ミツマタ(赤三椏) ~こんな春だもの~
- 2010/03/31(Wed) -
ミツマタ赤

     「豚」

この 豚だって
かわいいよ
こんな 春だもの
いいけしきをすって
むちゅうで あるいてきたんだもの
                    (『定本 八木重吉詩集』より)

東京へ行った折、双葉のサービスエリアで休憩した。
そこでは同行のペットを散歩させている光景をよく見かける。
今回、若い夫婦が持つリードの先に繋がれていたのは黒い豚。
よく見かけるワンちゃん同様に、洋服(胴着?)まで着ている。
いいなあ、豚がペットだなんて。
私は、豚の性格やそのフォルムが好きだ。
作品のモチーフにしたいと何度も思ったが、未だ実現していない。
近いうちに形にしてみよう。

2種類の三椏がある。
いつも先に咲くのは黄色で赤いのは遅れて咲く。
赤といっても朱色に近い。
鼻を近づけるといい香りがする。
一人時間の春、空気をいっぱい吸って3月を終える。

     三椏や皆首垂れて花盛り (前田普羅)

三椏赤
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シバザクラ(芝桜) ~花冷えの東京~
- 2010/03/30(Tue) -
芝桜

文部科学大臣奨励賞受賞の表彰式のため東京へ行った。
池袋の東京芸術劇場が会場だった。
高円宮妃殿下もご臨席され、お言葉をいただいた。
優しさの笑みからこぼれる白い歯と慈悲に縁取られた眼、明眸皓歯とはまさに妃殿下のことさす言葉ではないかと思った。
鮮やかなライトブルーのスーツに身を包まれ、背筋の伸びきったすらりとしたお姿はまるでモデルのようでお美しい。
妃殿下はご自身でも油絵をお描きになるとのことである。
「思いを一生懸命伝えようとして描いた絵は必ず人の心に伝わるものです」とのお言葉が印象に残る。
私年表に新たに記事として加えられた日であった。

式を終え、外へ出ると東京は凍えるほど真冬のように寒かった。
帰路につき、暗くなった中央道を走る車窓には満月が浮かんでいた。

あれこれするうちに、3月もそろそろ終わる。
また一つが過去になり、また新たな時計の歯車が動いていく。

      満月を上げて八分の花の冷え (森澄雄)

シバザクラ
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クリスマスローズ ~下向きのやさしさ~
- 2010/03/29(Mon) -
クリスマスローズ黄色

「やさしさ」

やさしさ
謙遜な心
すなおな信仰
それは浅くても尊い

  「○」
どうせ短い命
できる限りうつくしい心でいよう

                  (『定本 八木重吉詩集』より)


桜の木の下ではクリスマスローズ揃って咲く。

まだたくさんの蕾があるね。
うれしいね。
君たちって、いつも下を向くんだね。
みんな恥ずかしがり屋なんだ。
ほら、もう少しで桜も咲くよ。
枝いっぱいの桜って素敵だよ。
でも、君たちには散る桜しか見えないんだね。
今度、上に向けてお花見させて上げるよ。

通るたびクリスマスローズの首起こす (田口素子)

クリスマスローズ  黄色  

櫻の木の下のクリスマスローズ
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スイセン(水仙) ~言葉は考える~
- 2010/03/28(Sun) -
水仙  

言葉は考える道具である。
だから内に豊かに持ちたい。
内に持っていれば自分自身と会話ができる。
声は音として伝わっても心には伝わらない。
声は言葉として発しないと心には伝わらない。
美しい女性(ひと)は美しい言葉を持っている。
豊かな言葉こそ大切である。

加賀美幸子(元NHKアナウンサー)さんの講演が当地であり、上の文はそのお話からの抜粋である。
私も時々思う、言葉は人柄だと。
人と会話していて思うことは、その人の生活や歴史が見えてくるということだ。
あるいはその人の持つ文化や人生観が伝わる。
少し前「品格」という言葉が流行ったが、まさにそれが見える気がする。

加賀美さんの言葉を書き留めながら、私自身も気をつければならないと自省する。
私もそう見られ、そう感じられているのだから。
できるだけ、美しい言葉、豊かな言葉、相手に響く言葉を使っていきたい。

庭の至る所に幾種類もの水仙が顔を出している。
山茶花の下には可愛い小振りの水仙が丈を揃えて咲いている。
たしか「スイートネス」という名だったような気がする。

ああ、寒い。春が足止めされている。

    水仙のひとかたまりの香とおもふ (黒田杏子)

