アップルミント(Apple mint) ~じっとして一文字挵~ 
- 2010/08/31(Tue) -
アップルミント

小さな白い花が穂状となって至るところで咲いている。
葉や茎に触れると、何とも言えない心地よい香りがふわーっと広がる。
鼻に清涼感をもたらす、まさにアップルの甘い香りだ。
そんな香りの花にイチモンジセセリもやって来る。
彼女らにも香りを味わう器官があるのだろうか。
ずっと留まったまま動かないところを見ると、彼女らにも優しく深い味がするのだろう。

アップルミントは、庭の北側の約10メートルほどを長く縁取るようにある。
その生命力といったら、増えて増えて増えてと、増殖著しく、その勢いは甚だしい。
ティーの材料や料理にと、ハーブの香りを楽しむなんて、そんな悠長なことを言ってられないほどだ。
有り難く有用ではあるが、刈り取り、根を引き抜き、抑えなくてはならない。
この猛暑もなんともせぬ強さである。

今日で八月も終わり。
が、まだ夏は終わらない。

    炎昼やせせりとまる白穂かな (文)

アップルミントとセセリ
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タカサゴユリ(高砂百合) ~雨が欲しい~
- 2010/08/30(Mon) -
高砂百合  

この背高のっぽはタカサゴユリ。
テッポウユリに似るが、それよりもかなり大型の百合である。
花びらの外側に赤紫の筋があるので、純白のテッポウユリとの違いはすぐに分かる。
開花もこうしてだいぶ時期がずれる。
きちんとかたまっての揃い咲きだが、実は植えたものではない。
しかし、このようにたくさんまとまってあちこちにある。
実際のところ、困っている。
すごい繁殖力と強い生命力を持つ百合だからだ。
アスファルトやコンクリートのすき間からさえ生えてくる。
毎年、花が終わるとすぐに引き抜いて片付けているつもりなのだが…。
これは普通の百合のように球根でなく、種(たね)で繁殖するところにその特徴がある。
それゆえ、風に乗って遠くまで広がり、どこでも種(しゅ)を増やしてしまうのだ。
お隣さんでは石垣の間で、何本もが花を咲かせている。
もともとは観賞用に導入されたという台湾原産の花だが、今では道端でも多く目にするようになった。
この時期、高速道路の法面などに見られる真っ白な群落なども多くはそうだ。
百合は好きなのだが、在来種を脅かす勢いのこの花に関しては少し心配を伴う。
とにかく種子を作らせないようにしないといけない。
可哀想だが…、しかたない。

雨がちっとも降らない。
夕立さえない。
雨が欲しい。
雨、雨。
雨よ。

   帰化百合の強さばかりで八月尽 (文)

タカサゴユリ 

高砂百合

タカサゴユリ
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クレマチス(Clematis) ~心の美~
- 2010/08/29(Sun) -
クレマチス

そろそろ、暑い暑いの言葉とはお別れしたいと思うのだが。
予報はちっとも良い返事をくれない。
太陽神はいつになったら、ご機嫌なおして常の顔に戻るのか。

2時間ほど水遣りをした。
花も木も草までもがフーフー言っている。
哀れな姿になっているのもある。
「ごめんなさい」

クレマチスだ。
この強い日射しには補色に映る濃い青紫色。
これは確か5月頃咲いたと記憶しているのだが。
こんな暑さで、変調を来したのだろうか。
クレマチスの花言葉に「心の美」「精神的な美しさ」とある。
猛暑においても意志を持って、そんな心持ちを忘れないようにしたい。

     クレマチスは灼けるいたみにも堪えゐしか (文)

 クレマチス 
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モンシロチョウ(紋白蝶) ~可愛いデート~
- 2010/08/28(Sat) -
セージとモンシロチョウ

モンシロチョウが小さな花に留まっていた。
その体より、ずっとずっと小さな花だ。
そこへもう一羽、飛んできた。
留まっていた彼女は、彼の誘いを受けてルンルン出かけていった。
二つは寄り添ってどこへ行く。
どこか涼しく、ひっそりとしたところで、いい時間を過ごすに違いない。
何を話すのかね。
どうぞごゆっくり。

この薄紫の花は…。
セージの仲間…。
植えたのに。
そんな名前の分からない花がたくさんある。


     蝶の恋まぶしきまでに昇りつめ (野見山朱鳥) 

セージ

せーじ 
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バラ(薔薇・ミニュエット) ~心のダイエット
- 2010/08/27(Fri) -
ミニュエット 

気がつけば、1年少しで6㌔ほど体重が減った。
無理したわけではない。
やった事はただ一つ、「水鳥」…。
まず最初の2ヶ月ほどで体に変化が現れた。
ダイエットしようと思ったわけではない。
ただ、それが思いがけず体に良い形で波及したのである。
「今日一日、今一回くらいどうって事はないだろう」ということを自制して。
今は、「継続すること、一日も欠かさない事」の大切さを実感している。

