「努力は裏切らない」 ~安藤忠雄のことから~
- 2010/07/31(Sat) -
黄花4

朝が早い私は『ラジオを深夜便』をよく聞く。
先日は「特集100年インタビュー」(再放送)で、建築家安藤忠雄が語っていた。
特に興味深かったのは、建築家になるまでの前半の部分である。

彼は小学校、中学校と喧嘩早く、成績はずっと下位であった。
高校へ入っても成績は同様で、腕に自信のあるところからボクシングを始め、プロデビューをする。
しかし、当時の世界チャンピオンのファイティング原田の練習を見て、その世界の違いに圧倒され、グローブを外す。
少年は平屋であった家を2階に建て増しした時、手伝ったのをきっかけに大工や左官に興味を持ち、建築に関わりたいと思う。
そして高卒後、建築事務所でのアルバイトをしながら猛烈に勉強し、建築士試験に合格して資格を取る。
当時ありとあらゆる資格取得のため、ひたすら努力を続けたという。
彼は大学で建築の専門教育を受けてはおらず、ここまでの道のりは全て独学である。
そして個人住宅「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞し、その後の活躍は言うまでもない。
打ちっ放しのコンクリートによる建築表現で各地の公共施設、商業施設などを手がけ世界的に高い評価を得る。
「光の教会」などを見ると、それは建築というより崇高な芸術作品である。
高卒の彼は、最高学府である東京大学教授を経て名誉教授、現在は特別栄誉教授である。
「漲る緊張感が自分を育てる」と彼は言う。 「それをずっと持ち続けたい」と。

話を聞きながら私の頭には次の言葉が浮かんできた。
「努力は決して裏切らない。流した汗の分だけ、必ず結果は出る」
「夢を追い求め、果敢にチャレンジする事で、夢の方から近寄ってくる」
「行動の繰り返しが、難しい事をも簡単にさせる」

心の回転軸は年齢とは関係ない。
常に求めて生きているかで、絶えず回り続ける事ができる。
無為に気を抜けば、ぶれてよろめいてしまう。
一つひとつの事を確実に為しながら、高めながら、深めながらエネルギッシュに生きたい。

放送が終わる頃には夜が白々と明けてきた。
最後の締めくくりは「今日の誕生日の花と花言葉」。
これも楽しみのコーナーの一つである。

今朝もこんな早くから蜩が鳴いている。
蜩はこの仄暗さが好きなのだろう。

    算術の少年しのび泣けり夏 (西東三鬼)

黄花3

黄花1
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ヤマユリ(山百合・Japan lily)  ~女神座す~
- 2010/07/30(Fri) -
山百合 

ヤマユリは百合の女王、そんな華麗さと風格がある。
花弁の中央には黄色い条が走り、濃赤色の斑点が不規則に蒔かれる。
百合に香りはつきものだが、この花の場合のそれは他の追随を許さぬほどにきわめて強烈である。
この強すぎる香りを苦手と感じる人もいるのではないか。
大きな花の重みで茎がしなる。
顔は自ずと下に向いていく。
風に合わせてふわりふわりと揺れる。
美しい絵となり、深い歌となる。

    山百合の匂ふところに女神座す (松本旭)

山百合


ヤマユリ
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コノウゼンカズラ(小凌霄花・アメリカノウゼンカズラ・trumpet vine)
- 2010/07/29(Thu) -
コノウゼンカズラ 

コノウゼンカズラはその生まれ故郷から、アメリカノウゼンカズラとも呼ばれる。
ノウゼンカズラとの違いは3つの点で見て直ぐにわかる。
一つは色の点で赤みが濃いこと。
二つ目は花がやや小さめであること。
三つ目はラッパの形が細長であること。
蔓を絡めて上へ上へと登る姿や横向きに咲く花の形など、他はほとんど同じである。
2階の屋根を越えている。
花期を終える頃を見計らって、これもその半分ほどの高さに切ることにしよう。

このところ、毎日のように「暑いですね」が挨拶代わりとなる。
そんな中で、『チンパンジーから見たこころの進化』という講演会に出かけた。
講師は京都大学霊長類研究所(愛知県犬山市)の朝永雅己准教授。
ヒトに最も近い類人猿であるチンパンジーの行動から進化の過程を探ろうとする内容である。
アイとアイム親子の子育てを通して、心のやりとりと人間の行動との相違を見ていく。
その昔耳にした「親にはだれでもなれる。しかし父や母になる事は難しい」との言葉が思い起こされる。
冷房のあまり効いていない会場で扇子を片手に、自分が親になった頃を思い出しながら2時間半を興味深く聞く。
終えて外へ出ると、ぎらぎらとした灼熱の太陽が肌を突き刺す。
知人に会う。
やはり「暑いですね」と。