水仙

水仙 
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タアサイ ~春の花の色~
- 2010/03/27(Sat) -
タアサイ  

冬越しのタアサイに花が伸びてきた。
他の菜同様にタアサイの花も黄色い。
春に咲く花の色は黄色が多いのは何故だろうと前々から思っていた。
「最も多くの昆虫に好まれる色である」という説が有力のようだ。
もう少し詳しく明快な科学的根拠が知りたい。

桜便りが届き始めたと思ったら、一気に氷点下の冷え込みである。
権現山など近くの山々は新たに雪化粧となっている。
しまいかけた冬物をまた羽織る。
行きつ戻りつ、春の天気は気まぐれだ。

鶏糞と牛糞を畑に鋤込む。

  春耕のときどき土を戻しをり (井上弘)

タアサイ
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ミツマタ(三椏・paper‐bush) ~四十雀も歌う~
- 2010/03/26(Fri) -
三椏

鮮やかな黄金色の花、三椏が咲きだした。
別名に結香、黄瑞香の名を持つというとおり、芳香のある花だ。
小さな花は筒状で白くて細かい絹毛に覆われている。
葉のない枝先に下向きに咲く。
花は50ほどのかたまりとなるが、それが外側からだんだんに咲いていく。
沈丁花の仲間の特徴だ。

鳥の動きも活発になってきた。
近くの林からはセンダイムシクイの声が響き渡る。
鵯はせっかくの椿を食う。
小啄木鳥(コゲラ)が桂の木を上り下りする。
四十雀は桜の枝の上で歌っている。
鶯の声が聞こえるのもそろそろだろうか。

    三椏の花に光陰流れだす (森澄雄)

シジュウカラ
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ネコヤナギ(猫柳・銀芽柳) ~春のふんわり~
- 2010/03/25(Thu) -
猫柳

銀白色のふわふわはその名も猫柳。
人差し指で撫でてみる。
3本ある木は植えたものではない。
いつの頃からか家にすっかり住みついている。
東にある木は朝日を浴びるときに美しい。
西にある木は夕陽を浴びるときに美しい。
一つだけ高い4㍍ほどの木は青空に映えて美しい。
春が連れてくる猫柳のふんわり。
そばで私もふんわり。

     一つづつ光輪まとひ猫柳 (伊藤柏翠)

ネコヤナギ
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アンズ(杏・apricot) ~心も衣替え~
- 2010/03/24(Wed) -
アンズ 

アンズは桜ほどの華やかさや知名度はないが、淡紅色の美しい花である。
春の青空の下で満開の時を迎えている。
眺めてよし、そして食べてよし。
私は杏が好きだ。

法隆寺にある国宝の救世観音像や百済観音像は飛鳥の仏像である。
その時代に作られた彫刻的特徴を示すものとして「杏仁形(きょうにんぎょう)の眼」がある。
優しい慈悲に溢れた笑みを浮かべるアルカイックスマイルとともに挙げられる。
眼縁が同じ弧線を描いて大きく開き、杏の種の様な形となって表されていることをいう。
学生時代に学んだ事だ。
杏を見るたびにそんなことを思い浮かべたりする。
奈良は今年、遷都1300年を迎える。
4月にはそんな奈良を訪ねる。

春風が木々に色とりどりのペンキを塗っていく。
私もそろそろ冬(服)を仕舞おう。

        しほるるは何かあんずの花の色 (貞徳)

あんず


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サクランボ(実桜・桜桃・cherry) ~旅立ちの歌~
- 2010/03/23(Tue) -
サクランボ

東京で桜が開花したことをニュースは告げる。
靖国神社にある標準木が五つ六つ咲いたのだと。
いよいよ春本番、心も浮き浮きスキップする。
家ではサクランボが満開である。
何千ものこれらの花すべてが夏には赤い実となる。
しかし、毎年の事だが、およそその1%ほどしか口に入らない。
残りの大半は鵯一族に栄養として吸収される。
「ネットを被せればいいのに…」との冷ややかな声がいつも背中に聞こえる。
「いいではないか。どうせ食べきれるものでもないし。…」
やわらかな日射しを浴びる穏や春の日に、お茶を飲みながらサクランボを眺めるプライベートお花見。

イヤホーンからは「白い光の中で 山なみは萌えて…」と秋川雅史が歌う『旅立ちの歌』が流れる。

さくらんぼ実を浮かべつつ見上げる (文) 