さてさて、心はどうだろう。
いろいろのことを求めすぎて。
あれもこれもと、欲しがって。
気がつけば、心の中はすっかりだぶついて。
見栄や保身や衝動という「余計」がたっぷり。
それらは「自分」という肉が隠れるほど。
ああ、「楽」という名の「贅肉シンドローム」
いつしか、我慢とか節制とか清貧とかいう言葉を忘れかけている。
いやいや、これはいけない。
自分の心を厚くおおっている「欲望」という名の脂肪。
必要でないものを持ちすぎ、置きすぎ、蓄えすぎ。
シンプルがいい、スマートがいい。
片付けよう。
そぎ落とそう。
心も軽やかダイエットをしよう。

暑さに耐えて薔薇が咲。く
「ミニュエット」という。
そんな薔薇を眺める。
心も穏やかになる。


         薔薇剪るや深きところに鋏入れ (島谷征良)

ミニュエット  
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アブチロン(Abutilon・アブチロンサテンピンク) ~花のお部屋~
- 2010/08/26(Thu) -
アブチロンサテンピンク 

青空に垂下する風鈴の花。
中を覗くとその中に蜂がいた。


    花のお部屋で (文)
 蜂は知っているんだよね。
 おいしいのとそうでないのとを。
 蜂は分かっているんだよね。
 何が美しいか、自分にとって大事かを。
 蜂は考えているんだよね。
 今、何が必要かってことを。
 蜂は一途だね。
 よけいな事はしないね。
 欲しいからなんて欲張らないし。
 ただ今を生きるための事をするんだ。
 欲なんて持ちやしない。
 いいなあ。
 そんなふうに生きたいなあ。

    花深く蜂ゐてぐるぐるまわりけり (文)

アブチロンサテンピンク


アブチロンサテンピンク  
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ナシ(梨・豊水) ~紅小灰蝶~
- 2010/08/25(Wed) -
紅シジミ 

「俳句は所謂文学とも詩とも違う、もっと不様にこの人間の存在のむなしさや不思議さ、かなしさやこそばゆさに深く膚接するしたたかな何物かではないか。」と森澄雄はいう。
「虚に浮かぶそのときどきの人生の思いを、十七文字にぶっつけて、工夫は一句一句にあろう。」と述べ、人生の無常を底においた優雅な遊びが俳句だと。
彼の句風をして、村上護氏は次のように解説する。
“ここで明らかなのは、単に俳句をうまく作ろうという態度ではない。むしろ迂遠に不可視の世界に踏み込みながら、人生とは何かを探ろうとすることだ”

このところ、私は枕元に森澄雄の『俳句への旅』をおいて、寝る前に数頁ずつ読んできた。
彼の次の言葉が深く残る。
「青春は青春のうちにせいいっぱいつなぎとめ、定着させておくがよい。さもなければ青春などは他愛もなく、あわただしく過ぎ去るであろう。」
ここの「青春」を、「今」という言葉に置き換えるなら、誰にも通じる言葉ではないか。
そして、目が重くなって、寝る。

森澄雄の訃報を新聞で知る。

春の寒波でいつもの年より少ないが、我が家の梨(豊水)も大きくなった。
そろそろだ。
紅小灰蝶(べにしじみ)が花に遊ぶ。
森澄雄ならどう詠んだだろう。

予報は猛暑日がまだしばらく続くと解説する。

     葛の中人を見過ごす峠神 (森澄雄)

豊水

ベニシジミ
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バラ(薔薇・センチメンタルsentimental) ~暑さ止むどころか~
- 2010/08/24(Tue) -
 センチメンタル

ひたむきに空を仰ぎて咲く花の色なるからにあざやけきかも  岡本かの子
                                     (秋元松子歌集『紅薔薇』より)
薔の音は「ショク・ショウ」、訓は「みずたで」。
薇の音は「ビ・ミ」、訓は「ぜんまい」。
どう合わせても「バラ」にはならない。
ばら=薔薇とキーで変換するのは楽だが、書くのには手間取る。
昔の人はソウビ、あるいはショウビと呼んでいたと記憶している。
手元にある秋元松子の歌集も、その題名は「紅薔薇(べにそうび)」である。
はたして、薔薇がバラと読まれるようになったのはいつの頃からだろう。
棘ある植物、茨や荊の読み「いばら」の「い」が抜けたのだと辞書は示す。
じりじりと照りつける太陽の下で咲く薔薇を見ていて、そんな事などをふと思う。

