ハナミズキ(花水木)~私の想いを受けてください~
- 2010/04/30(Fri) -
  花水木

4月が終わる。
あれよあれよというまであった。
しかし、天気は冬と春と夏が行ったり来たりで定まらず、桜の花に雪まで降って人を惑わせた。
いろいろのことが遅れたり切り替がえできずと、落ち着いて事を運べずにもいた。
私にしてもようやくのこと、テーブルクロスを春模様へ替えるとができたのだが、いつもよりひと月遅れである。
今日を一区切りとして、鯉幟に相応しい爽風吹き渡る季候となって欲しい。

花水木が満開である。
花言葉は「私の想いを受けてください」と。

     昏るとき白き極みよ花みづき (中村苑子)  

花水木

 花水木
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ハナズオウ(花蘇枋・紫荊)~いとしめば愚直なる~
- 2010/04/29(Thu) -
花蘇芳

枝に添って並ぶ白い花蘇枋。
花の形がちょっと変わっているのはマメ科の木だから。

花は色々。
それがいい。
とやかく言うのは人の目。
花は誰のためにあるのでもなく。
花は色々。
それでいい。
花はひたすら。
命を精一杯。
色々な花、その色々がいい。

         花蘇枋弥勒の指は頰にあり (吉田汀史)

紫荊
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リキュウバイ(利休梅) ~等伯と利休~
- 2010/04/28(Wed) -
りきゅうばい

京都国立博物館で「長谷川等伯展」を観た。
「千利休像」(文禄4年(1595)作 重要文化財)もあった。
利休は黒の衣を纏い穏やかな顔で畳に座して描かれていた。
等伯と利休は懇意であったが、その心を許したような表情にも二人の関係性を感じることができる。
若き七尾時代から、円熟の京都時代までのすべてにおいて、深く厳しく研ぎ澄まされた作品ばかりである。
当時の画壇で主流派であった狩野派とは一線を画した独創的な世界が広がる。
風の冷たい外での50分待ちは、館内に一歩足を踏み入れた途端、等伯の熱い情熱で体は忘れる。
松林図屏風をはじめとし、松に秋草図屏風、枯木猿猴図等々「生きるとはかくも切なく美しい」彼を堪能する。
等伯の絵描きとしての凄さをあらためて知ることとなった展覧会だった。

利休梅が咲いている。
真っ白な花である。
嫋やかな枝は風が吹くたびに揺れる。
波打つような花びらも煽られ上下する。
誰がそう名づけたのか「利休梅」。
この花を見るたびに悲劇の利休を思い起こす。

利休梅その下蔭の好もしき (後藤夜半)  

リキュウバイ

利休梅
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ヒトリシズカ(一人静・まゆはき草) ~しずしずと汝を思ひて舞わんかな~
- 2010/04/27(Tue) -
ヒトリシズカ   

落ち葉に埋もれるように白い糸の花。
一人静。
その場所が、その木陰が似合う花。
ひとりしずか。

悲しみに舞う「静御前」の哀れを思う。
花言葉に「静謐」と「隠された美」。

この花を見ながら、なぜか私は白秋の詩を思い浮かべていた。

       他ト我

    二人デ居タレドマダ淋シ
    一人ニナツタラナホ淋シ
    シンジツ二人ハ遣瀬ナシ
    シンジツ一人ハ堪へガタシ       「北原白秋詩集『白金ノ独楽』より」


  沈む日にまゆはき草の独り言 (吉本みよ子)

ひとりしずか

一人静
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サクラ(山桜) ~蒼穹を背に~
- 2010/04/26(Mon) -
山桜

窓を開ければ目の前に、一本の山桜。
遠くからでも分かる我が家のシンボルツリーだ。
今、一重の小さな花が木を埋め尽くす。
花の色は限りなく白に近く、生まれたばかりの葉が花に寄り添う。
朝に起きては眺め、ひだまりに湯飲みを手にして眺め、夜は月明かりに見る。
部屋にいながらに、満開の山桜で私(わたくし)お花見を楽しむ。
屋根を覆うほどに広がる枝は二階の部屋のすぐそばまで伸びて、手を伸ばせば届く。
その二枝、三枝を剪って大きな花瓶にどっさりと挿し込む。
ほかに何も足さない。
それだけで絵になる。
この桜は我が家の歴史そのものである。