     灼け空にのうぜんの花はただ咲けり (文)

コノウゼンカズラ

アメリカ凌霄花

アメリカノウゼンカズラ
 
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キキョウ(白桔梗) ~旱天に水欲しく~
- 2010/07/28(Wed) -
シロキキョウ

梅雨明け以降、雨らしい雨が無く、猛烈な暑さが続く。
連日の酷暑で、多くのお年寄りが命を失っているとニュースは伝える。
近くの村でもやはり、85歳のお年寄りが熱中症により家の中で亡くなられたという。
長期の予報を見ても、まだこれからもこの状況は変わりそうもない。
しばらく自身の体調管理に気をつけなければと思う。

花も葉先が枯れたり、花びらに傷みが出て来たりしている。
首を項垂れて萎れているのもある。
水遣りをした。
慰め程度にしかならないかもしれないが。

白い桔梗も体力を消耗している。
頭を水で冷やしてやる。
少しは気持ちいいことだろう。

グラジオラスを剪って部屋で楽しむ遊び心。

    旱天に雨よ水よと白桔梗 (文)  

花瓶のグラジオラス
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バラ(薔薇・Rose) ~月の歌二題~
- 2010/07/27(Tue) -
プリンセスミチコバラ

カーテン越しに射し込む明かりで目が覚めた。
やや黄色みを帯びた丸い月が低い西の空に浮かんでいる。
満月を見るのは久しぶりのような気がする。

ふと、夜のしじまの中で思いだし、取り出したのは西條八十の詩集。

 お月さんひとりなの
 わたしもやつぱりひとりなの
 お月さん空の上
 私は並木の草の上
 お月さんいくつなの
 わたしは七つの親なし子
 お月さんもうかへる
 わたしもそろそろねむたいの
 お月さんさやうなら
 あしたの晩までさやうなら      (『お月さん』 昭和4年発行「少女詩集」より)

 月は撓める黄金の花にして
 空は寂として青し
 月は大空に擁かれるためにつくられ
 われは君のために在り
 月は茎なき花にして
 空は皎として冴ゆ
 永遠はわれらのためにつくられ
 今宵はわれらのために在り      (『今宵Sara Teasdala』 昭和8年発行「感傷詩集」より)

定価1圓50銭、昭和4年発行のボロボロの詩集だ。
装丁と挿絵は藤田まさを。満月の下に赤い薔薇がある。

夜の玄関にも薔薇がある。

    ひそやかに満月届き薔薇の夜 (文)

少女詩集

少女誌集函

西条八十

玄関の薔薇
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ホオズキ(酸漿・鬼灯・Japanese lantern plant)
- 2010/07/26(Mon) -
ほおずき

白い花が葉腋に一つ。
鬼灯の花が葉に隠れるようにして咲く。
よく見れば、花びらにも網目模様が。
隣では、花から袋の形に変わろうとしている。
さらには、紙風船のように大きく膨らんだものも。
これからしばらくの時を得て、色を赤く染め変えていく。

    ほおずき  (文)
 ほおずき ほおずき
 あの子のお口
 ほおずき ほおずき
 ちゅっちゅうっちゅう

 ほおずき ほおずき
 あの子のほっぺ
 ほおずき ほおずき
 ぽんぽんぽーん

見ていたら子ども歌にしたくなった。
メロディーも付けてみようか。

         少年に鬼灯くるる少女かな (高野素十)

ホオズキ

ホオズキ 
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ギボウシ(擬宝珠 plantain lily・Hosta) ~影もさやけし~
- 2010/07/25(Sun) -
ギボウシ 

庭の小径の両側をギボウシが縁取る。
今、何本もの花茎が伸び、総状の花序が盛りを見せる。
1日花で、下から順に咲いていく。
ユリ科特有のラッパ状の深い花。
雄蘂は6本、雌蕊は1個。
それらは熊蜂の好みらしく、毎日やって来ては体を入れる。
日陰にあって、大きな緑葉と淡紫の花が夏の涼となる。