サクランボ  

サクランボ 
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ジンチョウゲ(沈丁花) ~道作りと井浚い~
- 2010/03/22(Mon) -
 沈丁花

道作りがあった。
毎年お彼岸に合わせて地区の人が総出で行う。
道作りといっても、都会に人には耳慣れない言葉だろう。
生活環境を自分たちの手で守っていく、昔から受け継がれてきた行事である。
近くに森や林、里山を抱えているため、この時期になると落葉が道に溢れ雨で土砂が道に溜まる。
それを取り除き、障害物のない本来の道にする。
あるいは枯れて倒れかかる古木や道に大きく覆い被さる竹を伐って、通行の安全を確保する。
これが道作りである。
私が住む信州の片田舎では地域共同体的な結びつきが強い。
ほかにもお宮掃除や河川清掃などをみんなで協力して行う。
事情あって参加できない場合は出不足金を支払う仕組みにもなっている。
一時間ほどで作業は終わった。
その後、私は続けて井浚いをした。
家の中を井水が通っている。
その井の底の砂礫を掬う。
水の流れがよくなった。

スコップと鋤簾を片付けて休む。
いい香りが鼻に届く。
その芳しさの源は沈丁花だ。
白いのと赤いのが揃って咲いている。
鼻を寄せて吸い込む。
ああ、ほんとにいい香りだ。
この香りを母は好きだと言っていた。
一枝の花を剪って、母のもとへ届けたのは去年の春のことだった。
今年は、写真の母の前に置くことにしよう。
「お母さん、彼岸で香りを楽しんでね。」

     疲れゐて沈丁の香をすぐまとふ (加倉井秋を)

沈丁花白 

 沈丁花 
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ウメ(豊後) ~春耕の時~
- 2010/03/21(Sun) -
薄紅梅 

畑を耕した。除草をした。苦土石灰を撒いた。
朝から取りかかり夕方までかかった。
しばらくおいてから、有機肥料を入れて混和する。
すでにジャガイモや里芋の種芋が出回っている。
また野菜作りが始まる。
土に触れると、人としての原初の魂が呼び起こされる思いがする。
土は語らないが、生命の尊さや食の意味を黙して教えてくれる。
そして私も自分が自然の中の生き物であることを実感する。
消毒を一切せずに、無農薬有機栽培にこだわってきた。
勿論これからもそうするつもりだ。
指に力が入らない。
腰が痛い。
久しぶりに使う筋肉が悲鳴をあげているのだろう。
しかし、この痛みや疲労感は心地よいものがある。

畑の西側の梅も開花した。。
家にある梅の中で一番遅くに咲くのがこの豊後である。
もともと、実を収穫するために植えたものだが、薄紅色の花も美しい。
今年はいつもの年よりたくさんの花が付いているので、実のなりも楽しみである。
花びらの中で虫が遊んでいる。
彼らも春の到来を喜んでいることだろう。

    春耕に中土の顔出す喜びかな (文)


 薄紅梅
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アセビ(アシビ・馬酔木・Japanese andromeda) ~今盛りなり~
- 2010/03/20(Sat) -
あせび

  我が背子に我が恋ふらくは奥山の馬酔木の花の今盛りなり (詠人不詳 万葉集第十巻1903)

万葉の女性は、愛しい人へ向け、溢れんばかりの深い思いを鈴なりに咲く馬酔木の花に喩えて詠む。
「恋焦がれる気持ち」をこのように奥ゆかしく歌にして伝える古人(いにしえびと)のなんと素敵なことか。
万葉の世では名もない市井の人までがさらさらさらと、思いの丈を歌で表す。
時には、燃えるような激しさとあからさまな求愛の言の葉で、あるいは花や景色への見事な暗喩にして。
現代の軽薄な文化ではとても太刀打ちできない。

その馬酔木が家でまさに今盛りである。
垂れ下がるようにして、小さな壺のような花が多数に咲く。
その先端を赤く染めた花は小さな提灯が並ぶようでもある。
そんな馬酔木に昇ったばかりの朝陽が低く当たる。
それがまた一層静かな叙情感を与える。

ところで俳誌『馬酔木(あしび)』を主宰したのは水原秋桜子だった。
『ホトトギス』を離れた彼が自らの雑誌に『馬酔木(あしび)』の名を冠した思いは何だったのだろう。
その真意を知りたいところでもある。