この紅白絞りのバラはセンチメンタルという。

今年の秋はいったいつになったら、感傷的な風を運んでくれるのか。

      処暑だと絞りの薔薇を2本剪る (文)  

 センチメンタル 
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ホスタ(ハルシオン・Hosta“Halcyon” ) ~沢蟹君の散歩~
- 2010/08/23(Mon) -
ホスタ

10数種のホスタがある。
ほとんどは花が終わった。
最後に残ったのがこのハルシオン。
普通のギボウシの仲間は伸びた長い花径の下から、徐々に上へ向かって花が咲いていく。
しかし、このハルシオンは花が上部に集まって咲く。
やや青みを帯びた葉にも魅力がある。
李の樹下にあって、緑蔭に涼やかさを醸し出す。

近くで動くモノがある。
チョコチョコ、チョコチョコと横走りして生け垣の下に入って行く。
沢蟹だ。
彼に目線を合わせる。
「俺の時間を邪魔しないでくれ」とでもいうかのように睨んでいる。
きりりとひき締まったいい顔だ。

彼らはよく庭に散歩に来る。
そんな「ひだまりの庭」である。

      沢蟹のあらがふことを愛しとす (富安風生)

ホスタ   

サワガニ

沢蟹
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キレンゲショウマ(黄蓮華升麻) ~残暑見舞い~
- 2010/08/22(Sun) -
キレンゲショウマ 

柘榴の木陰で下向きに咲く黄色い花がある。
顔を近づけ、見上げるように花を覗くと、中にはたくさんの雄蕊が見える。
ラッパ状のその花の名はキレンゲショウマ。
蕾はちょうど帽子を被った団栗のようで、これまた可愛い。
キレンゲショウマは深山の花特有の静けさを持つ淑やかな花だ。

この花は明治の頃、四国の山中で発見されたものだと、昨年NHKのテレビで知った。
紀伊半島(大峰山系)や四国、九州の山地を主な自生地とするとのこと。
アジサイなどと近縁のユキノシタ科の多年草のようだ。
キレンゲショウマはひっそりと咲く『天蓋の花』(宮尾登美子)である。

知人から、奥山を驢馬で友人を訪ねる、菱田春草の「高士訪友図」の絵葉書に載せて残暑見舞いが届く。
本来はそんな季節感がふさわしい時期なのである。
しかし今年は残る暑さというより、未だ猛暑、猛暑、暑さの極にある。

        てにをはを省き物言ふ残暑かな (戸恒東人)

黄蓮華升麻 
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オクラ(okra・アメリカネリ) ~野菜に感謝~
- 2010/08/21(Sat) -
オクラ

野菜の病気が報じられる。
野菜が値上がりする。
すべてはこの猛暑だ。
農家も消費者も耐えて耐えてと我慢。
農家も消費者も知恵を出しての対策。
生業(なりわい)とする人たちにとってはつらい。
家計と台所を預かる人にとってもなおつらい。
太陽と雨と風の前では人はいかにも小さく無力だ。

なぜだか知らないが、私の畑の今年の育ちは良い。
病気もなく、害虫もなく、どの野菜も収量が多い。
みんな元気である。
ありがたい。
一切、農薬を使わない、消毒しない、化学肥料を使わない、そんな有機栽培の土の地力なのだろうか。

私はネバネバ系の野菜が好きである。
オクラ、モロヘイヤ、ツルムラサキ、キンジソウ…これらも順調に成長を続ける。
朝穫り、夕穫りで日替わりに食卓へ。
オクラは赤いのと緑のと二種類。
花はやわらかな一日花だが、園芸種に負けないくらい美しい。

     ねとねとと糸ひくおくら青春過ぐ (小澤實)  

アカオクラ

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アサガオ(朝顔・morning glory) ~夏休み~
- 2010/08/20(Fri) -
あさがお

都会の子ども達の夏休みはあと10日ほど残っている頃か。
そろそろ積んでおいた宿題にラストスパートといったところだろう。
いやいや、むしろ両親が必死になって手伝っているのかもしれない。
ここ山国信州では、すでにほとんどの学校が2学期のスタートを切っている。
とはいえ、今年の夏は他に漏れることなく猛暑が続き、もう少し長く休みにしてもと思ったりする。

夏休みといえば、子どもの頃の絵日記を思い出す。
だいたい書かれていたのは、ヒマワリか、アサガオか、麦藁帽子を被って捕虫網を持っている自分。
宿題は「夏休み帳」と「夏休み一研究」、他に「夏休み一作品」もあったような気がするが何を作ったか思い出せない。