    草刈りも影もさやけし花擬宝珠 (藤田湘子) 

ギボウシ  

ギボウシ

ギボウシ   
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ノウゼンカズラ(凌霄花・trumpet‐creeper) ~空へ~
- 2010/07/24(Sat) -
凌霄花

2階の屋根を越えてまで、伝いよじ登って橙赤色の花を咲かせているのは凌霄花。
賑やかな我が家の夏を彩るシンボルツリーである。
成長が旺盛な為、毎年かなりの枝を切り詰めるのだが、それでもとにかくぐんぐん伸び上がっていく。
今年はこの後、半分ほどの高さまでにばっさり切ろうと思っている。
花の半分近くは咲いた同じ形のままで地面を染めている。
深い漏斗形の花は虫たちの恰好の遊び場である。
蝶も蜂も蟻までもが出たり入ったりして楽しんでいる。
私も小人になって、その中で一緒になって遊びたい気分になる。

    雨のなき空へのうぜんの咲きのぼる (長谷川素逝) 

凌霄花 

ノウゼンカズラ


ノウゼンカズラ 

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スズランヒオウギ(クロコスミア・ヒオウギズイセン) ~汗の流るゝ~
- 2010/07/23(Fri) -
クロコスミア

職場でもクールビズの奨励。
開襟でワークするものの、少し動いただけで汗が胸と背を流れ落ちる。
喉が渇き、シャツが濡れる。
ハンカチが忙しい
体から水分と塩分が失われていく。
意識してこまめに補給する。
この猛暑による事故をニュースは伝える。
人ごとではない。
今日は大暑、さらに暑くなるのか。

フウフウ言う人間。
静かに咲く花。
日射しを避ける人間。
何処へも行けない花。
気力、体力を失う人間。
今という時と状況の全てを受け容れる花。
スズランヒオウギは咲く。

     居ながらに汗の流るゝ日なりけり (池内たけし)

クロコスミア  

クロコスミア   
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テンニンギク(天人菊・blanket‐flower) ~悲しみの花~
- 2010/07/22(Thu) -
ガイラルディアに蝶

暑さ盛りに合わせるかのように咲く花がある。
花の先端を縁取る色は黄色、内側は橙紅色の覆輪を持つ天人菊。
照りつける日射しに呼応するかのような夏色の花だ。
白い蝶が静かに留まっている。
少女。
この花を見ると、私は南の島から飛び立った若き将兵達を思い出す。
二度と生きて帰る事のない運命と知りながら、握る操縦桿。
その島には今でも少女達と隊員達を結んだこの花が咲き続けているという。
天人菊という名の由来は知らないが、多くの若い命がまさしく天人となった、悲しみを伝える花である。

    庭のもの折りもて供じ夏花とす (大橋越央子)  

ガイラルディア
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キキョウ(桔梗・Japanese bellflower) ~汚れてはならず~
- 2010/07/21(Wed) -
キキョウ

桔梗には「優しい愛情、 誠実、 変わらぬ愛」の花言葉が寄せられる。

優しい愛情、マザーテレサのような心。
誠実、 『愛と死をみつめて』のマコとミコ。
変わらぬ愛、若い頃憧れたのは光太郎と智恵子の愛。

人は暑さで参っている。
黙って健気に咲く桔梗。
きりきりしゃんと、整った素敵な顔だ。

     桔梗や男も汚れてはならず (石田波郷)

桔梗 
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グラジオラス(唐菖蒲・Gladiolus) ~朱夏の詩~
- 2010/07/20(Tue) -
グラジオラス

私の幼い記憶の中にあるグラジオラスはオレンジの花だった。
それはまさしく朱夏の花であり、太陽の色をしていた。

今、庭にあるグラジオラスは、黄あり、紫あり、ツートンありとカラフルである。
剣のような葉を見ればわかるのだが、和名に唐菖蒲(とうしょうぶ)とあるように、これはアヤメ科である。
花姿を見れば、アヤメやカキツバタなどは和風の情趣があるのに対し、グラジオラスは洋風の感がある。
しかし、目を近づけて見ると、一つひとつのひらひらした花びらは確かにアヤメにも似ている。
夏衣の絵模様にもなりそうである。