   「馬酔木咲き 野のしづけさの たぐひなし」  (水原秋桜子)

あせび 

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サクラ(河津桜) ~木末がたつ~
- 2010/03/19(Fri) -
 河津桜

「桜」

きれいな桜の花をみていると
そのひとすじの気持ちにうたれる


「○」

木末(こずえ)がたつ
空にたつ
木末が
しずかに 空に おもえる
                  (『定本 八木重吉詩集』より)

冬桜に続いて、河津桜も咲き出した。
ここへ来て、一輪二輪と蕾の口が解かれていく。
花は小振りで、やや下向きに咲く。
染井吉野よりも少し濃いめの桜である。
9本の花桜と2本の実桜がある。
4月下旬の八重桜までは、家で居ながらの花見ができる。

彼岸の入りだ。
空からも桜が見えるだろうか。

毎年よ彼岸の入りに寒いのは (正岡子規)  

カワズザクラ
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クリスマスローズ ~こころの風景~
- 2010/03/18(Thu) -
 くりすますろーず 

「矜持ある風景」

矜持ある 風景
いつしらず わが
こころに 住む
浪(ろう) 浪 浪 として しずかなり

「○」

木は
わたしの 寂び
草は
わたしの 静けさ

「うすら陽」

うすら陽がみなぎっている
こころはやさしくたかぶり
醜いことをかんがえても
そのかげは花のようにうつくしい
                 (『定本 八木重吉詩集』より)

送別会があった。ともに過ごした日々を語り合った。
新たな地へ赴く者、職種が変わる者、そして37年の勤めを終えここで退職となる者…。
送別の言葉に代えて、ただ熱く抱き合って送る寡黙な男。
お世話になったその濃さが涙となって嗚咽の中で感謝を述べる若い女性。
一人一人の胸に、手を携え合った一つひとつの出来事が去来し、万感の思いが溢れて別れを惜しむ。
人との出会いは、また別れの始まりであるとはいえ、毎年やって来る3月のこの日は切ない。
それぞれに歩むこの先の幸を祈りつつ、しみじみ惜別の思いを噛みしめたひとときであった。

桜の木の下にクリスマスローズが静かにある。

クリスマスローズ気難しく優しく (後藤比奈夫))

くりすますろーず
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クロッカス(Crocus・ハナサフラン) ~雲のある日~
- 2010/03/17(Wed) -
クロッカス

「雲」

くものある日
くもは かなしい
くものない日
そらは さびしい

「雲」

あの 雲は くも
あのまつばやしも くも
あすこいらの
ひとびとも
雲であればいいなあ

「雲」

もくもくと
雲のように
ふるえていたい

「○」

雲が 湧く 日
白い 雲を みる
吐息して
またも みれば
白い 雲が ながれる
                  (『定本 八木重吉詩集』より)

落ち葉の中に白い花が二つあった。
いつの間に咲いたのだろう。
葉はまだ一枚か二枚だけ。
春の花は本当に愛らしい。
このクロッカスを見ていて、なぜか「純潔」という言葉を思い浮かべた。
一日ごとに私の庭に春が増えていく。
私の胸のうちにも。

     並びゐて日向日陰のクロッカス (本井英)

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エピデンドラム(Epidendrum) ~雨の音~
- 2010/03/16(Tue) -
エピデンドラム

「雨の音」

夜の雨の音は
さびしい胸にともしびのようにともる


「雨」

雨は土をうるおしていく
雨というもののそばにしゃがんで
あめのすることをみていたい


「雨」

窓をあけてみていると
なんにも要らないから
こうしておだやかなきもちでいたいとおもう
                  (『定本 八木重吉詩集』より)


夜半の激しい雨に起こされた。
集めた川音までが、部屋に入ってくる。
空からの贈り物が雪だったのは少し前のこと。
もうすっかり空の上までもが春のようだ。

色違いのエピデンドラムが一つの鉢の中で咲いている。
茎の先端にたくさんの花が並び立つ。
雨音を聞きながら、今日の仕事をしばし離れて眺める。
「花、紅にして美なりといえども、ひとり開くにあらず。春風来たりて初めて開くなり」。
道元禅師の言葉をしみじみと思う。


             春雨のあがるともなき明るさに (星野立子)

エピデンドラム  

エピデンドラム 




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サクラ(大阪冬桜) ~にこにこ~
- 2010/03/15(Mon) -
大阪冬桜  