    山桜背に蒼穹を負ひにけり (篠崎圭介)  

 ヤマザクラ


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プルーン(西洋スモモ) ~爽やかな白~
- 2010/04/25(Sun) -
プルーン 

4㍍ほどの高さの木にプルーンの小さな白い花が枝いっぱいである。
素人感覚ではあるが、混み合う枝を思い切って伐り落とした。
手足の感覚を奪うような冷え冷えとする冬の寒い日のことである。
その剪定がよかったのだろう、昨年の倍近い花付きのようだ。
この木は毎年たくさんの実ならせてくれる。
しかし実際のところ、収穫することはほとんどなく、青紫に熟した実はただ落ちる。
今年は、少しは食べたり加工したりすることにしよう。
花は小振りの梨のようでもあり、白い林檎のようでもあり、しかしやはりちょっと違う。
青空に溶け込むその白い花が爽やかな春の季節感を与えてくれる。
でもまた、今朝も寒い朝だ。
そろそろ、本当の春らしい陽の温もりが欲しい。

       いまだ霜冷えの花の春かな (文)

ぷるーん
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シュンラン(春蘭) ~慎ましくて愛おしくて~
- 2010/04/24(Sat) -
春蘭 

春蘭が咲いているのにしばらく気づかなかった。
そう、それほどに春蘭は地味な花である。
その花びらが淡緑色で葉の色に染まるということもある。
花がさほど大きくなく、葉に紛れたりするということもある。
そっとそっと咲くのだから、私の目はそれを知らずにいたのだ。
まだ陽が射しこまない朝の庭歩きで、その開花をようやく気づいたというわけである。
慎ましくひっそりと下向きに咲く花に顔を近づけてみた。
白みを帯びた唇弁は、その中に濃赤紫色の斑点を施している。
といっても、やはり側弁に合わせるかのように、それも控えめである。
洋蘭の、たとえばシンビジウムなどの華やかさには勿論かなうはずもないが、趣の点では深さが違う。
そばにじっといつまでもいたい、そんな思いにさせる花だ。

書には次のような紹介がある。
「食用として、塩漬けの花を汁の実にしたり、桜湯と同様に蘭茶とする。てんぷらや酢の物でもよい」
もしそれが美味であろうとも、私にはとてもそんなことはできない。
見れば見るほど愛おしさを感じさせる花なのだから。
花言葉は「控えめな美」と。

           春蘭や雨をふくみてうすみどり (杉田久女)

春蘭
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ツルニチニチソウ (蔓日日草・largeperiwinkle) ~そのままにしてくれませんか~
- 2010/04/23(Fri) -
蔓日々草

ツルニチニチソウが広がる。
木槿の下や山吹の下などは濃い緑色の艶やかな葉で地面が覆いつくされる。
その生命力といったらあまりにも強く、奔放に伸びてしまうのである。
しかたがないので、ほかの草花の上に被さらないように、引き抜いたり、ばっさりと刈り取ったりする。
所々に紫藤色の花の姿もある。
葉や茎の勢いに紛れてあまり目立たないが、一つひとつは楚々とした優しい花である。
昔からの野の花のようにも見えるが、原産は南ヨーロッパで明治中期以前に渡来したものだという。
私の庭でも野生化し、至る所でカバープラントのようになっている。
他の草花が色や形を失う冬でも青々としているのがありがたい。

花蔓の自由気ままをうらやましく (文)

ツルニチニチソウ
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ツバキ (赤椿・白椿) ~椿と鵯と私~
- 2010/04/22(Thu) -
赤椿

鵯の朝は早い。
私がカーテンを開ける頃にはすでに庭にいる。
声賑やかに動く彼のお目当ては椿の花だ。
枝に止まったりホバーリングしながら嘴を花に挿し込む。
朝茶を口に運びながら窓越しにそんな様子を眺める。