拓郎の歌が口から出てくる。
          「夏休み」  歌:吉田拓郎     
  麦わら帽子は もう消えた/たんぼの蛙は もう消えた/それでも待ってる 夏休み
  姉さん先生 もういない/きれいな先生 もういない/それでも待ってる 夏休み
  絵日記つけてた 夏休み/花火を買ってた 夏休み/指おり待ってた 夏休み
  畑のとんぼは どこ行った/あの時逃がして あげたのに/ ひとりで待ってた 夏休み
  西瓜を食べてた 夏休み/水まきしたっけ 夏休み/ひまわり 夕立 せみの声

庭の片隅でアサガオが咲いている。
子どもの頃の絵日記に描いたのもこんな色のアサガオだったような気がする。
アサガオは命短しはかなき花だ。

               朝がほや一輪深き淵のいろ (蕪村)


アサガオ
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ハイビスカス(hibiscus・仏桑華・琉球木槿) ~暑いね。変だね。~ 
- 2010/08/19(Thu) -
はいびすかす

「暑いね」。
「暑いよ」。
「いつまで続くんだろう」。
「いつまで続くのかね」。
「立秋はもう過ぎたのにね」。
「だいぶ前に過ぎたね」。
「もうたくさんだね」。
「うんざりだね」。
「ハイビスカスが咲いたよ」。
「咲いたね」。
「ブッソウゲとも言うんだよ」。
「仏様の花なんだね」。
「リュウキュウムクゲとも言うんだって」。
「木槿や芙蓉も仲間なんだね」。
「沖縄ではアカバナーと呼ぶらしいね」。
「赤花ーって語尾を伸ばすんだね」。
「沖縄らしいね」。
「いいね」。
「あっているね」。
「おもしろいね」
「あれ?キノコだよ」。
「イクチだね」。
「秋の味覚だね」。
「美味しいよね」。
「こんなにかんかんでりなのに」。
「どうしたんだろうね」。
「やはりいろいろと変だよ」。
「変だね」。

          島言葉を声にしてみる仏桑華 (文)

ハイビスカス

イクチ

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フシグロセンノウ(節黒仙翁) ~紅一点~
- 2010/08/18(Wed) -
節黒仙翁 

今年はいくつかの花が庭に加わった。
節黒仙翁もその一つ。
李と柿の木陰にあって、その朱色は一際目立つ。
5枚の花びらはその両端を、上に下にと交互に行儀よく重ねる。
ちょうど、紙で作った風車(かざぐるま)のように。
もともとは落葉樹林の林縁などを棲息地とする。
林の中を歩いていてこんな花に出逢ったらハッとし、見とれてしまうだろう。
花言葉は「機智、恋のときめき」。
一目惚れにドキドキときめいて、機知ある一句でも捻ろうか。

    ハッとして節黒仙翁に目は留まり (文)
     紅一点節黒仙翁は陰にあり (文)  
 
節黒仙翁  
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バラ(ピンクノックアウト) ~猛暑に耐えて薔薇、見ーつけた!~
- 2010/08/17(Tue) -
ピンクノックアウト 

今年の猛暑で庭の薔薇もかなり弱っていた。
葉がどんどん落ちる。
枝だけの姿になったのもかなりある。
申し訳ない。
水遣りをこまめに続けた。
功を奏し、ここへ来て多くの株で葉が復活してきた。
それに呼応するかのようにいくつもに花が咲きだした。
ホット胸をなで下ろす。

そんな中にあって、このピンクノックアウトは一番の元気だ。
色はその名の通り、パステル調の優しげなピンク。

「見ーつけた!」、と可愛い顔がある。
そう、雨蛙がその中で休んでいたのだ。
しかし、そこはあまり日除けにはなりそうもない。
花びらの座り心地が良いのだろうか。
じっとして動かない。
「君もその色と香りにノックアウトされたの?」
彼は黙って私を見ている。
しばらくにらめっこする。
彼は余分な動きなぞしたくもないとでもいうかのように、完全に置物になっている。
井伏鱒二の「山椒魚」を思い出した。
熱中症を心配する私の方が降参した。
蚊にも刺されたので中に入る事にした。
振りかえるとまだそのままだった。

         アマガエルそこは居心地いいか薔薇の上 (文)

ピンクノックアウトにアマガエル
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キバナコスモス(黄花秋桜) ~コスモスに蜂も留まる送り盆 (文)~ 
- 2010/08/16(Mon) -
黄花コスモス


夕べ、はじめて気がついた。
虫の声だ。
庭でコオロギ(蟋蟀)が鳴いてる。
そうか、いち早く彼らは季節を感じているのか。
窓を開ければ確かに夕風も涼しくなっている。
盆も過ぎれば、徐々に夏が秋に席を譲っていく。
空を見上げれば薄ぼんやりとした三日月もあった。

毎年、こぼれ種から咲くキバナコスモス。
蜂が来て遊んでいる。
そんなことを眺めている盆の日の私。

        ゆふ風や草の根になくむしの声 (野梅)