梅雨明けしたかと思ったら、たちまちの猛暑日。
急激な気温の上昇に体がエンストを起こしそうだ。
無理の利く年ではない。
労りつつ夏を乗り切ろう。

              わが朱夏の詩は水のごと光るべし (酒井弘司)

真紅グラジオラス

白筋入りグラジオラス

紫グラジオラス

煉瓦グラジオラス

黄色グラジオラス

白グラジオラス0

朱黄グラジオラス


紫白グラジオラス

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コオニユリ(小鬼百合) ~みなりんゝゝと~
- 2010/07/19(Mon) -
小鬼百合

鬱金桜と葡萄と梨の木の下に小鬼百合がある。
だいぶ増えてきた。
それはオシャレな少女を思わせる明るいオレンジ色の花だ。
くるりと巻き戻した花びらには濃赤色の斑点が散りばめられる。
風が吹くたびに、中から外に向かって伸びる赤いビロードのような蘂が小刻みに揺れる。
「いいね。」
「どこから見てもいいよ。」
その愛らしい姿に、ついつい声を掛けたくなる。

この小鬼百合、今ではすっかり我が家を住処としているが、もともとは茶碗蒸の材料の百合根だった。
食用で残ったのを土の中に埋めておいたのが、こうした花姿となって、毎年楽しませてくれているのである。
それがいつの間にか、いたるところに顔を出している。
今年あたり、正月用に少し分けていただいていいかしら。

     百合の蘂みなりんゝゝとふるひけり (川端茅舎)

コオニユリ  

 コオニユリ

コオニユリ

コオニユリ 
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ムクゲ(木槿・ハチス) ~只今の花、その日の命~
- 2010/07/18(Sun) -
木槿7

ようやく青空が戻った。
梅雨明けだという。
太陽を浴びた草木たちにも、晴れ晴れとした感を見る。

木いっぱいに白い花を咲かせている木槿。
花の基部を、鮮やかな赤がリッピングしたかのような模様に染める。
一つ咲けば一つが萎みと、花は次々に命を入れ替えながら咲き続ける。
別名にある「朝開暮落花」とはまさにその有り様を示す。
強い日射しが明暗のコントラストを作り、白い花びらの中に影を落とす。
たくさんの白の美しさと一輪にある美しさと。
花言葉には「新しい美、デリケートな美、繊細美」とある。
日毎の開花と、儚い一日花からのイメージに因るのだろう。

             白木槿只今の花今日の命 (文)

ムクゲ3

木槿6

ムクゲ9
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バラ(薔薇) ~雨薔薇(あめそうび)と~
- 2010/07/17(Sat) -
雨の薔薇


雨の薔薇。

耐える。
待つ。

包まれる。
乗せる。

痛む。
裂ける。

続く。
容赦なく。

こらえる。
合わせる。

さからわず
受け容れる。

ただひたすら。
濡れる。

じっとじっと。
身を委ね。

雨に薔薇がある。
何の不思議もなく。

    愛しくも哀しくもあり雨薔薇 (文)  

雨の白薔薇

雨の朱薔薇
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アジサイ(紫陽花・Japanese hydrangea) ~海の花のよう~
- 2010/07/16(Fri) -
紫陽花 

日陰の紫陽花。
美しい藍を集めて咲く。
アジサイの語源は〈集(あづ)真(さ)藍(あい)の意〉と示される。
「アズサアイ」からの語音転訛。
古くは藍がその花色としての認知だったのだろう。
まさに出藍の深い青である。
遠目で眺める花としての総体にも惹かれるが、たくさんの小さな両性花にも愛らしい美しさがある。

    あじさいの小さな花の海珊瑚 (文)
 
アジサイの花

紫陽花両性花
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ツキミソウ(月見草・待宵草・マツヨイグサ)~そっと花開く~
- 2010/07/15(Thu) -
ツキミソウ

黄色い月見草、正しくは待宵草。
花としてのツキミソウの名を持つのは別の白い花。

月見草…、ロマンチックな名である。
そして、連想させるのは夢二や太宰といった哀愁を帯びた繊細な心。
絵になり歌になり、人の想いを綾取りする物語となる。

日が沈む頃に花開き、夜を咲き続けて朝には花を閉じる一日だけの花。
人の一日が静かな時を流れる時に黙して咲く愁いの花。

勤めを終えて戻った庭で雨に濡れていた。

        月見草開くところを見なかった (嶋田摩耶子)