赤い椿がある。
白い椿がある。
鵯は食す。
私は見る。

     赤い椿白い椿と落ちにけり (河東碧梧桐)

白椿
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ハナモモ (花桃 照手白) ~花が溢れて~
- 2010/04/21(Wed) -
照手白

花が溢れる。
私の目が右往左往している。
右に小さき花、左に華やぐ花。
上にゆかしき花、下にか弱き花。
どれもこれもが私に声をかける。
春爛漫、花の色。
春満面、花の香。
花が私の心にも春を広げる。

     匂ふとも見えずゆかしや桃の花 (樗良)

照手白 

照手白  
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コブシ (辛夷) ~信頼~
- 2010/04/20(Tue) -
辛夷

見上げれば辛夷の花がある。
高く伸びた木に白い花がぽつりぽつりと咲く。
花びらはそれぞれきままに好きな向きにそりかえる。
そのやわらかで不定な花の形が見る私をおだやかな思いに誘う。

花言葉に「信頼」とある。
信頼する、信頼される。
自分はどうなのか。
信頼という言葉を背負うに値するか。

      静かなりたおやかなり花辛夷  (文) 

コブシ
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ハナモモ (花桃 照手紅) ~蕊をあらはに~
- 2010/04/19(Mon) -
照手紅

箒を逆さにしたようにして上広がりに照手花桃は咲く。
八重の花が枝にびっしりだ。
白桃などの実桃より濃い紅色である。
実もなるのだが、食べたことはない。
甘いのかどうなのか。

ようやく春の日射しが戻った。
これだけの天候不順は珍しい。
野菜も高騰しているのだとか。
花たちも咲く時期を戸惑っているに違いない。
私もまだテーブルクロスを模様替えできないでいる。
もう四月も半ば過ぎだというのに。

一日、土を耕していた。
紫外線も強くなったのだろう。
鏡を見たら少し日焼けしていた。

         花桃の蕊(しべ)をあらはに真昼時 (飯田蛇笏)  

照手紅 
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ナシ (梨の花) ~青天に白い花のかたまりて~
- 2010/04/18(Sun) -
なしの花

染井吉野が散っている。
土の上を花びらが敷いていく。
一つが終わる。

代わるように梨の花が咲く。
私の梨は二十世紀と幸水と新水。
どれも真っ白である。
葉と一緒に咲く。
それがまたいい。

大正ロマンなら花簪。
シックな着物姿の黒髪にこの花は似合う気がする。

           夢二の絵思い起こさせるよ梨の花  (文) 

ナシの花

梨の花
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ケマンソウ (華鬘草・タイツリソウ・鯛釣草) ~鳥の声~
- 2010/04/17(Sat) -
華鬘草

『ひよどり』   奈美あや 

なんでみんな樹の下で集まり騒ぐんだろう
こんなに寒いのにさ


『つばめ』    奈美あや

いろんなひとがいるよ
いろんなことがあるよ
いろんなものがあるよ
いろんなうたがあるよ
もっといろいろみたらいいのにね


ケマンソウはタイツリソウとも。
よく見るとたしかに釣り竿にたくさんの魚がかかっているようにも見える。
一つひとつはハートに雫が垂れているようで愛らしい。
まるでペンダントのようだ。

今朝は雪。
春だというのに
春の盛りなのに。

      春雪に凍える花の感傷 (文)

ケマンソウ
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ハナニラ (花韮・Spring star flower) ~花は黙って咲く~
- 2010/04/16(Fri) -
ハナニラ

「花と花でない私」  奈美あや 

花を見れば分かる
私が花でないことを
私が美しくないことを
私がひたすらでないことを
私が無欲でないことを
私が正直でないことを
私が純心でないことを
私が誠実でないことを
私が寛容でないこと
花は黙って咲く
黙って咲けない私
          