黄花コスモスと蜂

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バラ ~同級会~
- 2010/08/15(Sun) -
赤薔薇


同級会があった。
雨の日だった。
はじめに全員で、先に逝った元級長のお墓参りをした。
そぼ降る中、そこには傘を差してご両親が待っていてくださった。
果樹園に囲まれた静かな墓地の一角に彼の名は刻まれてあった。
それぞれが手を合わせて、彼を同級会へ誘った。
雨に濡れた対の花に彼の顔が浮かぶ。
仕事での過労だった。
ご両親の少し曲がった背中が悲しかった

宴会場は中学校からほど近いところだった。
16年ぶりの再会だった。
それぞれに体や顔が年輪を刻んでいる。
地元が半分ほど、残りは長野や塩尻や松本などの県内と埼玉と瀬戸、杉並からも来てくれた。
当時の授業風景、あだ名やエピソード、埋めたタイムカプセル等々で話が盛り上がる。
タイムマシーンで時間を遡ったように、いつしか顔はその頃の中学生になっている。
個々には、仕事で抱える悩みや家庭、子どものことなどもポロリと出て、それぞれの人生が垣間見られる。
ここまでの歩んだ道のりが、誰もを川の石のように丸くしている。
酌み交わしながら、わいわいとがやがやと話は往時に飛び、気がつけば4時間が過ぎていた。
全員に連絡を取り、セッティングしてくれ、場を仕切ってくれた男女2人の幹事には感謝である。

ありがたく、そして楽しい幸せなひととききだった。

         持てるもの皆地におきて墓拝む (山口波津女)

雨の赤薔薇

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レンゲショウマ(蓮華升麻) ~堀明子『四季の色』~ 
- 2010/08/14(Sat) -
レンゲショウマ1

  いまは青い
  美しい空だけれど
  百年ほど時がすぎれば
  何色になっていることやら

「将来は国境なき医師団に入りたい」と医師になることを希望していた小学校3年生の詩。
しかし、作者堀明子さんは残念な事に、高校1年(16歳)の夏、不慮の事故でなくなる。
彼女の部屋には小学校3年生から4年生にかけて綴った学習ノート14冊に200編をこえる詩が遺されていた。
両親は89年、「17歳の誕生日プレゼント」として遺作集「四季の色」として自費出版する。

   ああ 生きるよろこび 
   生きているから よろこびがある 
   おいしいものも たべるよろこびも 
   美しい絵に感動し 見いるときの幸福も 
   生きているから 味わえる 
   生きるよろこびにくらべれば 
   少しばかりの不幸など なんでもない   (「生きるよろこび」より) ※行替え編集

少女のつぶらな瞳が見つめた身近な自然と四季の移り変わり。
少女のみずみずしい感性が受け止めた人としての意味。
少女のありのままの心が紡ぐつぶやきの声。
そこには打算も衒いも捻りもないただ純粋無垢な思い。
早世の少女の言葉に、救われるような安らぎと忘れかけていた自分の子どもを覚える。

私も、そんな目でそんな心でそんな思いで花や自然や物事を見つめたい。

蓮華升麻は色も形もなんて優しいんだろう。

        新盆や悲しけれどもいそいそと (田口秋思堂)

蓮華升麻1

れんげしょうま1

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ミソハギ(禊萩・精霊花・千屈菜) ~即今、今。過未は知られず~
- 2010/08/13(Fri) -
ミソハギ 

こんな時だからと、本棚を整理し、廃棄するものを選び抜き出す。
買ったまま、一度も頁を開かずのもある。
数年経っても読まなかったということは、これからも読まないのだろう。
片付けながらも、少し作業を止め、ぱらぱらとめくる。
たとえば、「いかに生きるべきか」と、力を与える言葉や指標となる言葉が随所にある本など。

「世の中はここよりほかはなかりけり、よそはゆかれず、わきにゃおられず。」
「世の中はいまよりほかはなかりけり、昨日は過ぎつ、明日は来たらず」
                                                (高田明和著『禅の名言』より)
今のこの時、この場所を一所懸命にという教え。
盆休み、今を立ち止まって、日常と違うゆっくりとした時間を過ごすのもいい。

頃よくミソハギが咲く。
切り花にして写真の父と母にそなえる。

      みそ萩や母なきあとの母がはり (稻垣きくの)

ミソハギ
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ダリア(ポンポンダリア) ~悩み多き者達よ~
- 2010/08/12(Thu) -
 ポンポンダリア

