霜柱  ~ゆく年の竹林横の小径(こみち)かな (文)~
- 2009/12/31(Thu) -
竹藪

散歩道

いつもより遅い散歩の時間となった。
周りの明るさの度合いや気温にもかかわりなく、いずれの季節においても家を出る時刻はほぼ決まっているのだが。
どうしても片付けておきたい仕事があった。
それを済ませてからである。
冬帽子、ダウンジャケット、厚手の手袋、ネックウオーマーと支度は万全である。
しかし歩き始めると直ぐに耳はヘルプの悲鳴を上げ、地面の冷えは足の感覚を奪っていく。
何度も耳に両手をあててこすり、襟元のジッパーを確かめる。

枯れ色の小径を通り抜け、竹林を前に一休みする。
その向こうにぼんやりとアルプスの山々が連なり、一際高く塩見が見える。
歩いていて今更ながらに気がついたのだが、今年は雪がない。
雪が少ないのではない。雪がないのである。
肉眼で見える高い峰々にもまだ黒い岩肌が多く見える。
ありがたい気もするが、これも温暖化のせいだろうかとふと考える。

ラジオからは「朝日のあたる家」( The House of the Rising Sun)がアニマルズとジョーン・バエズのバージョンで流れる。
懐かしい。なぎらけんいちがその二つの歌の歌詞の違いを解説する。
どちらも、哀切をもったマイナーの調べが心を捉える。

見下ろす数ヶ所から白い煙が上がっている。
どうやら剪定した梨の枝を燃やしているようだ。
年も押し迫ったこんな早朝でも農家の人は働いている。

家についても外気は氷点下であった。
薔薇の下ではガラスを引き伸ばしたような霜柱が一面にあった。
顔を近づけて見る。じっと見る。
自然の神秘と生命力、造型の力に嘆を得る。

私の一年も淡々と終わる。
喜怒哀楽をしまい込んで今年が過去になる。

霜柱顔ふるるまで見て佳(よ)しや (橋本多佳子)


しもばしら

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フクジュソウ(福寿草) ~ラジオを聞きながら~
- 2009/12/30(Wed) -
福寿草

昨日はラジオを耳にしながら、庭掃除に勤しんだ。
番組のゲストに西田敏行さんが出演し、俳優としての役作りや裏話などを軽妙に話されていた。
映画や舞台にかける深い思いは聞いていてもなるほどと、人の生き方にも通じるものがあると共感して聞いていた。
22年間続いた「釣りバカ日誌」が完結し、幕を降ろすことに触れて話された言葉は心に残った。

 新しい映画を撮るにあたってはいつも白紙で臨み、毎回新人のつもりで役を演じることを心がけている。
 長く役者をやっておればその経験値を積み重ねてやれないことはないが、初心者の気持ちで参加する。

 以前、西田は「楽しい役者」だ評論家に言われることがあるが、まことに光栄である。
 楽しいには単に面白いと言うだけでなくもっと幅の広い様々な意味があると考える。
 それは映画や舞台を見て外に出た時、味わい深く、感動し、心に残ったということをひっくるめて表す言葉だと思うからだ。
 これからもそしていつまでも楽しい役者であり続けたい。

耳に残っているのを思い起こしながら記したので細かくは正確ではないが、およそそのようなことを語っておられた。
あれほどの実績を残した役者でありながら、なんと謙虚であろうか。
それ故にシリアスな役からコミカルな役、そして時代劇の将軍役まで幅広く存在感を出して演じることができるのだろう。
「初心忘るべからず」とは「そのときどきの初心を忘るべからず」に本意があると読んだことがある。
40は40の、50は50の60は60のと、幾つになっても初心はあるのだ。
初心とは若い時のことだけをいうのではなく、なにかをするにあたっては常に心に留めておきたいことなのである。
すでに還暦を超えたという彼の言葉を聞きながら、私も惰性に流されないように生活を営み、想を駆使して事を運ぼうと戒めた。

三国さんや森繁さんの決して表には出ないようなアドリブの話など数々のエピソードも面白おかしく楽しかった。
間に流れた「もしもピアノが弾けたなら」がまた好きになった。