「ありがとう」    奈美あや 

さりげない優しい花を見つけた
膝を曲げる
花の中に光と影がある
「ありがとう」
真善美が詰まっている気がする



星のような可愛い花はハナニラ。
山茱萸の木の下に一つ二つ三つと咲く。
英名でSpring star flowerというらしい。

それにしても冬に戻ったかのような寒さだ。

      春寒の曇りに星の花一輪 (文) 

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ヒイラギナンテン (柊南天) ~春はかるくたたずむ~
- 2010/04/15(Thu) -
ヒイラギナンテン

「春」

春は かるくたたずむ
さくらの みだれさく しずけさのあたりに
十四の少女の
ちさい おくれ毛の あたりに
秋よりはひくい はなやかなそら
ああ きょうにして 春の かなしさを あざやかにみる   
                       『定本 八木重吉詩集より』

ヒイラギナンテンはなぜ葉に棘を持つのだろう。
突き刺さるような固くて鋭い棘。
黄色い花が釣鐘のように並んで仲良く咲く。
棘はこの花を守るためにあるというのか。

      春といふ大いなる掌の上 (内藤悦子) 

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ツバキ (椿) ~絞り模様を言葉にすれば~
- 2010/04/14(Wed) -
ツバキ

薄桃に濃い赤の絞り模様の椿が咲いた。
いつもならもっとたくさん咲くのだが、今年の木には4つ5つしかない。
蕾の段階でかなり落下してしまった。
原因は不明だが、長い間にはそんなこともあるのだろう。
特段木が傷んだりとかの様子ではないのが救われる。

紅椿には〈気どらない優美〉の花言葉、白椿には〈完全な愛らしさ〉の花言葉があるという。
この斑入りの椿にはどんな花言葉が与えられているのか。
たとえば「静慮」とか「隠れた美しさ」とか「しのぶ愛」なんて…付けてみたくなる。

      花弁(はなびら)の肉やはらかに落椿 (飯田蛇笏)

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シャクナゲ (石楠花) ~運命に責任を持つ~
- 2010/04/13(Tue) -
石楠花

スティーヴィー・クレオ・ダービックの本を読んだ。
その中に「運命に責任を持つ」という項があり、そこでフランク・アウトローの文を紹介している。

自分の考えに気をつけよう。それは言葉になる。
自分の言葉に気をつけよう。それは行動になる。
自分の行動に気をつけよう。それは習慣になる。
自分の習慣に気をつけよう。それは人格になる。
自分の人格に気をつけよう。それは運命になる。
                    (フランク・アウトロー)

運命というのは決められているのでなく、自分という存在の生き様が創出する。
人は自分という個性をどう活かすのか、自分の才能をどのように生かすかである。
言い換えれば、地道で小さな積み重ねの継続により運命は切り拓かれるということだろう。
今日の姿が、明日の姿を生んでいるともいえる。
生きることに無理をすることはない。
しかしまた、努めることなく安易に生きることでは道を切り拓くことはできない。
気をつけよう。
自分が為すすべては自分の運命に繋がっているのだ。
昨日より今日の、今日より明日の自分が少し高いところにいるようにと。

4月のスタートに合わせ、手にした本が考えさせる。

石南花が咲いている。
 
     空の深ささびし石南花さきそめぬ  (角川源義)

シャクナゲ
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スモモ (李・Chinese plum) ~蹊(みち)を成す~
- 2010/04/12(Mon) -
スモモ

〈桃李ものいわずとも下おのずから蹊(みち)を成す〉とは《史記》にある言葉だ。
桃や李は自ら言葉を発することはないが、人々は美しい花や甘い果実を求めてその木に集まる。
そして、人々が繁く足を運ぶ木の下には次第に蹊(こみち)ができていく。
転じて、優れた人、徳ある人の周りには、だまっていても自然に多くの人が集まることを喩えて言う。
語らずとも周りに蹊ができるような徳。
凡人には難しいことだ。
しかし、そうありたいと志向することはできる。
そのように生きたいとの思いを持つことはできる。
姿勢としてそのように求めて努力することはできる。

