいけれど
  こころ豊かに接してゆこう

  二度とない人生だから
  つゆくさのつゆにも
  めぐりあいのふしぎを思い
  足をとどめてみつめてゆこう

  二度とない人生だから
  のぼる日しずむ日に
  まるい月かけてゆく月
  四季それぞれの
  星々の光にふれて
  わがこころを
  あらいきよめてゆこう
  ………(略)
             (『自選 坂村眞民詩集』より 「二度とない人生だから」部分)

軽快な音楽と華やかな彩りに包まれて街は賑わっている。
プレゼントの品定めだろうか、ガラスケースの中をじっと見つめる若い男性。
ネクタイを何本も手にとってじっくり眺める若い女性。
母親は絵本にリボンをかけてもらっている。
父親はおもちゃ売り場を歩く。
私はO・ヘンリーの「賢者の贈り物」を思い出す。

眞民さんは「貧しいけれどこころ豊かに接してゆこう」と。
眞民さんは「わがこころをあらいきよめてゆこう」と。

カネノナルキが咲く。
カネがある不幸とカネがない幸せ。

   日向ぼこ仏掌の上にある思ひ(大野林火) 

クラッスラ 

クラッスラ

クラッスラ   
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ユズ(柚子) ~冬なか冬はじめ、心にも節目を~
- 2010/12/22(Wed) -
ユズ

  「幼い私」

  幼い私が
  まだわたしのまわりに生きていて
  うつくしく力づけてくれるようなきがする
                    (定本 八木重吉詩集より)


季節の節目というのはなにか嬉しいものである。
それは周りの景色の中に、自然の営みのなせる不思議さをを改めて感じさせたりする。
そして、自分の中にも「節づけ」を呼びかけたりする。
昨日までと今日これからを裁断する思いにさせる。
連続する日常を立ちどまらせ、振り返る時となったりする。
こうして、節季は気持ちを新たに奮い起こさせてくれる機会となる。

冬至、月光日光は今日を境にその位置を替え、一陽来復となる。

柚子を採って温まろう。

   さめかゝる肌に柚湯の匂ひけり (長谷川かな女)

柚子
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シクラメン(Cyclamen・篝火花) ~仕事と働くこと~
- 2010/12/21(Tue) -
シクラメン

  「心をこめた仕事」

  心をこめた仕事は
  生きている
  ゆかの上に
  こぼれたバケツの水の飛びしずくを
  あなたがていねいに
  ふいてくれたことだって
  ちゃんと
  わたしの心の中に
  生きている
         (東井義雄「いのちの言葉」より)

社会人に成り立ての頃、先輩に言われたいくつもの言葉が今でも残っている。
それは仕事への厳しさであったり、確かな観察力から生まれたものであったりする。
あるいは長い経験に裏付けられたものだったり、そのまた先輩から受け継がれてきたものであったりする。
この年になって新しいものを覚えようとすることは、古びて数が減ってきた私の脳細胞には負担のようだ。
しかし、若い頃に刷り込まれた記憶や技能はひょいっと顔を出して、さっさっと動いてくれる。
不思議なものである。

「はたらくとはなあ、はた(そばのひと)をらくにさせることなんだ」。

若いのに自ら気づき動き、気働きのできる人がいる。
とても助かる。

「仕事はいそがしい人に頼め」。

その通りと、実感する。
提出書類や様々な企画等、中味が充実しているのも、期日までにきちんと間に合わせるのも「いそがしい人」である。
「いそがしい人」は時間の使い方が上手い。
「いそがしい人」は見通しをもって仕事ができる。
「いそがしい人」は発想力がある。
「いそがしい人」には意志がある。

言われてするのでなく、言われる前にする。口よりも行動に重きを置いて。

   数へ日のひと日ひと日とそばだてる (井沢正江) 

シクラメン  

シクラメン 
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サザンカ(山茶花・朝倉) ~三度思いて言葉はしみじみと~
- 2010/12/20(Mon) -
朝倉

江戸の先人に「 三度思いて一度(ひとたび)言え」との言葉がある。
自分が言わんとする「言葉」の意味、伝える相手への思い、どのように発するかの形。
今一度、それらを心の中で巡らせてから言うようにとの意なのだろう。

良寛さんもまた、言葉についての戒めを次のように説く。
 「ことばの多き」
 「早まり過ぎたる」
 「物知り顔に言う」
 「かしましく、ものいう」
そして
 「いったことはふたたびかえらず」
 「すべて言葉はしみじみと言うべし」と。 (青山俊董師の著より) 