掃き進めて何気なく見た薩摩紅梅の下に僅かにのぞく顔がある。
紡錘形をして一つ、二つと枯葉に紛れるようにあるそれは福寿草だった。
目を凝らして数えると全部で12、まだその下にはあるのかもしれない。
どれもまるで今し方、葉をかき分けて出てきたように艶々としている。
その肌には土を纏っているのさえある。
冷え込みが厳しく、氷点下4℃まで下がった朝だったというのに。
年明けにもう一度会おうねと、落葉の布団を掛けてやった。

  福寿草母なる子なる蕾かな (山田弘子)

ふくじゅそう
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ゼラニウム ~現代版「走れメロス」~
- 2009/12/29(Tue) -
ゼラニウム薄紅色

先日26日に太宰治ゆかりの「雄山荘」が全焼したとのニュースが流れた。
かの代表作「斜陽」を執筆した場所として知られ、その舞台ともなった家は黒焦げた骨組みだけの姿をさらしていた。
今年は太宰の生誕100年にあたり、関係各所でさまざまなイベントが行われたと聞く。
それだけに、没後もこうしてその人生同様に波乱な出来事を刻む巡り合わせの不思議を感じる。

ところで太宰の作品として多くの人がまず頭に浮かべるのは「走れメロス」ではないだろうか。
私の場合、最初に読んだのは中学生の時で、国語の教科書で学んだことを覚えている。
「走れメロス」では、メロスは捕らえられた親友セリヌンテゥスの命を守るために、必死になって走り続けて戻ってくる。
王の前で抱き合う二人の姿は、この物語のクライマックスで感動的な場面である。
自分がメロスに感情移入をして、同じように走る気分で読んだのを記憶している。

話は現代に戻り、何年か前のことである。
日本で実際にこれに類するようなことがあったことを、宗像紀夫氏が新聞のコラムに書いていた。
当時氏は高松高検検事長の任にあった。
ある事件の捜査で3人の身柄を逮捕し、高松高検でその解明に全力を挙げていた時の話として紹介する。

その身柄の拘留期間中に担当の若い検事から「主犯格の被疑者の母親が亡くなり、被疑者が母の葬儀に出たいというので二日ほど釈放したい」と言ってきた。
捜査状況はまだ未解決な部分が多く残っており、この男を釈放し、そのまま逃亡されたら事件はつぶれてしまう。
しかし「母と最後の別れの供養がしたい。約束の時間までには必ず戻ります。」という彼の言葉を信じて、これで事件捜査が息詰まるなら仕方がないと腹をくくり釈放することにした。
男はすぐさま東北の実家へ戻っていった。
待つこと二日、刻々と期限の時間が近づいてきた。じりじりと待つところに「彼が戻ってきました」との叫び声が地検に響いた。
彼は列車を乗り継いで母の葬儀に立会い、一睡もしないで戻ってきたとのことである。
氏は、「釈放するかどうか迷った自分が恥ずかしくなった」と述懐している。
その後事件は全容が解明でき、解決に向かった。

「約束を信頼する男」と「裁かれるために戻ってきた男」。
母を思う彼の心に嘘はないと見た担当検事と約束の時刻まで戻ってきた男の姿はまさに「現代版走れメロス」といえる。

太宰を思い浮かべる中でふと思いだしたメロスとコラム。
信じ合おう、約束と責任を果たそう、相手を慮ろう…。
してあげた、やってあげたと見返りを求めない。
ただひたすらお互いを信頼する。

花移し軸を掛け替え年忘れ (文) 

薄紅ゼラニウム
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カゲツ(花月・クラッスラ) ~お茶時間には『白い塔』~
- 2009/12/28(Mon) -
クラッスラ04

山頭火の『白い塔』は研ぎ澄まされた言葉と呻きのような刺激のある言葉で埋め尽くされている。
そこには飄々とあるいは淡々とあるいは自戒的に詠う彼の自由律の句とはひと味違う感情が散りばめられて表出される。
飾ることも衒うこともなく、ひたすらに本音で語る。
私が『白い塔』を求めたのは昭和59年の暮れ、今から25年前のことだった。
彼の自選句集『草木塔』と併せて手に入れたものだ。
中にはいくつもの傍線と書き込みがあり、だいぶ傷みも見られる。
なにかにつけ、繰り返し繰り返し本棚から取り出しては読んできた本である。
そして年の暮れゆくひだまりでまた手にした。