月見草
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ヤブカンゾウ(藪甘草・萱草・鬼甘草)~忘れ草とはかなしき~
- 2010/07/14(Wed) -
ヤブカンゾウ

家の周りにはたくさんのヤブカンゾウ。
自然のままに、どんどん増えていく。
刈り払い、抜き捨てる。
その広がりを押さえるために。
私の無情。

八重に咲く深い濃橙色。
花びらが反り返るところにユリ科の美しさを見る。
しかし、それは一日で凋む。
古くは「萱草(わすれぐさ)」と呼ばれたという。

今日はどんな今日であれ、時間は昨日という戻れぬ世界にする。
今日一日は常に過去になり、忘却を促す。
時が刻む無常。

いにしえ人は一日花のこの花に、世の儚さを感じ取ったのかもしれない。

         野に咲いて忘れ草とはかなしき名 (下村梅子)

藪甘草
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ノリウツギ(糊空木・さびた)
- 2010/07/13(Tue) -
ノリウツギ

白い円錐花序の花はノリウツギ。
無数の小さな両性花の外側に数枚の装飾花が添えられる。
色といい、その形といい、夏の日射しの中で一服の涼を感じさせる。
白い色はそのまま長く続き、秋に褐色の姿になり、冬に同じ姿のままで過ごす。
その枯れ色の姿も美しく、花のない季節に心を穏やかに誘う。
静かな美とでも言おうか、私は好きだ。

    水よりも風澄む日なり花サビタ (上村占魚)


のりうつぎ
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リアトリス(Liatris・麒麟菊) ~花の中を遊ぶ遊ぶ~
- 2010/07/12(Mon) -
りあとりす

リアトリスが長い首を伸ばして咲いている。
その様子からだろうと思われるが、和名には麒麟菊とある。
別に百合薊(ユリアザミ)の名もあるというキク科の花だ。
ありがたいことに、株が増えている。
小さな花は密集して穂状になり、上から下に向かって段々に咲き進む。
時折、蜂がやってきてはその長い首の間を散歩する。
彼女の眼にはこのたくさん集まった花はどのように見えているのだろう。
楽しそうに遊ぶ姿を見ていると、ふと『みつばちマーヤの冒険』を思いだした。

    「みつばちマーヤの冒険」    (作詞 作曲 伊勢正三)
雨上がりの虹は とてもきれいですね マーヤ
はてしなくひろがる 青い空のむこう
どこかにさくという 夢の花を
さがしもとめて 今旅立つ
おお 冒険(マーヤ) ちびすけ(マーヤ)
みつばちマーヤ

          蜂の尻ふはふはと針をさめけり (川端茅舎)

りあとりすとはち

リアトリス
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カラー(calla lily)~乙女の清らかさ~
- 2010/07/10(Sat) -
ホワイトカラー

カラーは江戸末期にオランダ船によって日本にもたらされた里芋の仲間だという。
その種の別名に「和蘭海芋」の名があるのは、それに因むようだ。
優しく巻かれたような仏焰苞は清らかな美しさがある。
包み込まれたその中に見える黄色い棒状のが本来の花である。

毎年、里芋をたくさん作るのだが、私はその花を見たことがない。
仲間だというので、きっと形は同じようなのだろう。
今年は里芋の花にも注意しながら見てみよう。

カラーの花言葉には「熱意、素敵な美」、白色に限っては「乙女の清らかさ」とある。
花姿からその言葉に納得する。

     七月や乙女がハンカチ額にあて (文) 

カラー

ピンクカラー
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ネムノキ(合歓木)~どこかにいい国があるんだ~ 
- 2010/07/09(Fri) -
ネムノキ

昨日、仕事を終えて家に着いたとき、今年初めての嬉しい声を聞いた。
カナカナー カナカナカナー カナカナー。
少し高く細いそれは、夕暮れの中に淋しげに響く。
「ああ、蜩」。
車のドアを開けたまま、鞄を持ってしばらく聞き入った。
土の下の彼らにも、長い命の営みに育まれた短い現身の季節が届いている。
もの悲しさと儚さを感じながらも、蜩の声に心が洗われる。
聞いていると、暮鳥の言うように、「どこかにいい国がある」気になる。

合歓木がある。
ふわりとした糸のような花をたくさん纏っている。
そのうちの2本を伐ろうと思っている。
大きくなりすぎた。
高くなりすぎた。
虫も付くようになった。