自らの言葉に慙愧の念を抱くことしばしば。
省みて、悔いたりする。
言葉は生きている。
口から出たその瞬間から、動物にも道具にもなる。
炎にも氷にも、日光にも暗闇にも。
そして、暖炉にも刃物にも。
軽々な言動を戒めよう。
書物の中の言葉に触れては、少しでも「言葉」を正しく使えるようにと思う。

心の石鹸があったらば、窓と同じようにきれいにしたい。
誠実であったかと問いつつ、年の暮れを過ごす。

   叱らるゝ人うらやましとしの暮  (一茶)

サザンカ朝倉 
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ヒヨドリ(鵯・bulbul) ~梅に林檎、冬のひだまり~
- 2010/12/19(Sun) -
鵯と林檎   

あれっ、りんごがありますよ。
どうしましょう。たべていいんでしょうか。

鵯と林檎    

ちょっとつまんでみますか。
えだがじゃまですね…。

鵯と林檎

くびをのばして、よ~いしょ。
たいそうならなんとかひねりというかんじかしら。

鵯と林檎 

あま~くてお・い・し・い。
このじき、とてもたすかります。

鵯と林檎  

ごちそうさまでした。ああ、まんぞくまんぞくです。
きょうはここまでにして、またあしたくることにしましょう。

鵯と林檎     

あらあら、わたしのばっくすたいるなんて、ちょっとはずかしいわ。
でも、けっこうぷろぽーしょん、いいでしょ。うふふ。


まんまと成功である。
梅の木に林檎をぶら下げておいた。
いつもなら、食べやすいように4等分に切る。
今回は、まるまる一つを枝にとりつけることにした。
初めての試みだが、ヒヨドリならきっと来ると思った。
そして、ご覧の通りだ。
さらに実を増やしてみよう。
林檎のなる梅の木。
よく見ると、すでに梅の蕾が小さく膨らんでいる。
梅もびっくりしていることだろう。
ひだまりの休日に遊ぶ私。

   鵯や紅玉紫玉食みこぼし (川端茅舎)




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シクラメン(Cyclamen・篝火花) ~赤い花をあげましょう~ 
- 2010/12/18(Sat) -
篝火草 

   「冬」

  夜おそく起きていると
  雨戸のとこへたれかきて
  赤い花をあげましょう
  赤い花をあげましょうって歌っているとおもう
                         (定本 八木重吉詩集より)


冷え込む。
マイナス4℃だった。
寒さは人を鍛えているように思う。
どう生きるべきか、知恵を授けているかのように思う。

柳宗悦は次のように述べている。
「眼と心が何時も新しく働かなければ美しさはその真実の姿を現してはくれぬ」。
「今 見ヨ イツ 見ルモ」と。  

今そこにあるモノ、そこにあるコト、そこにいるヒト。
今日(こんにち)、今時(こんじ)、只今に正対して直視する。
心の眼で、広く、遠く、細かく、そして厳しく、そして温かく。

シクラメンの和名は篝火花だという。
なるほど燃えているようだ。

   わが生きる心音トトと夜半の冬 (富安風生)

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ゼラニウム(アップルブロッサム) ~石をうがつ~
- 2010/12/17(Fri) -
アップルブロッサム

   たとえば小水の常に流れて 即ちよく石をうがつごとし  釈尊

これは釈尊の遺言の教え『遺教経』にある言葉だという。
青山俊董師がその著の中で紹介し、次のように説く。
「もし勤めて精進すれば、どんなことでもできないことはないのだ」
「わずかな水の流れでも、たゆることなく流れつづけていると、石さえもうがつことができるようになるものだ」
一滴一滴の雨だれが下の石に穴をあけ、寄せ返す波が岸壁の巌を浸食している光景を見つめていると、
「やれないんじゃない、やらないだけなんだな」と思う、と。

一年の終わりが近づく時、私もまた我が身の一年の過ごしを振り返る。
雨だれを自分という石に何滴落とすことができたのか。
「為しなさい」。
「動きなさい」。
「やりなさい」。
表の変化というものは目にさやかにはなくとも、繰り返し続けることで確かにうがたれ変わっていく。
一年の雨だれの下の石を見つめる。

アップルブロッサムは薔薇のような八重のゼラニウムである。

   いささかに己を省みる年の果  (文)  

アップルブロッサム 

アップルブロッサム  
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アジサイ(紫陽花) ~冬のうっすらとした気持ち~
- 2010/12/16(Thu) -
冬紫陽花