  いつまでもシムプルでありたい、ナイーブでありたい。
  少なくとも、シムプルにナイーブに事物を味はひうるだけの心持を失ひたくない。

  酒を飲むときはたゞ酒のみを味はいたい、女を恋するときはたゞ女のみを愛したい。
  何事も忘れ、何物も捨てゝ酒といふもの、女というふものをも考へずして、たゞ味はいたい、たゞ愛したい。

  すべての人間はアイデアリストである。ドリーマーである。ロマンチケルである。

  苦痛に衝突(ぶつ)かつたならば、面を反けてはならない。直視しなくてはならない。

  何物をも容れ、何物にも滲み得るやうな、温かな、謙遜な心を持ちたい。

  仮面を脱げ、お前の素顔が最もふさはしい。そして最も美しい。

  泣きたい時に泣き、笑ひたい時に笑ふのが私の芸術である。

このようなアフォリズムが『白い塔』の中には続く。
彼32歳、大正3年(1914年)の「層雲」に収められている言葉である。
胸の底から吐き出されたような一行か二行の文の持つ意味は深くもあり重くもある。
多くは混沌の今という時代にあっても、忘れてはならないもの(それは人の心か生き方か)を呼び起こさせる。
人のありように迫る言葉の数々は大正という古さをけっして感じさせない。
彼の言うように「いつまでもシムプルでありたい、ナイーブでありたい」と思う私である。

いい天気だった。大掃除が捗った。少し手が荒れた。汗をかいた。
お茶を飲む部屋には西日を背に花月がある。

捨てきれない荷物のおもさまへうしろ (種田山頭火)

クラッスラ10

クラッスラ5


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レウィシア(岩花火) ~イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ~
- 2009/12/27(Sun) -
レウィシア

土曜の朝はいつものようにラジオで「ティー・フォア・クラシック(クラシックでお茶を)」を聴く。
昨日は千住真理子さん自身の演奏によるイザイの「無伴奏ヴァイオリンソナタ」が流れた。
初めて聴く曲だが、透き通るように繊細でいて、歯切れの良さと優美さが美しく融合している。
他の誰のとも違う、得も言われぬ上品で魅力溢れたバイオリン曲である。
朝から澄んだ空気が体の隅々にまで入り込んだようなそんな気分に浸された。

ところで私の古いノートに、ハンディキャップを持った芸術家について触れて述べた千住さんのコラムが残されている。
そのコラムが新聞だったのか雑誌だったのか出典は定かでないが、私が記した日は平成14年2月25日とはっきりしている。
千住さんの言葉を紹介しよう。

例えば、音楽家が聴覚を完全に失った時、どんな才能溢れた音楽家であったとしても、その事実に絶望するであろう。
しかしそんな苦難と闘ったのがかのベートーベンである。
ベート-ベンはすでに20代後半にしてその耳を失い、次第に目も見えなくなるという壮絶な人生を歩んだ。
神は、音楽を聴く耳を失わせ、楽譜を書くための目を取り去るというきわめて困難な断崖絶壁を歩かせた。
しかしベートーベンは、「運命に従順であれ」「苦難を超えて歓喜へ」という有名な二つの言葉を残して、その厳しい道を淡々と歩いた。
先日テレビを見てたら、「盲目の画家」が画面に映し出されていた。
彼は、20代までその才能を思う存分使いながらイラストレーターとして活躍していたが、30代後半で視力を一切失い完全な盲目となってしまう。
「そこにあるのは絶望。絵を描くことは生きることでもある自分にとって、これは死んだも同然」と彼は思ったという。
しかし結婚を機に、目の見えない自分が手探りで描いた絵を喜んでくれた人を知る。
そして再び描き始めた彼の作品は、心の目で描かれた素晴らしい作品であった。
心の目で絵を描き、心の耳で音楽を聴いた芸術家たち……。
世の中には、ハンディキャップを乗り越えて豊かな人生を送っている人がたくさんいる。
なによりも人間にとって大切なのは、マイナスをプラスにする気概であり、実行力であろう。

私はその文章の頭にシェイクスピアの言葉「『これが最悪』といえる間は、まだ実際のどん底なのではない。」を書いている。
「運命に従順にして逆らわず、自らの気概と実行力をもってすれば、すべての苦難を超えて歓喜へと変えられる」
そんな達観した境地で日々を歩めたら…。