   合歓の花この世のような景色かな (鳴戸奈菜)


ねむのき
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バラ(薔薇)~薔薇に思う~
- 2010/07/08(Thu) -
イントゥリーグ

薔薇の季節。

薔薇の造型。
大きさと形と色と。
薔薇はアートする。

薔薇を歌う。
薔薇に感じる。
薔薇を静かに見る。

丸い房の薔薇。。
大きな剣の薔薇。
薔薇に蜂も遊ぶ。

薔薇の蕾。
薔薇の香り。
薔薇には棘がある理由。

薔薇は物語。
薔薇は戦。
薔薇は慰める。

思い出の薔薇。
あの時の薔薇。
薔薇が記憶を甦らせる。

私は薔薇が好き。

  紅薔薇(べにそうび)と昔言葉で一人見る(文)  

チャールストン

ピンクノックアウト

プリンセスミチコ 

バイオレットヒル
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イトバハルシャギク(糸葉春車菊)~見上げてごらん~
- 2010/07/07(Wed) -
いとばはるしゃぎく

いつになっても、いくつ年をとっても、今日の日というのは子供心に帰る。
多くの可愛い思いや、将来への希望、平和への願いなどを込めた短冊が夜空へ言葉を運ぶ。
私は坂本九の歌を思い出す。

見上げてごらん夜の星を
小さな星の小さな光りが
ささやかな幸せをうたってる

見上げてごらん夜の星を
ボクらのように名もない星が
ささやかな幸せを祈ってる

手をつなごう ボクと
おいかけよう 夢を
二人なら 苦しくなんかないさ

見上げてごらん夜の星を
ボクらのように名もない星が
ささやかな幸せを祈ってる
        (『見上げてごらん夜の星を』 歌 坂本九 作詞 永 六輔 作曲 いずみた)く

庭の黄色い星はイトバハルシャギク。
花言葉は「楽しい思い出」。
今日をこの時と思い、「楽しい思い出」を多く作れるように心がけよう。
心の短冊に、私だけの「願い」をしっかり書き留めながら。

          汝が為の願の糸と誰か知る (高浜虚子)

イトバハルシャギク
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ヒメシャジン(姫沙参)~7月の風~ 
- 2010/07/06(Tue) -
ひめしゃじん

苧環にもたれかかるようにして白い花が下を向いて咲いている。
ヒメシャジンは雨に打たれると花は痛みやすく、まるでガラスの心を持つ少女のようだ。
見ている自分もデリケートなものに触わるような面持ちになる。

7月の風が吹くというのに、蝶の姿が少ないと感じる。

        夏風に寄りかかる姫沙参 (文) 

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カワラナデシコ(川原撫子・大和撫子)~何処にあるや大和撫子は~
- 2010/07/05(Mon) -
かわらなでしこ

「大和撫子」の言葉からは、細やかな気配りとおしとやかな女性像が思い浮かぶ。
と同時に、控えめながらもきりりとした凛々しさを併せ持つそんな女性である。
いずれにしても慎ましくも芯の強さを持つ日本の女性への讃称である。
「肉食女子」が増殖しているということを聞くにつけ、現代において、そんな形容にあてはまる女性は稀少かもしれない。

カワラナデシコは淡紅色の可憐な5弁の花だ。
その先端は細い糸のように、いくつにもやわらかく切れ込んでいる。
見るからに素朴で嫋やかさが漂う。

「撫子」の名は、「その可憐な花と繊細な葉が、子どもの頭を撫でるような慈しみの心引き出すところから」と歳時記は説く。
そして、「石竹を唐撫子(カラナデシコ)と呼ぶのに対比させ、河原撫子を日本の撫子という意で大和撫子と呼称した」と。
転じてその名が、日本女性の美称として流布したのはいつの頃からだろうか。
語の響きの音感だけでなく、視覚的にも文字のつながりが美しい。

           壺に挿して河原撫子かすかなり (田村木国) 

河原撫子

カワラナデシコ
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アルストロメリア(ユリズイセン・Alstroemeria) ~芥川龍之介の雨蛙~
- 2010/07/04(Sun) -
アルストロメリア