「花」

にこにこ
遊びたくなった
ひとつ 花をください
もっと あそぶんです

「春」

こんな桜や草花を毎年見て
いつまでも生きていたいものだ

「桜」

花はいいもんだと聞いたことも無く
ひょっこり見た桜はもっとしんみりうつくしいだろう

「春(天国)」

天国には
もっといい桜があるだろう
もっといい雲雀がいるだろう
もっといい朝があるだろう
                 (『定本 八木重吉詩集』より)

他の桜に先駆け、白くて小さな桜が盛りを迎えている。
一年に冬と春と、二度咲く大阪冬桜だ。
霜の降る11月下旬に咲き、それから4ヶ月経っての開花である。
体力を消耗するのではないかと心配にもなる。
暖かな週末だった。
先日の高知に加え、昨日は福岡と松山で桜の開花だという。
いろいろと季節の進みが早いようだ。
車のタイヤを替えた。
生活も心も春へ衣替えである。

        父母を思ひ出させる桜かな (文)

大阪冬桜 

大阪冬桜
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ウメ(鹿児島紅梅) ~花がふってくる~
- 2010/03/14(Sun) -
鹿児島紅梅

「花がふってくると思う」

花がふってくると思う
花がふ〈散〉ってくるとおもう
この てのひらにうけとろうとおもう

「梅」

ひとつの気持ちをもっていて
暖かくなったので
梅の花がさいた
その気持ちがそおのままよい香いにもなるのだろう

「梅」

眼がさめたように
梅にも梅自身の気持ちがわかって来て
そう思っているうちに(も)花が咲いたのだろう
そして
寒い朝霜ができるように
梅自らの気持ちがそのままの香(い)にもなるのだろう
                                         (『定本 八木重吉詩集』より)


4本ある紅梅のうち、これが一番濃い。
この鹿児島紅梅は幹や枝の中までが赤い。
剪定すると、花と同じ色がその断面に現れる。
風に枝が揺すられ、花びらが剥がされて舞っていく。
地に届く花びらが春模様を描く。
見渡せば枯色の木々もそれぞれに色化粧をし始めている。
冬は知らぬ間にそっと引っ越したようだ。
そういえば、ジョウビタキの声もしなくなった。
もう、北の国へ帰ったのだろうか。

         梅一輪一輪ほどの暖かき (嵐雪)

 鹿児島紅梅 

カゴシマコウバイ
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ゼラニウム ~ある時~
- 2010/03/13(Sat) -
ぜらにうむ 


「ある時」

べつに
することもないし
悲しいこともなかったので
ひとりでにこにこしていた

「○」

あたらしくあゆもう
きのうのうたはわすれよう
しかしながら
きのうのうたとおなじように
きょうもうたうことをおそれはしまい

「○」

私に出来ない善い事を
他人がしたのを見ればうれしい

「○」

本当にうつくしい姿
それはひとすじに流れたものだ
川のようなものだ
                                (『定本 八木重吉詩集』より) 

うちうちのことである。
同僚の異動がわかった。
10人である。
それぞれに花があった。
それぞれが木であった。
それぞれの技と力と頭があった。
3月、別れがつきものとはいえ、同飯のちぎりを失うのは淋しい。
ともに過ごせる残り僅かを温かい思いの時にしよう。

       肩に手をかけて話せば暖かし (大場白水郎)


  ゼラニウム

ゼラニウム

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アマリリス(レッドライオン) ~ねがい~
- 2010/03/12(Fri) -
  アマリリス

「ねがい」

きれいな気持ちでいよう
花のような気持ちでいよう
報いをもとめまい

「光」

ひかりに うたれて
花がうまれた

「愛」

ただひとつをうたおう
愛を生き
愛を生ききってしぜんにうたおう
よろこばしいうたであるとおもう
               (『定本 八木重吉詩集』より)

アマリリスが膨らみ始めたのは2月の中頃だった。
緑の紡錘形の包みが徐々に解かれて赤い色がのぞく。
その中には二つの顔があった。
それは覆いをすべて開いて大きな美しい花となった。
しじまの中で私はアマリリスを一人見る。
amaryllis 名の羊飼いの乙女を想像しながら。

       首曲げて人を待つなりアマリリス (石井 保)

 アマリリス

アマリリス
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サンシュユ(山茱萸・春黄金花) ~空と光~
- 2010/03/11(Thu) -
 さんしゅゆ