純白のこの花はレウィシア、他に紅色と朱色も並ぶ。
清楚な花のイメージとは違ってロゼット状の葉は意外と厚い。
もともとは山の岩場に咲く花であるという。

冬の日のものぬくめゐる静けさよ (小島政二郎)  

レウィシア白
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クンシラン(君子蘭) ~部屋いっぱいの静けさ~
- 2009/12/26(Sat) -
くんしらん

その夜の愉しきことの話題とプレゼントがどうのこうのと朝の会話。
暮れ行事のいつもの賑わいが終わり、またひとつ今年の暦を過去にする。
昼になる頃には周りの空気は日常のせわしさに戻り、人は父の顔、母の顔から仕事の顔になっている。
12月25日はこうして流れ、私は少し早い仕事納め。

この身を患うことなく、重きを背負うことなく、そして大過することもなく、一年がこうして終わろうとしている。
人に蟻に蜘蛛に蜂に鳥に土竜にめだかに…すべてのものに感謝。
石にも土にも木にも草にも花にも感謝。
風に雲に水に月に太陽に感謝。
神あれば神に感謝し仏あれば仏に感謝しよう。

「ありがとう」という言葉は易しくて、「ありがとう」という言葉は深い。
「ありがとう」のその一言を素直に使えるようにありたい。

君子蘭もありがとう。
いつもは3月ですよ。
いいんですか、こんなに早く咲いてくれて。

暮れゆく年の夜は静かに更ける。

   ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜 (種田山頭火)
 
クンシラン
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ハイビスカス(仏桑華) ~心の隅のクリスマス~
- 2009/12/25(Fri) -
ハイビスカス・クリスマスイブ

その日その時ばかりは、敬虔にて心澄む夜の静寂(しじま)となり
邪(よこしま)も偽りも欺きもすべては私の中の神は知る
この年までの時に刻まれし垢は消せぬ落とせぬほどに染み込みて
映画のフィルムの如くに編集のできるものなれば
あまりにも切り捨てたきことの多かりき


昨夜家に帰って来ると赤いハイビスカスが咲いていた。
光を落として眺めてみたら、より一層の深い姿となる。
謙虚にて純心なれやとの戒語たる神からの宅急便のよう。

もうケーキなど用意することもなくなってからしばらく経つ我が家のクリスマスイブ。
静かである。

吾が罪をよく知ってをりクリスマス  (上野章子)  

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イベリス( 宿根イベリスIberis semperbirens) ~大きな心~
- 2009/12/24(Thu) -
いべりす

だんだんに暮れ支度をする。
あれもこれもと、やればやるほどやらなければならないことが見えてくる。
移したり、捨てたり、まとめたり、拭いたりと気楽気ままに楽しみつつやる。
一段落して、いつものお茶の時間。
今日手にしたのは武者小路実篤。
好きな箇所をぺらぺら捲りながら、目に留まったのは「大きな心」という詩。

賛美すべき哉、大きな心
天日の如く、大海の如き心
聖者の心、あらゆるものを生かして見る心
自分はせこせこした人間は嫌ひだ
いぢけた人間は嫌ひだ。
大空のやうな、大海のやうな
人間が好きだ。

他人を殺す見方
他人の欠点許り見る見方
他人を憎悪して見る見方
私は嫌ひだ。

他人を生かす見方
他人を全部で見る見方
他人を愛して見る見方
私はそれを賛美する。

実篤のいう大きな心の自分であるか。

天気がいいので外へ出てみる。
イベリスが咲いている。
いつもは年明けてから咲くような気がしたのだが。
小さな四弁の花が集まって一つの白い花のように見える。
真ん中にはさらにたくさんの蕾。
「ありがとう」、そんな声を掛けたくなる冬のひだまり。

腹の底に何やらたのし年の暮 (村上鬼城)
 
イベリス
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シクラメン(ポエット) ~夢は夜ひらく~
- 2009/12/23(Wed) -
シクラメン・ポエット1

シクラメンを眺めていたら、ふと「夢は夜ひらく」のメロディーが浮かんできた。
なぜかは知らないが、あのハスキーな藤圭子の方である。
暗くやるせない歌である。
独特な髪型で人形のように無表情で歌っていた彼女の顔が浮かんでくる。
同じ歌でも園まりの方は甘く切なく、三上の方は厭世的で放送禁止となった。
ゆったりとしたメロディーと易しいコード進行と狭い音域は子どもから年寄りまで口ずさめる歌だ。
昭和は遠くになりにけりと思うこの頃。