部屋に風を通し、音楽を聴きながら、自分の時間を過ごしていた。
長い髪の若者がジーパン姿で歌っていた頃の昔の曲のオムニバスだ。
懐かしい声が個性豊かに歌い上げる。すでに鬼籍に入った人も。
歌詞もメロディーもリズムも、その時代背景を象徴するかのように、シンプルでいて深い。
岡林信康の「友よ」から始まる。
そして齋藤哲夫が振り絞るように歌う「悩み多き者よ」。
続く高田渡の飄々とした「自転車に乗って」は生活感がある。
ぼそぼそとした遠藤賢司の「カレーライス」は中津川フォークジャンボリーのライブ録音。
はっぴいえんどの「12月の雨の日」、西岡恭蔵の「プカプカ」、泉谷しげるの「春夏秋冬」…。
そんな曲がリピートされて、私の作業のバックミュージックとなる。

赤いダリアが咲いている。
そういえば、子どもの頃の記憶にあるダリアというと、ほとんどがポンポンダリだったような気がする。
万重咲きになった玉房状の花、いつも目にするのはそんなダリアだった。
最近は巨大輪だったり、菊の花のようであったりと色も花容も様々である。
今こうして真ん丸なポンポンダリアを見ると、遠い夏の日が甦ったりする。
三角缶と捕虫網を持って、足場の悪い林の中でコノハチョウを追いかけた日々など。

         曇る日は曇る隈もつダリヤかな (林原耒井)

ポンポンダリア 

ぽんぽんだりあ
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ナツエビネ(夏化偸草・夏海老根)~言霊(ことだま)~ 
- 2010/08/11(Wed) -
なつえびね

簡単に言えばそういうことだ。
「プラスの言葉(思考)はあらゆる場面においていい結果を生む。」
「マイナスの言葉(思考)は人の行為や健康面においても悪い状況を作り出す。」
早朝のラジオからいつもの精神科医の名調子が流れる。
今週のテーマは「言霊」、言葉と人と医療の関係について。
草取りをしながら聞く。
「悪い事は考えない。」
「まだ来ぬ先の事について、良くない事が起きるなどと考えない。」
「いい状況をイメージするといい状況が現実となる。」
番組は8分ほど、直ぐに終わってしまう。

ところで、日本には昔から「言霊」という考えがあった。
   敷島の日本(やまと)の国は言霊(ことだま)のたすくる国ぞさきくありこそ  (『万葉集』巻13 柿本人麻呂)                            
言葉には霊魂があり、不思議な力があると。
言葉には命が宿り、その命が動き、働き、物事に作用する霊威があると。
言葉には人の生き方を変えるほどの力があると。

優しい言葉は優しさの心を、温かい言葉は温かい心を。
前向きの言葉は勇気と明るさを。
希望の言葉は力とエネルギーを。

以前紐解いた書の中にも次のような文があった。
  道元禅師は『愛語』ということを大事にされた。言葉の根底に慈愛の心を持てと。
  一語の愛語は、人の運命を動かす力のある事を思えと。 (『一語一詩』 瀬上敏雄著より)
言葉は大事に使いたい。

虫除けスプレーをしたのに、何ヶ所も蚊に刺された。

柘榴の下に夏化偸草が咲いている。
見ていると、また服の上から蚊が刺した。

      しづけさのひかりとどめてえびね咲く (高原初子)

ナツエビネ

夏化偸草


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サギソウ(鷺草) ~白い翼の鳥に乗り~ 
- 2010/08/10(Tue) -
さぎそう

「名は体(てい)を表す」というが、サギソウはまさにそれを具現する。
その白くて清らかな花は、首を突き出し両翼を広げて飛翔する白鷺そのものだ。

 白い翼の鳥に乗り 恋は舞い上がる
 白い翼の鳥に乗り 二人は空を飛ぶ 大空へ
 流れ 流れるような青い風 
 頬をなぜてゆく 空を飛ぶよ …(略) (『白い鳥に乗って』はしだのりひことシューベルツ)

G Am C D7 と、単純なコードが繰り返されるメロディーを杉田二郎が伸びやかな高い声で歌う。
そんな懐かしい歌を思い起こさせる。

サギソウにはたくさんの花言葉が寄せられる。
単独のそれぞれの言葉に、関係性や脈絡はあまり感じられない。
「清純」と「無垢」はその純白な色から来ているのだろう。
「神秘」と「繊細」は作られた鷺の形と、翼を思わせる細かい切れ込みの花びらの様子からか。
「発展」は鳥の飛翔するイメージに因るのかもしれない。
「夢でもあなたを想う」はロマンチックでいい。
「芯の強さ」の拠はなんだろう。
それらを繋げて遊ぶ。
「神秘」さと「繊細」さを持ちながらも、「芯の強さ」で常に「発展」を志向する「清純」で「無垢」なあなた。
私は「夢でもあなたを想う」と。

              鷺草のそよげば翔つとおもひけり (河野南畦)