   「冬」

  冬の
  うっすらとした気持ちに触われば
  一途な安らかなちからが分かるだろう
                   (定本 八木重吉詩集より)


残りの半月を切った。
あとはもうピッチ走法よろしく駆け足だ。
時間が先に行くか、私が先を行くか。

新しいカレンダーを貼った。
誕生日は火曜日だった。
この年になっても確かめる自分がおかしかった。
いろいろの年用意をゆとりを持って進めよう。
焦らず急がず。

冬紫陽花が好きである。
梅雨時の紫陽花はもちろん言うまでもないが。
なぜか惹かれる。
私はそんな紫陽花を時々金色に変えて飾りや彫刻の材料にする。

   誕生日に印をつけし新暦(しんごよみ) (文)

冬紫陽花 

冬のあじさい

紫陽花飾り
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ヒヨドリ(鵯・bulbul) ~冬の本質~
- 2010/12/15(Wed) -
ひよどり

   「冬」

  冬は疲れている
  冬は貧しい
  冬はうすうすと
  美しさをもっていて奪うことができぬ
                    (定本 八木重吉詩集より)

このところの
冬の色に
冬の形に
冬の景色に
「冬」の形容を持つ「名」のすべてに
感じる
ないからこそある美しさ
ないからこそある豊かさ
見えないところに見えるもの
残されたものから分かるもの

美しさをもっていて奪うことができぬ

強さをもっていて倒すことができぬ
静けさをもっていて動かすことができぬ

冬の本質は「富有」のような気がする。

鵯が来る
声を立てる。
メジロは逃げる。

  鵯の大きな口に鳴きにけり  (星野立子)

ひよどり 


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ノリウツギ(糊空木) ~いのちは立っている~ 
- 2010/12/14(Tue) -
のりうつぎ 

  「冬の子」   坂村眞民

  冬の子は
  冬の子らしく
  冬を愛してゆこう
  冬の雲
  冬の花
  冬の木
  冬の鳥
  すばるも冴えて
  私の心もしまる
             (自選 坂村眞民詩集より)

瑞々しさがあり
香りがあり
清々しさがあり
華やぐ色がある

そのどれもない
冬の花
しかし深く美しい
透き通る熟したいのち

  冬樹々のなかでいのちは立っている眠ればしぬと思うがごとく(柳沢桂子)

のりうつぎ  

のりうつぎ
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モズ(百舌) ~生きるという悲しいこと~
- 2010/12/13(Mon) -
 百舌

   「○」

  おもえば
  鳥はともである
  せまいせまい世界だもの
               (定本 八木重吉詩集より)

庭の桜の木に鳥がきていますよ
どうやら百舌のようですね
目を通る黒い線と伸びた尾、まちがいないですね
しばらくそっと見ていましょうか
ん、師宣の見返り美人風に顔をこちらに向けていますね
何か探しているみたいですよ
食べものですかね
おっ、首をぐっと伸ばしました
何かをゲットしたようです
何でしょう
倖って顔をしてます
よかったですね
3時になりました
お茶にしますか
そうしましょう

  生きるという悲しいことを我はする草木も虫も鳥もするなり (柳沢桂子)

 百舌   

 百舌 

 百舌  

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バラ(冬薔薇) ~淋しさは愉しさに似て~
- 2010/12/12(Sun) -
冬薔薇

  「一輪の花」   東井義雄

  この一輪の花にも
  長い忍苦の歴史がある


草木の葉はその色を失い、そして落ち、そして土に紛れる。
セピアの情景。
花の賑やかな話し声はもう聞こえない。
一つ去り二つ去り、残されたそれぞれが遠く離れて一輪、一輪と淋し。

いてつくつちのうえにばらがひとつありました。
やわらかなはなびらはしもをとかしています。
ああ、まださいてくれるの…。
わたしはうれしくなりました。
もうそろそろあなたもからだをやすめましょう。
ありがとう。

   淋しさは愉しさに似て冬薔薇  (中村芳子)

冬薔薇 
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コチョウウラン(胡蝶蘭) ~支えられている我が身~
- 2010/12/11(Sat) -
胡蝶蘭 

   「支えられて」   星野富弘

  支えられているから
  立っていられる
  支えられているから
  崖に身体を乗り出せる
  支えられているから
  見えない明日に夢が見られる

  綱渡りのような私の人生
  あなたに支えられて生きている


ドックを済ませた。
毎年この時期に行く。
心電図、肺機能ともグラフは正常である。
エコーにもレントゲンにも異状はない。
カメラを飲むのはいつも苦しい。
麻酔を施されるものの、激しい吐き気を催す。
結果の詳細は一週間後であるが、全体的にはさほどの問題はないようだ。
只今のこの体に感謝しよう。