「真綿色したシクラメンほど…」の歌がはやった頃のシクラメンは色数も形も大きさもバリエーションは少なかった。
今は、これもシクラメンかと思うような花が次々に現れてくる。
家にもそんなシクラメンが増えてきた。
このフリンジを持つシクラメンには「ポエット(詩人)」という名が付く。
私はこの花にフラメンコの情熱的なダンサーのスカートを連想するのだが。

シクラメンはシクラメンのみかなしけれ (中村汀女)

シクラメンポエット


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ユーホルビア・セリーナ ~もうとまだ~
- 2009/12/22(Tue) -
ユーホルビアセリーナ10

今年はもう10日しかないのか。
今年はまだ10日もあるんだ。

「もう」という中には、去りゆく悲しみや嘆きがある。
「まだ」という中には、残された日々への嬉しさや歓びがある。

「もう」とは、無いものへのさびしがある。
「まだ」とは、有るものへの感謝がある。

器の中で、その量の「空」へ目をやるか、「実」へ目をやるかなのだろう。

同じ「もの」を見ても、その視点の位置や面を何処に置くかによって感じ方や考え方も違う。
同じ「時間」も心の持ち方で、長い時間になったり短い時間になったりする。

できるだけ、プラスな側面で「もの」をとらえ「こと」にあたろう。
そうすれば、少しは豊かに生きることができよう。

陽の心もてば明るく温かに日射しあり。
陰の心持てば暗き姿の影が動く。

今日は冬至、残る今年の日を大事に濃く過ごしたいと思う心持ち。

冬至とは影を忘れし形なり (村木佐紀夫)

ユーホルビアセリーナ23
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キク(菊) ~寒い一日~
- 2009/12/21(Mon) -
雪菊

昨日のことです。

寒い一日です。
いつもの時間、散歩に行けません。
道がツルツルに凍っていて滑るのです。
あきらめました。

気温が上がりません。
雪がちらちらと舞っています。

こんな日は静かに部屋で過ごしましょう。

3時のティータイムになりました。
ブルーノートを聴きます。
最初はバド・パウエルが軽快に「クレオパトラの夢」を弾きます。
次はマイルス・デイヴィスのペットで「ディア・オールド・ストックホルム」。
続いてグラント・グリーンが「ジェリコの戦い」をギターで奏でます。
「ラブ・ウォークト・イン」はソニー・クラークのピアノ。
………。

いつの間にかうとうとしていました。
花梨を入れて、昼風呂に入ることにします。

雪をかぶった母の名の花がありました。

    盛んなる菊の面影残りけり (高浜虚子)

冬の菊
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ホオズキ(鬼灯) ~雪でした~
- 2009/12/20(Sun) -
雪鬼灯

雪でした。

景色が変わります。
草が花が木が白くデコレーションされます。
紫陽花も鬼灯も薔薇もみんなみんな雪です。
それで私はしあわせです。
ずっとずっと見ていたくなります。

雪は詩人です。
雪は画家です。
雪は哲学者です。
雪は科学者です。
そして雪は子どもです。

時間です。
会議の時間です。
行きます。

六月、紫の紫陽花。
九月、朱色の鬼灯。
十月、真紅の薔薇。
みんな雪の中です。

雪ちるやおどけも言へぬ信濃空 (小林一茶)

雪紫陽花

雪薔薇
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カランコエ(Kalanchoe) ~自己を見つめるノート~
- 2009/12/19(Sat) -
カランコエ

  過ぎ去れを追うことなかれ。
  未だ来たざるを思うことなかれ。
  過去そは過ぎし、未来そはまだ来たらず。
  今日、まさになすべきことをなされ。
  誰か、明日死のあることを知れ。

これまでに何度か青山俊董師(愛知専門尼僧堂堂長 無量寺住職)の講話をお聞きした。
その中で心に残ったいくつかの言葉が私のノートに記されている。
物の見方、発想の仕方、意識の持ち方など、気づかされること教えられることが多くある。
狭い視野や角度で、あるいは部分的や一面的でしか人や物事を見ていない姿を反省させられる。
上述したのはその一部である。