鷺草

サギソウ
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アゲハチョウ(揚羽蝶・鳳蝶・ swallow tail) ~蝶物語~
- 2010/08/09(Mon) -
揚羽蝶

アゲハチョウがやってきた。
薔薇がある。
百合がある。
グラジオラスがある。
背の高いダリアがある。
大きなフヨウと可愛いアブチロンと野趣のミソハギも。
でも、彼女が留まったのはリアトリス。
それも、色を失った終わり姿のリアトリス。
何気なく眺めていた。
きっと直ぐに飛び立つだろうと思いつつ。
動かない。そのままじっと留まったままだ。
カメラを取りに部屋に戻る。
まだ同じ場所で同じようにしている。
よっぽどそこが居心地がいいのだろう。
いや、彼女の心を捉える魅力的な「モノ」があるのかもしれない。
シャッターを切る。
被写体として動かずに協力してくれる。
しばらくそのままだった。
水分補給だったのか、単なる休憩だったのか。
ただ留まりやすい形をしていたからだったのか。

ほんの小さな蝶物語。
猛暑の中の涼しい心時間。
見つけた音のない幸せ景色。

     けふ我は揚羽なりしを誰も知らず   (沼尻巳津子)  

アゲハチョウ
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ゲンノショウコ(現の証拠・神輿草) ~花に蟻~
- 2010/08/08(Sun) -
げんのしょうこ

野生の草花は強い。
この暑さをものともしない。
多くの花はバテ顔で水を欲しがっているのに。
ゲンノショウコもそうだ。
花径は1cmほど、茎や葉には毛がある。
白い5枚の花弁には5本の紫の脈が走る。
蟻も来て、時々花の上で遊んでいる。
こんな小さな花にも、引き寄せるなにかがあるのか。
いやいや、その薬効を求めてきているのかも。
とにかく元気元気で、伸びて広がる。
広がりすぎて、「ゴメンよ」と私に抜き取られる。

「現の証拠」と、その名の通り胃腸にいいらしい。
夏バテにはどうだろう。
20年ほど前、干してお茶にしたものを数日間飲んだことがある。
草の匂いがして、美味しくなかったことを思い出す。

「暑さに負けるな!」と叱咤する。

    かがむれば現の証拠の花に蟻 (文)

ゲンノショウコ  

現の証拠
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アメリカフヨウ(アメリカ芙蓉・クサフヨウ) ~秋立ちぬ~
- 2010/08/07(Sat) -
アメリカ芙蓉

アメリカフヨウは宿根草。
今日は二つ、今日は一つ、今日は三つと次々に咲き、次々に萎む一日花。
草本なので冬期にその姿は地上にはない。
初夏頃から伸びはじめ、そしてこの盛夏に咲くのである。
「暑さなんかに負けないわ」とでも言うかのように、太陽を花全体で受け止める。

昨日は各地で猛暑日を記録し、北海道北見では最高気温が37.1℃と観測史上1位の暑さになったいう。
全国で最高気温が更新されていくこの気象はいったいなんなんだろう。
暦は秋立ちぬと告げるのに。
サンマ(秋刀魚)も不漁だとか。

           立秋と聞けば心も添ふ如く (稲畑汀子)

あめりかふよう

アメリカフヨウ
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国際宇宙ステーション(ISS) ~たまには~
- 2010/08/06(Fri) -
キンシバイ

私の起床はいつも早い。
ほとんどが深夜である。
ところで今日は少し違った朝を迎えていた。
前々から予定を立てていたのである。
『めざせ1000万人!みんなで星を見よう』実行委員会による国際宇宙ステーションの観測予報を知っていたからだ。
「3 時 40 分ごろ西南西の中ぐらいの高さの空( 42 °) で地球の影から出て見え始める。」
「 3 時 41 分ごろ 北西の頭の真上あたり( 78 °)でいちばん高くなり, 3 時 44 分ごろ北東の低空へ動き見えなくなる。」
今日8 月 6 日、国際宇宙ステーション(ISS)が肉眼で見える!
3時25分、予め準備しておいたヘッドライトを装備し、コンパスを持って外に出る。
雲が出ている。無理だろうか。
その切れ間からは月や星が見える。
期待と心配を交錯させながら、ワクワクして待つ。
何度も方角と角度を指して確かめる。
そして、その時刻。
「あれ、あれ飛行機じゃないよね」。
「違う!あれだ。宇宙ステーションだ」。
強く、明るく輝く「星」が左上から右上の方向へ動いていく。
もちろん音はなく、そのスピードは飛行機の比ではない。
「見えた!」。
「見えた……」。
野口さんと山崎さんが同時に搭乗しいたときにもチャレンジしたのだが、その時は見えなかった。
嬉しい気分だ。
爽やか気分の夏の朝。
とはいえ、あたりはまだ暗い。
部屋に戻ると、三脚にセッティングされたカメラが残されていた。
愛嬌。 