我が家の李も真っ白な花を満開にさせている。
枝いっぱいに花が広がる様子は桜に劣らない。
花の一つひとつは小振りで可愛い。

  放縦に背戸の李の花盛り (相馬遷子) 

すもも

李


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サクラ (染井吉野) ~桜の森の満開の下~
- 2010/04/11(Sun) -
そめいよしの  

桜を見ていて坂口安吾の『桜の森の満開の下』という小説を思いだした。
こわい話だ。重い話だ。なんとも不気味な話だ。
彼(山賊)が殺したのはいったい誰なのだろうか。
人の心の中に住む「鬼」なのか。
まがまがしい欲望なのか。
人の深層に見え隠れする不安と孤独か。不信と悪徳か。
こんなきれいな桜を見て、思い出す小説ではないのだが。
家では4本の桜が揃って咲いている。
来週末までは持ちそうである。
ライトアップでもしてみよう。

福山雅治の「桜坂」がラジオから流れてきた。
  ~君よ ずっと幸せに 風にそっと歌うよ
  Woo Yeah 愛は今も 愛のままで

絵にも詩にも歌にも愛や戦にもなるのが桜だ。
以前に観た山大観の『夜桜』もよかった。
夫婦のほのぼのさが描かれる春草の『帰樵』にも桜が描かれる。
桜は人に様々な思いを抱かせる。
桜は見た人の数だけの物語を作る。

    さくら満ち一片をだに放下せず (山口誓子) 

そめいよしの

そめいよしの 


染井吉野

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サクラ (染井吉野) ~ひとすじの気持ち~
- 2010/04/11(Sun) -
ソメイヨシノ

   「桜」

綺麗な桜の花をみていると
そのひとすじの気持ちにうたれる
                『定本 八木重吉詩集より』


いい天気だった。
男爵とアンデスを植えた。

鶯がやってきた。
枝から枝へと渡っていく。
ケキョケキョケキョホーケキョ、ホーホケキョ、ケキョケキョケキョ。
彼にはまだまだ練習が必要なようだ。

桜も満開となった。
だいぶ待たされた感もする。
マイお花見を楽しむ。

      ゆさゆさと大枝ゆるゝ桜かな (村上鬼城)

ソメイヨシノ  

ソメイヨシノ 
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ムスカリ (grape hyacinth) ~青に 流れた~
- 2010/04/10(Sat) -
ムスカリ 

   「何故に 色があるのか」

なぜに 色があるのだろうか
むかし 混沌は さぶしかった
すうっと 蠱惑(アンブロージアル)の 翡翠に 流れた
やがて ねぐるしい ある夜の 盗汗(ねあせ)が
四月の雨にあらわれて 青(ブルー)にながれた
                             『定本 八木重吉詩集より』

光のかがやきとともに、色が増えた。
光のつよさにあわせて、色も鮮やかになった。
光のあたたかさにさそわれて、色も変化した。

何故に花に色があるのかって?
私はムスカリに聞いた。
ムスカリは答えた。
「私はね、たくさんの色の中から一番好きな色を選んでいるの」。
一番好きな色…。
他がまとわない自分色。
他におしつけられない自分色。

         春愁の身にまとふものやはらかし (桂 信子)

ムスカリ
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ヒュウガミズキ (日向水木) ~陽遊~
- 2010/04/09(Fri) -
日向水木

   「陽遊」

さすがにもう春だ
気持ちも
とりとめの無いくらいゆるんできた
でも彼処にふるえながらたちのぼる
陽遊(かげろう)のような我慢しきれぬおもいもある
                            『定本 八木重吉詩集より 陽遊』


一日陽が射せば、一日で花開く。
二日陽が射せば二日分の花が開く。
太陽が呼びかけに、花が笑って答える春。
風の誘いに、花がハミングする春。
ああ、春ですね。

あわい香りと淡い黄色。
鈴のように垂れて少しの風にも揺れて。
ヒュウガミズキにも春。

    陽炎のものみな風の光かな (暁 台)

ヒュウガミズキ 

日向水木 
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スイセン (水仙・narcissus) ~のに~
- 2010/04/08(Thu) -
スイセン