目覚めたら雨だった。
それからずっと雨だった。
雨具を着て、草取りをした。
蒸れて、中のシャツが濡れる。
ラジオからは姉妹デュオ“たんぽぽ”の「ホテルカリフォルニア」が流れる。
聞き慣れた“イーグルス”の歌とは、まるっきり違う曲に聞こえる。 
3時間半、握力がそろそろ弱まり、指が休みを求める。
アルストロメリアの周りまではきれいになった。
薔薇園までは進めなかった。
ブルーベリーの葉の上にアマガエルがいる。
可愛い眼だ。
龍之介の句を思い起こさせる。
ひとまず切り上げる。

午後から作品研究会に行く。
作品講評を要請されてのことだった。
「教えることは即ち学ぶことである」という言葉がある。
自分にとっても、そんな濃い時間となった。

9月の公募展に向けて、私も計画的に制作を進めよう。

      静か色百合水仙の物語 (文)

アルストロメリア 

雨蛙
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ダイアンサス(テルスター) ~折り返してまた走る~
- 2010/07/03(Sat) -
ダイアンサスホワイトレッドツートン

新聞を見ていて思った。
そうか、今年も半分が過ぎたんだと。
一年をマラソンにたとえるなら、丁度折り返しの三角ポールを廻ったところだ。
白い雪のコースをおそるおそるスタートし、春モミジを眺めながら爽やか気分で走る。
人であふれる桜街道を通り抜け、激しい雨にずぶ濡れになって水を跳ねあげる。
花菖蒲の色を楽しみつつ、麦秋に感じいる。
蝉の鳴き声に耳を澄ませ、暑空の下、一面の紫陽花を駆け抜ける。
こうして半年。
夏色の向日葵畑、錦織なす山々の紅葉、そして憂愁落ち葉の並木…と又これから半年。
除夜までの私の6ヶ月、どんな花と景色と事が待ち受けているのだろう。

亀井勝一郎は言う。「明日とは、実は今日という一日の中にある」と。
今日(こんにち)今時(こんじ)の今を大切にできなくては肝心な明日もない。
今日(きょう)は昨日の生活にあり、明日は今日の生活の上にあるのだから。
何よりも今その時の足もとを見つめて着実に過ごしていくこととが大切だろう。
小さな一歩、されど確かな一歩を踏みしめて歩く。
肝心な今を疎かにして満たされる明日など到底望めるはずがない。
7月の日に新聞を見ていて、ふとそんなことを思った。

いく色かのダイアンサスがギザギザの花を咲かせている。

    撫子のそのかしこきに美しき (惟然)

ダイアンサスピンク

ダイアンサスビビットバイオレッド

ダイアンサスライトオレンジ
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ネジバナ(捩花・文字摺) ~手の込んでをりし~
- 2010/07/02(Fri) -
文字摺

螺旋を描いて上に伸びていくネジバナ。
なんとも不思議な咲き方である。
ブリューゲルやドレの描いた「バベルの塔」を思い起こさせる。
これは左巻きであるが、巻きの方向は花それぞれだという。
小花がギュッと密集して、全体は爽やかなピンクに染まる。
一つひとつの小花は愛らしい筒状をし、白い唇弁が見える。
古くから歌人にも詠まれてきた、和の風土に適した地生のランである。

手のこんでをりし文字摺草の花 (後藤夜半)

文字摺 

文字摺部分
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テッポウユリ(鉄砲百合・white trumpet lily) ~花が風に揺る(ゆる)~
- 2010/07/01(Thu) -
テッポウユリ

モノの名には必ずその由来がある。
花の場合、それは特徴ある形からであったり、固有の香りからであったりする。
あるいは、花はさてを置き、葉や根に名を求めることもある。
時には、立ち姿や、それが持つ薬効が名の決定につながることもある。
また、たとえば悲恋の物語の人の名であったり、生まれ育ちの故郷に因ったりすることも見かける。
いずれにしてもそこには、付けた人のセンスというか知性というか、感性が見えてくる。

百合(ユリ)の場合、それはは大きな花が風に〈ゆる〉姿から付けられたとか。
あるいは球根の鱗片が寄り〈ヨリ重なるところから変じたものとも。
漢字の百合も多くの鱗片の重なり〈合う〉様子からきたともある。(浅野 義人)
そんなことをわかると、また花を眺めるときに楽しくなる。

白い百合が野に広がる景色の中に小麦色の痩せた少年がいる。
私にとってテッポウユリは少年の日の思い出の花である。

             指さしてわがものとする崖の百合 (橋本美代子)

鉄砲百合
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