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ダルマヒオウギ(達磨桧扇・達磨射干) ~,と.~
- 2010/08/06(Fri) -
ダルマヒオウギ

夏の読書というわけでもないが、今読んでいるのは西條八十。
「感傷詩集」と「少女詩集」。
その繊細で豊かな感性。
萎えてしまいそうな夏の心に、風を送ってくれる。

    ,と.(コンマとピリオド)

  わたしの好きなのは,(コンマ)
  切れてもまだ
  つづく言葉のあるしるし。
  わたしの嫌ひなのは.(ピリオド)
  うてばそれぎり
  あとは冷たい沈黙。-
  ああ青葉の窓に
  今日(けふ)も寂しくリイダアの頁を繰りつつ
  わかれて遠き人におもひを通はす。          (西條八十『少女詩集』昭和4年より)

ダルマヒオウギは一日花。
咲き終えるとこよりのように。
「あかねさすひるはものおもひぬばたまの…」と、万葉の人の心に思いを寄せて見る。

           射干も一期一会の花たらむ (石田波郷)

達磨桧扇

ダルマ桧扇
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サルスベリ(百日紅・猿滑り・crape myrtle) ~セピア色の記憶~
- 2010/08/05(Thu) -
猿滑り

古里にもサルスベリがたくさんあった。
大きい木も多く、登って遊んだことを覚えている。
樹皮が剥がれた斑模様の樹幹はすべすべだ。
手で撫でたりしながらその感触を確かめる。
それで「猿滑り」といいうのだと、納得しながら遊んでいたことを思い出す。

その頃は、よく木登りをした。
たとえば、大きく枝を広げて連なる木から木へと、巧みに乗り移ったこと。
木の上に板を集めて、みんなで秘密基地を作ったりもした。
そういえば、横に伸びる太い枝に2本の縄を結わえてブランコを作ったこともあった。
少年の日の楽しいセピア色の記憶だ。

庭のサルスベリを見ながら、記憶の映写機に流れる遠い昔を思い出していた。

    てらてらと百日紅の旱かな (正岡子規)

百日紅

サルスベリ
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ダリア(dahlia・天竺牡丹) ~一掬の水~
- 2010/08/04(Wed) -
ダリア 

「痛っ」。
蜂に刺された。
フタモンアシナガバチのようだ。
生け垣の剪定をしていた。
居住区を荒らされたと怒ったのだろう。
そこに巣があるのに気がつかなかった。
左肘が赤く腫れた。
少し熱を持った。
直ぐに手当をした。
今年は蜂が少ないことに油断していた。
半袖だったこともいけなかった。
これも学習だ。

8月に入って、なおも暑い。
このところの連日の猛暑は尋常ではない。
花に水をやる。
強い日射しを浴びながらも、いい色いい形で生きている。

私の背丈に近いほどの高いダリアがある。
爽やか色のピンクの花である。
次々と咲く。
次々に切られて部屋に生けられる。

暑さと上手に付き合おう。

            一掬の水をダリアに恋人に (小林貴子)

だりあ 

だりあ   
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ルドベキア・タカオ(Rudbeckia) ~燕のごとく~
- 2010/08/03(Tue) -
ルドベキアタカオ

暑くならないうちにと、早い時間に畑作業をする。
このところの猛暑の影響で野菜に葉焼けや傷みが出て、多くで値上がりしていると聞く。
ありがたいことに、私の畑の育ちは順調で、毎朝収穫の喜びを味わうことができる。
一時間半も動けば、肌シャツは絞れるほどに汗を含む。
勤め前の一働きだ。

燕が目の前を音もなくスーッと横切る。
やはり涼しいうちの餌探しだろうか。
その屋根の下では何羽の雛が黄色い口を突き出し広げて待っているのだろう。

    「燕の歌」

   屋根の下に燕住み
   わが心に君宿る
   けふ晴し空に聳えて
   苔蒸せる我が家を見れば
   幾十年、君を抱きて
   わが心も老いにけらしな
   さはれ、年ごとに新たなる
   この思慕こそはなつかしき
   けふも光の中に若き燕のごとく
   溌剌として躍りつつ             (西條八十『感傷詩集』昭和8年より)

勤め先までは35分。黒いボディーはすでに熱い。
車庫の前にはルドベキア・タカオが広がる。
毎年株が増え、そして大きくなっている。
夏の庭を賑やかにしてくれる、手のかからない丈夫な花だ。

                 燕が切る空の十字はみづみづし (福永耕二)

たかお

タカオ

タカオ  
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