   「のに」

…………
庭の水仙が咲き始めました
水仙は人に見せようと思って
咲くわけじゃないんだなあ
ただ咲くだけ
ただひたすら…
人が見ようが見まいが
そんなことおかまいなし
ただ いのちいっぱいに
自分の花を咲かすだけ
自分の花を-
花は ただ咲くんです
それをとやかく言うのは人間
ただ ただ ただ-
それで全部
それでおしまい
それっきり
人間のように
〈のに〉なんてぐちは
ひとつも 言わない
だから純粋で
美しいんです。
             『相田みつを 「のに」より一部』

他人と比較しようと思うから悲しくなる。
他と比べるから貧しくなる。
無理に背伸びするから転びそうになる。
求めすぎるから苦しくなる。
欲しがるからよこしまになる。
ただいのちいっぱいに自分の花を。
自分らしく軽く咲かせばいい。

     水仙の葉先までわが意志通す (朝倉和江)

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ヒヤシンス (hyacinth) ~真実~
- 2010/04/07(Wed) -
 ヒヤシンス

   「真実」

  さあ寝ようと思って
  今日のことをふりかえっても
  これでいいという事が一つも無い
  自分をぐっとひき緊めて
  このまま軽く深くなってゆきたい
                           『定本 八木重吉詩集より』

自分をぐっとひき緊めて…かあ。
そうだなあ、鉄も熱いうちにというし。
自分を変えるためには何か節目っていうものが大切なんだよ。
何かきっかけにするタイミングが必要なんだ。
4月はそんな自分の扉を開けるチャンスがあるんだなあ。
「今に満足するということは進歩がないということだ」
「同じ事を続けるということは後退と同じだ」
たしかそんなことを言っていたのは、オシムさんだったような気がする。

植えっぱなしのヒヤシンスが咲いてくれた。
いい彩りだ。
香りも何とも言えない。
昔は「風信子」「飛信子」の字を充てたとか。
なるほど、あっている。

    ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心ふるひそめし日 (北原白秋)

 
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ユキヤナギ(桃花雪柳) ~そのときどきの初心~
- 2010/04/06(Tue) -
桃花雪柳

見渡せば諸処に桜花(さくらばな)満ち
見渡せばかぐわしき花の咲き誇り
見渡せば美しき色の、麗しき形の花のある
ああ、今まさに春爛漫
万物が新しき年輪を刻み始め
そしてまた人も己(おの)が新しき歴史の扉を開く
今、胸にみなぎる強い決意
今、体に溢れる熱い情熱
まさに、今こそまた新たな「初心」を

明るい声で真新しい制服に身を包んだ中学生達が桜の木の下を行く。
すべてがピカピカだ。
どの顔にも「希望」という文字が見える。

私にも新しい春がある。
新しい自分を作る春がある。

雪柳がふわりふわりと風に揺れる。

       春や子に欲し青雲のこころざし (加古宗也)

桃花雪柳  

桃花雪柳 
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レンギョウ(連翹 golden‐bell tree) ~また始まる~
- 2010/04/05(Mon) -
連翹 

天気に恵まれた昨日は、各地の花の名所は大勢の人出があったようである。
ニュースでは人で賑わう上野公園や千鳥ヶ淵のお花見の様子が流されていた。
最新の遺伝子分析により、ソメイヨシノの発祥の地が「東京駒込」に確定されたとも。
我が家の三本のソメイヨシノも五分咲きとなっている。
来週あたりが丁度見頃となりそうだ。

こんな天気だからこそと、私は何処へも出かけず野良仕事に精を出した。
ジャガイモとネギを植えるための畝を作った。汗をかいた。
来週に植え付ける予定である。

お宮の春祭りの昼花火がドーンドーンと響き渡ってくる。

枝を黄色く染め、レンギョウも満開である。

1日、2日と仕事のアイドリングは終わった。
今日からスーツを着た私のペナントレースが本格的にスタートする。
また始まる。

      連翹の一枝円を描きたり (高浜虚子)