「彫られた 空」

彫られた 空の しずけさ
無辺際の ちからづよい その木地に
ひたり!と あてられたる
さやかにも 一刀の跡

「空と 光」

刻まれたる
空よ
光よ

「むなしさの 空」

むなしさの ふかい空へ
ほがらかにうまれ 湧く 詩(ポエジー)こころ
旋律は 水のように ながれ
あらゆるものがそこにおわる ああ しずけさ

「○」

木末がたつ
空にたつ
木末が
しずかに 空に おもえる
                                (『定本 八木重吉詩集』より)

こがねのはな。
はるいろがきにいっぱい。
こころがわらっている。
そらもほほえんでいる。
かぜもうたっている。
ひかりもはるだ。
ああ、ああ。
「おーい。」
「おーい。」
そらにむかって「おーい。」
そんなわたし。

         枯色に山朱萸の黄の新しや (高木晴子)


さんしゅゆ

 サンシュユ
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カランコエ ~悩ましい 春だ~
- 2010/03/10(Wed) -
カランコエ 

「○」

「悩ましい」ということが
なんと
よくあてはまる 日なんだろう
わたしが
『悩ましい 春だ』といえば
木が
空が
静かに みぶるいするではないか!?

「○」

「他人(ひと)が
 知ってくれぬ」って!?
ああ
だれか 未だかつて
「自分」をすら
知った 者が あろうか!?

「○」

手をあわすれば
あらわれてゆく
ふしぎなるこの世かな
かたじけなきぼんのうの世かな
            (『定本 八木重吉詩集』より)

レミオロメンの「3月9日」を聴いていた。
本来、結婚を祝うために作られた曲のようだが、今では全国で「卒業に際し最も愛されている曲」なのだという。
先週はこの地の高校でも卒業式がピークを迎えていた。
先の見えない不況感漂う社会だが、高い理想と溌剌とした行動力で未来を切り拓けとエールを送りたい。
ともあれ一区切りの安堵感があろう。新しい夢への実現に向かって強い歩みを踏み出して欲しいものだ。

人生には卒業はない。生きている周りのすべてが学び舎であり、師であり、教えである。
「3月9日」を聴きながら、自分も学ぶ心を失わないようにありたいものだと思った。

      大いなる春日の翼垂れてあり (鈴木花蓑)

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ユキワリソウ(雪割草) ~本当のもの~
- 2010/03/09(Tue) -
雪割草

  「本当のもの」

どうしてもわからなくなると
さびしくてしかたなくなると
さびしさのなかへ掌(てのひら)をいれ
本当のものにそっとさわってみたくなる

「○」

みにくいものは
てぢかにみえる
うつくしいものは
はるかにみえる

「○」

だあれも
人のみていないとこで
おもいきり人のためになることをしていれぬものか

「○」
ひにくなこころと
いかれるこころと
ふたつとかして
ただうつくしく
しずかにながれたい
(『定本 八木重吉詩集』より)

「雪割草」という名が好きだ。。
書いても素敵だし、声に出しても素敵だ。
冬と春を分ける花はなんでこんなにもつつましいのだろう。
じっと耐え忍んで春を迎えるからだろうか。
待ち焦がれて待ち焦がれての思いがつまっているからなのだろうか。

     みんな夢雪割草が咲いたのね   (三橋鷹女)

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ゴールデンクラッカー ~雨の日に~
- 2010/03/08(Mon) -
 ゴールデンクラッカー 

  「雨の日」

雨が すきか
わたしはすきだ
うたを うたおう

「雨」

雨がふっている
いろいろなものをぬらしてゆくらしい
こうしてうつむいてすわっていると
雨というものがめのまえへあらわれて
おまえはそう悪いものではないといってくれそうなきがする

「雨」

雨が ぼしゃぼしゃふってる
にごり水が ぐんぐん ながれる
いいあんばいだとおもう
のどのところまで なんだかおしあげてくる            (『定本 八木重吉詩集』より)
                                                                                                                               
せっかくの週末は雨だった。
暖かな春に一目散かと思ったら、冷たい雨となって気温も下がり、季節が少し逆戻りだ。
二月中旬より三週間にわたる展覧会の会期が終了し、その雨の中で搬出作業をする。
広々とした美術博物館では、一つひとつが作品に合わせた空間を得て恵まれた展示となった。
3000人余の観客があったというから、イベントとしては成功と言えよう。
二(ふた)月後にはまた公募展が待っている。
ここしばらくは年度納めと新年度準備の仕事が立て続けにある。
一区切りしてから、また新しい制作に取りかかろう。