まだ胃に違和感がある。
部屋の胡蝶蘭が優しい。
疲れた体を慰めてくれる。

   みかへれば我が身の綺羅も冷やかに (芥川龍之介)

胡蝶蘭

胡蝶蘭  
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キク(菊) ~お母さんの顔を見たくなった~ 
- 2010/12/10(Fri) -
菊 

   「母の顔」

  お母さんの顔をみたくなった
  お母さんの顔をとおりぬけると
  本当のことがわかるように思えてならない
                     (定本 八木重吉詩集より)

先日、兄と姉から故郷の味が届いた。
鰹の加工ものと独特の香りがする漬物と、それにあれこれと。
昨年まで、それは旧仮名遣いの文字でしたためられた母の手紙の入った小包だった。
母にとって、私はいつまでも子どもでしかないお礼の電話でのやりとり。
自分の年を忘れて台所に立ち、手作りを子どもに送りたい親心。
一年。
耳が遠くなっても、携帯を離さずそばに置いていたという母。
0○05○○3○○○6、かけてももう出ない。
登録のままである。
こうして時が過ぎていく。
そして、いつしか当たり前の生活に。
仏壇の中で着物姿の母は正装に身を包んだ父の隣に並んでいる。

お母さん、空の上での生活はいかがですか。
お父さんと仲良くやっていますか。

   人去つて空しき菊や白き咲く(芥川龍之介)

菊
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バラ(冬薔薇) ~一輪の花~
- 2010/12/09(Thu) -
冬の薔薇 

   「花」 高橋新吉

  一輪の花の中に
  久遠の春が宿っている
  一人の人間に
  無限の時間が流れている
  花が人間になり、人間が花になる
  無限の時間が春になり
  春が無限の時間になる

仕事の上では一年の中にいくつもの山がある。
越して登って越して登ってと、幾度となく気力と体力を注ぎ込む。
それは一月の中でも同じことがいえる。
そして一週間の中にも、一日の中にも。
昨日はその一つを越した。
しかし、年度を終えるまでに一番大きな山が残されている。
自分に言い聞かせる。
「一歩、一歩だね」。

一輪の花。
一輪の冬の薔薇。

   脳内三遷して冬薔薇に座を正す  (原子公平) 

冬の薔薇
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サザンカ(山茶花) ~自分が磨かれる~
- 2010/12/08(Wed) -
赤山茶花

   「冬」

  木枯らしが吹く
  じっと物事を我慢していると
  自分が磨かれていくような気がする
                     (定本 八木重吉詩集より)

強い風が吹いた。
戸や窓が激しく揺さぶられて音を立てる。
銀杏の葉が巻き上げられる。
細い枝がもぎ取られる。
紫陽花の葉が地を滑るように走る。
うなる風の声。
こんな日、鳥はどうしているのだろう。
林の中でじっとして、じっと考えているのだろうか。

北側に並んであるのは赤い山茶花。
だんだんに咲く。
何事もだんだんだ。

  木枯らしやどちへ吹かうと御意次第 (芥川龍之介)

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ゼラニウム ~凍空の星の光~
- 2010/12/07(Tue) -
白いゼラニウム

   「冬」

  冬は
  ことに夜になると凄い
  けれど その気持ちのまんなかに
  きっと明るいものが小さくともっている
                     (定本 八木重吉詩集より)

遅くまでの仕事があった。
チームで何度も確認しながらデータを打ち込んでいく。
数字の一つひとつに決してミスが許されない。
慎重の上にも慎重さが求められる。
きわめてデリケートで気の抜けない作業である。
まだしばらくはこうした緊張感のある書類作りが続く。
資料の向こうにある顔に思いを寄せ、願いを込めて丁寧な仕事をしよう。

終えて乗り込む車のハンドルは冷え切っている。
凍空の星の光はガラスのようだ。

   凍星を組みたる神の遊びかな  (須佐薫子)

白いゼラニウム 

白いゼラニウム  
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アルストロメリア(百合水仙) ~やわらかな気配り~
- 2010/12/06(Mon) -
アルストロメリア

   「冬の朝」

  雲はひとつも無く
  空やけが
  うすく野末をめぐり
  冬の朝にはおのずと頭が下がる
                 (定本 八木重吉詩集より)