「今日、まさになすべきことをなされ。」と師は言う。
過去の出来事を思い煩うな。
まだ来ぬことに不安を抱くな。
只今のことを只今に為せと。

まずは小さなことを積み重ね、当たり前のことを当たり前に為そう。

年暮れる冬の夜は、そんなノートを開いてみる。
部屋では小さな4弁の黄色い花、カランコエが咲く。
花の命と古いノートと菊模様の白い磁器と。

       うつくしや年暮きりし夜の空 (小林一茶)  
 
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ホシザキゼラニウム(星咲きゼラニウム・スターテル) ~初雪26萬色~
- 2009/12/18(Fri) -
ホシザキゼラニウム

「冬はつとめて(早朝)。雪のふりたるはいふべきにあらず。」(『枕草子』より)

初雪だった。
まだ、心配するほどの積雪ではない。
これからは一層のこと、朝夕のハンドルをしっかり握らなければならない。

ところで私は「雪」を見ると、いつも心がワクワクとしてくる。
生活の不便さは差し置いて、その「白いふしぎなもの」が単純にうれしいのである。
「雪」を見て犬のように喜ぶ自分がおかしくもあるが、理屈抜きに昔からそうである。

18歳、木曽福島駅で見た雪。
19歳、松本の下宿で見た雪。
私だけのアーカイブ……
その時、自分が何を着て何をしていたのかさえ、よみがえる。
他人には分からない「雪」と「私」の映像記録のプレイバック。

昨夜は会議で遅くなった。
食事を済ませ、茶を飲みながら部屋の花々をボーッと眺める。
葉の間にオレンジ色の君子蘭が開き始めている。
星咲きゼラニウムは少し賑やかになってきた。
可愛いカランコエもある。
珊瑚油桐も…。

初雪の二十六萬色を知る (田中裕明)

星咲きゼラニウム
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ゼラニウム(トムガール) ~心のうちをおだやかに~
- 2009/12/17(Thu) -
ゼラニウムトムガール

明けは遅く、暮れは早くなって、風の寒さが厳しさを増していく。
つとめてに渡る橋は凍結し、水のあるところは氷を張る。
年も深くなると、冬はその形を大きくしてそこら中を勢いよく駆け巡る。
冷える、冷える。足にこたえる。朝の挨拶は「寒いですね」。
ノックもせずにいつのまにか、きっぱりと冬が座っている。
人々の動きもあわただしく、あるいは踊るようにとせわしさが目に付く。
この時期を紫式部は「年くれて我が世ふけゆく風の音に心のうちのすさまじきかな」と書く。
私は「心のうちをおだやかに」と書こう。

部屋の中で咲く花々を楽しむ。
ビロード(天鵞絨)のようにやわらかな濃赤色のゼラニウムが咲く。
見る、眺める、味わう、そんなささやかなひとときも私の時間としよう。

   ともかくもあなた任せのとしの暮れ (小林一茶)
 
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カゲツ(花月・クラッスラ) ~耳も目も年の暮れ~
- 2009/12/16(Wed) -
クラッスラ

今年の夏、カゲツは咲いた。
そして今、また部屋で咲いている。
二度咲きである。
本来冬の花なのだから、夏に咲いたのが不思議なのだ。
五弁の花びらの中に紡錘形の膨らみと小さな蕊が見える。
花びらの先端は絞ったようにピンクに色を染める。
厚みを持った艶やかな葉の上にその小さな花がぎっしりである。
賑やかな花姿はこのせわしい暮れの雰囲気にあっているのかもしれない。

立ち止まって考えれば、今年もわずか二週間を残すばかり。
時は何があっても人の都合に合わせて待つことはしない。
ことにここへきて、一日一日の過ぎ去るのが早く感じられる。
そんな年の瀬だからこそ、気を落ち着け一年の納めをきちんとしよう。

新しい暦を据え付けた。
そこにはすでに来年の予定が書き込まれている。
たとえば1月10日に同級会と。

耳も目もたしかに暮るる年の暮 (阿部みどり女)

クラッスラ7

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ジョウビタキ(尉鶲) ~来てくれてありがとう~
- 2009/12/15(Tue) -
尉鶲の雌