1㎝ほどの小さな黄色い花はゴールデンクラッカー。
杉の葉のような枝の先端部にまるで花火のようにまとまって咲く。
花言葉には、「美しい日々」「清らか」とある。
「心清らかに美しい日々」を送りたいものだが、凡人の現実はそれとほど遠い生活が日常である。
気持ちだけでもそうあろう。

       春雨の檜にまじる翌檜(あすならう) (飯田龍太)

 ゴールデンクラッカー
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アブチロン(アブチロンナイロビ) ~光の中で~
- 2010/03/07(Sun) -
あぶちろん 

  「光」

ひかりとあそびたい
わらったり
哭いたり
つきとばしあったりしてあそびたい

「貫ぬく 光」

はじめに ひかりがありました
ひかりは 哀しかったのです
ひかりは ありと あらゆるものを
つらぬいて ながれました
あらゆるものに 息を あたえました
にんげんのこころも
ひかりのなかに うまれました
いつまでも いつまでも
かなしかれと 祝福(いわ)れながら

「空」

空よ
おまえのうつくしさを
すこし くれないか
(『定本 八木重吉詩集』より)

庭のアブチロンを鉢に移して部屋に入れたのは11月頃だったような気がする。
それが、一週間ほど前から咲き出した。
釣鐘のような半開きの花は相変わらず下向きに咲いている。
外ではいつも夏に咲くので、これはあまりにも早すぎる開花ではある。
部屋に射し込む暖かな春の光が彼女に早く咲きたいと思わせたのだろうか。
ともあれ、花があるのはうれしい。
ありがとうと言いたくなる。

    うれしさは春の光を手に掬ひ (野見山朱鳥)

あぶちろん
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キバナセツブンソウ(黄花節分草) ~美しいわたしであろうよ~
- 2010/03/06(Sat) -
キバナセツブンソウ

不思議

心が美しくなると
そこいらが
明るく かるげになってくる
どんな不思議がうまれても
おどろかないとおもえてくる
はやく
不思議がうまれればいいなあとおもえ〈っ〉てくる

美しくみる

わたしの
かたわらにたち
わたしをみる
美しくみる

美しい 夢

やぶれたこの 窓から
ゆふぐれ 街なみいろづいた 木をみたよる
ひさしぶりに 美しい夢をみた



いきどおりながらも
美しいわたしであろうよ
哭きながら
哭きながら
うつくしいわたしであろうよ

             (『定本 八木重吉詩集』より)


土のすぐ上に小さな黄花節分草。
花たちのセンサーが季節を感じている。
生まれる春。
春をみる私。

節分草好みの風でありにけり (橋本檜山)



黄花節分草
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ヒメリュウキンカ(姫立金花) ~おだやかな心~
- 2010/03/05(Fri) -
コピー (2) ~ 姫リュウキンカ

      おだやかな心

ものを欲しいとおもわなければ
こんなにもおだやかなこころになれるのか
うつろのように考えておったのに
このきもちをすこし味わってみると
ここから歩きだしてこそたしかだとおもわれる
なんとなく心のそこからはりあいのあるきもちである

心よ

ほのかにも いろづいてゆく こころ
われながら あいらしいこころよ
ながれ ゆくものよ
さあ それならば ゆくがいい
「役立たぬもの」にあくがれて はてしなく
まぼろしを追うて かぎりなく
こころときめいて かけりゆけよ

本当のもの

どうしてもわからなくなると
さびしくてしかたなくなると
さびしさのなかへ掌(てのひら)をいれ
本当のものにさわってみたくなる
(『定本 八木重吉詩集』より)

姫立金花が咲く。
輝くような花。
ハート形の葉。
かわいい。

雨の朝である。
これからは一雨ごとに草木の根が動き、枝が広がり、花が膨らむ。
一雨ごとに草木が色を得ていく。

  春雨やうつくしうなる物ばかり (千代女)
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アイビーゼラニウム(メキシカグラナティット) ~ねがい~
- 2010/03/04(Thu) -
アイビーゼラニウム メキシカグラナティット

ねがい

どこを断ち切っても
うつくしくあればいいなあ

ねがい

ものを欲しいこころからはなれよう
できるだけつかんでいる力をゆるめよう
みんな離せば死ぬるようなきがするが
むりにいこじなきもちをはなれ
いらないものからひとつずつはなしていこう