連翹  

連翹
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ハクモクレン(白木蓮 ) ~一輪の花の中に~
- 2010/04/04(Sun) -
ハクモクレン

     「花」  高橋新吉

    一輪の花の中に
    久遠の春が宿っている
    一人の人間に
    無限の時間が流れている
    花が人間になり、人間が花になる
    無限の時間が春になり
    春が無限の時間になる


木蓮の白い花。
私は彫刻にしたいと思った。
木蓮の白い花。
そのやわらかな形に、そのままの色に着色して作ってみようと思った。
木蓮の白い花。
花芯もリアルに作ってみたいと思った。
木蓮の白い花。
しばらくすると風がやってきて、花びらを川に流していった。
木蓮の白い花は散った。
午後のひだまりのことである。

     白木蓮の散るべく風にさからへる (中村汀女)

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カキドオシ(蘺通) ~水、石を穿つ~
- 2010/04/03(Sat) -
カキドオシ

たとえば繋留されていた船が新しい航海に向けて出帆するように。
それぞれの立場と役割をもった新しい船乗り達を加え入れ、目的地に向け岸を離れていくように。
私の勤めも、多くを入れ替えた組織編制のもとで新年度が力強くスタートした。
予定していた準備も滞りなくできて、ひとまず安心である。
しかし、2日間のハードスケジュールの中で、頭には重さが、目の奥に疲労感が少し残る。
飛ばしすぎないように、体を休めつつ無理なく仕事を進めることとしよう。

岡井隆が中日新聞に連載しているコラムを毎日目を通す。
その中でオウィディウスの次の言葉が紹介されていた。

 石より固いものはあるまい。
 水より柔らかいものはあるまい。
 しかし、固い石とても柔らかい水に穴をうがたれるではないか。

一つひとつは小さく弱いものであっても、同じ事を長く続ければ大きな力となる。
思いを貫けば、必ずやことは成就することを示し、継続することの尊さを説く。
自然の確かな事象の中に私達はこうして学ぶことが多い。

李が張り出す川縁の土手に小さな春の花を見つけた。
薄紫のカキドオシだった。
今はまだ落葉に隠れるように咲いているが、これから茎は蔓状に伸びて1㍍にもなり周りを埋め尽くす。
1日5㎜、1㎝と少しずつ成長していく野の花。
私自身も今年の貫くことを決め、昨日より1㎜でも違う自分であろう。

鶯の鳴くのを今年初めて聞いた。
まだ本番前の発声練習のようで、少しぎこちない感もある。
徐々に声ならしをして、そのうち素敵な歌を響かせてくれることだろう。

     鶯の身を逆(さかさま)に初音かな (其角)


籬通

かきどおし
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ボケ(木瓜・Japanese quince) ~一歩一歩~
- 2010/04/02(Fri) -
木瓜

       一歩    榎本栄一

     いっぽ  いっぽは  いいな
    私はうまれつき
     一足とびはできない
    いっぽ  いっぽの
    ながい道のりは
    いいな

新しい仲間を迎えての歓迎会があった。
朝の緊張した顔から解き放たれて、盛り上がる和やかな場に素の顔が広がっていった。
聞けば、出身も三重や茨城などと様々、いろいろな話が聞けそうでこれも楽しみである。
新顔さん達は、この一日で職場の印象をどのように感じたのだろうか。
早く馴染んで思う存分に力を発揮できるように、心配り気配りをしよう。
ところで、こういう酒席の様子で最近感じることがある。
それは半数以上がアルコールを口にしないということだ。
勿論、車社会ということもあるが、少し前に比べると大きく様変わりしている。
最近、「~離れ」という実態が一つの社会現象として見られるという。
これも「酒離れ」ということなのだろうか。
酒間を通して語り合い、相互の関係性を身近なものにしていく…それが変わりつつある。
とまれ、新年度が始まった。
一歩一歩を確かな歩みにしていこう。

     土近くまでひしひしと木瓜の花 (高浜虚子)

ボケ 
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