ツッツッ カタカタカタ ツッツッ…窓の外で聞き慣れた声がする。
目を向けると、柿の木に一羽の小鳥。
「ああ、来てくれたのか」。
それは雌の尉鶲。
近くに雄の姿は見えない。
どうやら今日は一羽のようだ。
雄の鮮やかなオレンジに黒という出で立ちとは違い、雌は周りに溶け込むような地味な色をしている。

枝を一つ二つ移っては、地に下りてきて、ちょこちょこと歩く。
目に愛嬌があり、人なつっこい。
私のお気に入りの鳥である。

しばらく留守をしていて、家に戻って休むひとときの光景。
私に「お疲れ様」と労ってくれているようにも思え、嬉しくなる。

十二月も残り半分。
色々が片付くだろうか。
少し気が焦る。

          数え日に迎えし鶲の目の優し (文)

雌尉鶲

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朝顔 ~海が見える丘~
- 2009/12/14(Mon) -
朝顔12月の朝

藍の模様を施した器の中の母が父のそばに並んで収められた。

そこは目の前が開け、海が見える小高い丘にある。
芒が揺れ、周りは木々に囲まれる。
青い花がその横に蔓を伸ばし咲いている。
よく見るとそれは朝顔、海から運ばれる風が咲かせてくれたのだろう。
花好きだった母もきっと嬉しいに違いない。

家の庭には母と兄が世話した花が色とりどりに咲いていた。
正月用にと買ってあったらしい大きな胡蝶蘭が、数本の花茎を湾曲させて白い蝶の舞いを見せている。
母はもうその美しい花を自分の目で見ることもなく、そして新しい年を迎えることもない。

母の庭にシロガシラ、雀、鵯が次々にやって来る。
いつもの時間、餌をねだりに来たらしい。
やや褐色の鳥も警戒しながらやってきた。ああ鶯だ。さすがにそれは早い。
部屋からそんな小鳥たちが餌を啄む様子を見るのが好きだったという。

年をとってからのスケッチも幾枚か残されている。
なかなか緻密な描写である。着彩も繊細である。

「そちらはもう寒くなったことでせう」。
時折小包に添えて書かれる末尾の昔言葉も懐かしい。

最後まで自分のことは自分でし、子どものことに世話を焼く母だった。

着物姿の写真を一枚いただいて、また信州に戻った。

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雲の上の携帯電話
- 2009/12/13(Sun) -
母にとっては、私はいつも子どもであった。
自分の耳が遠くなろうが、足腰が弱くなろうが、針の穴が通せなくなろうがそれとこれとは別である。
「すごい雨であちこちが大変のようだけど、大丈夫?」
「もう寒いの?暖かくしてね」
「何か食べたいものはない?送ってほしいのはない?」
「忙しいの?体に気をつけてね」
この年になっては、本来送る言葉が逆なのだが、それが母の母たるゆえんである。

たまに帰省した折には、これでもかというほどの料理が出る。
常は少食の私だけに、半分も食べきれない。
そんな私が不満らしい。
「食べなさいよ。たくさん食べなきゃだめだよ。」
まるで幼い子に声をかけるように。

孫の個展費用にとそっと包みにくるんで送ることも…。

0○05○○3○○○6、私からの声を待っていた携帯電話である。
もうかけても出ない。
しかし、ずっと私の電話帳に残しておこう。
つながらないことはわかっているが、たまには押してみよう。
「もっと、大きい声で話してよ。聞こえないよ。」
雲の上からそんな声が聞こえてきそうである。

お母さん、そこでの生活はどうですか。
寒くはないですか。
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紫雲に乗って
- 2009/12/12(Sat) -
遺影はやはり着物姿だった。
輝いた目と微笑をたたえたやさしく美しい顔だった。
それはいつか必ず来るであろうその日に備えて、自分で用意してあったものだという。
身につけた着物も、その日のために選んで着たものらしい。
すべてを段取りよくこなしていた母らしいエピソードだ。

化粧をした冷たい顔はただ普通に眠っているようだった。
穏やかに、子や孫のことを思い、あるいは父に尽くしてきたいつもの古風な母がそこにいた。

その前日も、遠くにいる末息子(私)へ手作りして送る料理のことを考えながら、台所に立っていたという。
そして、翌朝のお茶の時間に倒れていた。
そしてそのまま意識が戻らなかった。
空路飛んでいった…。

料理、花栽培、スケッチに加え、芸能やスポーツが好きで、最近はゴルフのテレビ観戦にはまっていたという。
石川遼や宮里藍のファンで、二人が優勝したときは手をたたいて喜んでいたのだとか。