ねがい

できるだけ ものをもたないで
こだわりなく 心をはたらかせたい

ねがい

人と人とのあいだを
美しくみよう
わたしと人とのあいだをうつくしくみよう
疲れてはならない
                『八木重吉の詩より~「ねがい」の詩~』

ここ数日は、時候の挨拶に「春暖の候」という言葉を用いるに適しているような暖かさが続いている。
加えて、冬にはっきりと訣別する儀式のように強い春風が吹き荒れ、木々を揺らし落葉を舞い上げる。
春一番なのか春二番なのか、空飛ぶ小鳥までが操舵不能の飛行機のように流される。
空の青さを見ていると、その色までが春の色に見えてくる。
梅の枝に初めてメジロまでがやってきた。
春を肌で、目で感じる。
部屋の中に取り入れたゼラニウムも様々に花を咲かせて賑やかになってきた。
外に出すのもそろそろかもしれない。

春一番山を過ぎゆく山の音  (藤原滋章)

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クリスマスローズ ~心よ~
- 2010/03/03(Wed) -
クリスマスローズ

  こころよ
こころよ
では いっておいで
しかし
また もどっておいでね
やっぱり
ここが いいのだに

   ○
静かな 
この こころ!
彫ってみたいな!

   ○
かなしいのでもいい
よろこばしいのでもいい
こころは
うごいておれよ
なまなましく
かんがえておれよ

   ○
ひにくなこころと
いかれるこころと
ふたつとかして
ただうつくしく
しずかにながれたい
            『八木重吉の詩より~「こころ」の詩~』

櫻の木の下にクリスマスローズをまとめて植えてある。
それがだんだんに咲き出した。
下向きに静かに咲く花を見ていると、デューティを忘れ心穏やかになる。
花が私に語りかける。いつも「いいこころ」をふところに持っていなさいと。
怒りや悲しみや苦しみを覚えたら、花をじっと見ることにしよう。
 
いきいきとほそ目かゞやく雛(ひひな)かな   (飯田蛇笏)  

クリスマスローズ2

クリスマスローズ1
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ウメ(紅梅) ~重吉のにこにこ私の春
- 2010/03/02(Tue) -
紅梅



早春
梅がすこし咲いた
なんだか
天までとどく様な 赤い柱にだきついていたい


にこにこ
遊びたくなった
ひとつ 花をください
もって あそぶんです

○  
さがしたってないんだ
じぶんが
ぐうっと熱がたかまってゆくほかない
じぶんのからだをもやして
あたりをあかるくするほかない


ただひとつうたおう
愛を生き
愛を生ききってしぜんにうたおう
よろこばしいうたであるとおもう


うつくしいこころがある
恐れなきこころがある
とかす力である
そだつるふしぎである                  八木重吉の詩より

紅梅が咲きました。そこから見えますか?いかがお過ごしですか?
そちらの春はどんなんでしょう。何色の花が咲いていますか?
こちらはこれから花あふれるいい季節になります。昨日は蕗の薹を天麩羅にしました。
そうそう、早くもアオダイショウを見ました。びっくりです。
モグラもぼこぼこ土を盛り上げ出しました。春が一気に動いています。
またいろいろ写真を送りますね。お父さん、お母さん、では。

コウバイ 
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ロウバイ(蝋梅) ~三月弥生夢見月~
- 2010/03/01(Mon) -
蝋梅

家には二本の蝋梅がある。
一本はほとんどが鵯の食事となった。
蕾のまま綻ぶこともなく口に運ばれていった。
栗の木の横にあるもう一本は無傷のままである。
今それは枝いっぱいに花を付けている。
多少離れたところにあるとはいえ、この対比はなんという面白さだろう。
鳥は何を基に選別するのか。
同じ木、同じ花なのに。
艶やかな黄色い花びらから芳しい香りが広がる。
空の青をバックにするとそのコントラストが一段と映えて美しい。

花咲き、草生う三月だ。
名実ともにすべてが春だ。
春はいい。春はいい。
うきうき、わくわくする。
跳ねる気持ち、漲る思い。
目にも心にも春はいい。
体もじっとしていない。
動きのねじがきりきりと巻かれる。
春という言葉はそれだけでエネルギーとなる。
春はいい。ほんとにいい。

  いきいきと三月生まる雲の奥 (飯田龍太)

臘梅

臘梅
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