朝は一面真っ白になる。
霜が落葉を覆う。
土に霜柱が立ち、草を押し上げる。
外の水瓶にはうっすらと氷が張っている。
「ああ、初氷だね。」
それでも昼間になればぽかぽかもする。
冬に咲く花は限られてきた。
庭のアルストロメリアも寂しげだ。
その花言葉には「やわらかな気配り」、「人の気持ちを引き立てる」とある。
省みる。

   霜の起伏一呼吸二呼吸三呼吸 (藤村多加夫)

霜

畑の霜
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サザンカ(山茶花) ~師走に白さあり~
- 2010/12/05(Sun) -
サザンカ白

   「山茶花」

  寒い日だ
  山茶花の大きな木が
  いっぱい花をつけている
  美しく気を張っているらしい

   「天気」

  天気のいい昼間
  日向へあるいて行って
  じっとしていると
  涙がにじんでくる
             (定本 八木重吉詩集より)

12月入って最初の週末は穏やかな日和だった。
こんな日は暮れの用意や冬支度などを進めて運ぶにはふさわしい。
私はスタッドレスにした。
何時もこの時期にすると決めている。
ジャッキアップして4本入れ替える。
青空のもとで小一時間。
終える頃には首筋は汗に包まれる。
これで3月まで足回りは安心だ。
入れ替えたタイヤを少し離れた小屋まで運ぶ。
腰には心地いい疲労感。

白い山茶花が木漏れ日の中にある。
山茶花は四季の中でなぜ冬を選んだのだろう。
「白」が私を指弾する。

   山茶花に咲き後れたる白さあり (宮田正和)

白いサザンカ
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山梔子の実と冬紫陽花 ~心の豊かさ、心の貧しさ~
- 2010/12/04(Sat) -
山梔子の実

岡井隆は俳句の師である山田麗眺子について次のように述べている。

 先生は本当の意味で大人の風格を持っておられた。
 老成した人間の温かさが何時も静謐に漂い、無欲という言葉が一番ぴったりする雰囲気を持っておられた。
 どんな人間でも世間の名利物欲に執する脂ぎった面が、ふっと顔を覗かすものであるが、
 先生はそういうものに一切背を向け、欲望に右往左往して大事なものを見失う愚かしさを、知りつくしておられた。
 私は先生の怒られた顔を一度も見たことがなかった。
 
そして、「清貧というものの不思議な安らぎが私を包んだ」師の生活に触れ、こう綴る。

 すべてが貧しく思えるのは、内なる自我妄執の心である。
 その心をひょいと除き、気がつけば仏と名づくよりない大悲の光の中に、不思議にも生かしめられていたのである。

人間の温かさと大人の風格。
欲望に右往左往して大事なものを見失う愚かしさ…。

山梔子(くちなし)の実は熟して口を開かず。
紫陽花は季に合わせて色を纏う。

   山梔子の実のつややかにある師走かな (文)
 
冬紫陽花
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モミジバゼラニウム(紅葉葉ゼラニウム) ~「冬の日」~
- 2010/12/03(Fri) -
紅葉葉ゼラニウム

   「冬の日」

   冬の日は
   やわらかく
   慈悲の顔のようにあかるい

    「冬」

   冬の
   うっすらとした気持ちに触われば
   一途なやすらかなちからが分かるだろう
                      (「定本 八木重吉詩集より)



モミジバゼラニウムも咲く。
葉はたしかに紅葉(もみじ)。
掌状に切れ込み入って赤く色づいて。
花は鮮やかな朱色。
暖炉の炎のよう。
見ているだけであたたかい。


   いつのまに廊下にひとつ紅葉かな (文)

モミジバゼラニウム
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バラ(薔薇) ~“あ”という声なき声~
- 2010/12/02(Thu) -
冬の蔓薔薇 

   「あ」   坂村眞民

  一途に咲いた花たちが
  大地に落ちたとき“あ”とこえをたてる
  あれをききとめるのだ
  つゆくさのつゆが
  朝日をうけたとき
  “あ”とこえをあげる
  あれをうけとめるのだ


花の声を聞き取れる耳があったなら。
花と語れる言葉を持つことができたのなら。
花の心を感じることができたのなら。
もっと優しい自分でいられるのに。

花をじっと見ている私は花にじっと見られている私かもしれない。
声なき声を聞く。

十二月のはじまりはあたたかだった。
ここへ来て薔薇の花が増えていく。
薔薇には不思議が宿っている気がする。

   蒼天に優しき声の冬薔薇(ふゆそうび) (文)

冬の蔓薔薇
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