そんな母は白い小さな形になって壷に収まった。
紫の雲に乗って、一足先に空の国に行って待つ父との生活をまた仲良く始めるのだろう。
そしてきっと休むまもなく、父の世話を焼くのだろう。
いつも自分より人のこと、父や子供のことを考えていた母だから。

私への「お袋の味」も、もう二度と届くことはない。
私が送る林檎や梨の「美味しかったよ」も声もない。

分かってはいる。
これは現実なのだ。
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山茶花 ~よなべの衣縫い~
- 2009/12/11(Fri) -
さざんか1

  燈火(ともしび)ちかく 衣縫(きぬぬ)う母は
  春の遊びの 楽しさ語る
  居並ぶ子どもは 指を折りつつ
  日数(ひかず)かぞえて 喜び勇む……        『冬の夜』(文部省唱歌)


記憶に残る多くの場面の母は着物姿だった。
母は和裁ができる人だった。
若い人や親戚の着物を頼まれて縫っていることが多かった。
着付けしてもらうためにも、よく来客があった。
一緒に過ごした日々の想い出は着物姿とともに甦ってくる。

その報せは昨晩遅くにあった。
先日、林檎を送った時は「美味しかったよ」と元気な声があったばかりだった。

小さくなった母は父の元へ行った。

さざんか2
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ゼラニウム ~G線上のアリア~
- 2009/12/10(Thu) -
ゼラニウム

仕事を終えて家路に就く時、私はFMを聴きながらハンドルを握る。
曜日によって、その時々で流れてくる音楽のジャンルの構成が違う。
文部省唱歌のような懐かしい曲があれば、メジャーデビューしたばかりのバンドの生出演がある。
あるいはクラシックの名曲が特集で綴られ、時には北欧のロックグループが流れる。
それぞれのパーソナリティーの感性によって選曲されるのだが、車内はミニコンサート気分になったりする。
仕事で疲れた頭は、リフレッシュされ、癒され、解き放たれる。

昨夕、最初に流れたのはJ.S.バッハの管弦楽組曲第3番第2曲(G線上のアリア)。
演奏はマントヴァーニーオーケストラによる。
重々しく緩やかに響き渡る荘厳なメロディーが色々を思い起こさせながら、心に染みいってくる。
次に流れるのはモーツアルトの〈きらきら星変奏曲〉
原題は〈フランスの歌曲『ああ、お母さん、あなたに申しましょう』による12の変奏曲〉。
よく知られた子どものメロディーが様々な形態のバリエーションでピアノ演奏されていく。
軽やかに、リズミカルに、あるいはゆったりと、なめらかに、そして複雑に、激しく。
こうして何曲か聞いているうちに、車は庭に滑り込む。

家の中ではゼラニウムが咲いて迎える。
その花言葉は「愛情」。
母の愛、父の愛、兄弟の愛、家族愛、愛、愛…。

凍(い)てゆるみ緊(しま)り信濃は黄夕暮れ (福田蓼汀)
 
モミジバゼラニウム0

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蝦蛄葉仙人掌 ~かなしみは~
- 2009/12/09(Wed) -
蝦蛄葉仙人掌


夜長、坂村眞民さんの詩集を紐解く。

   かなしみは 
   わたしを強くする根
   かなしみは
   わたしを支えている幹
   かなしみは
   わたしを美しくする花
   かなしみは
   いつも枯らしてはならない
   かなしみは
   いつも湛えていなくてはならない
   かなしみは
   いつも噛みしめていなくてはならない
                              『六魚庵哀歌2より』

春夏秋冬、時は巡り
生々流転、命は生まれ命は逝く
生きとし生けるものすべて美し
果つるものまたすべて尊し
命は繋ぎ命は繋がれる
 

おわりのもみじ
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アブチロン ~閉塞(そらさむく)冬と成る~
- 2009/12/08(Tue) -
アブチロンオレンジ1

外で冬越しのできる幾つかを残し、すべての鉢花は部屋の中に入れた。
あるいは、地植えしてあった花は鉢に植え替えて中に取り込んだ。
多くは、温かい南の地を生まれ故郷とする花たちだ。
家の中に入ったそれらハイビスカスやアブチロンがまだまだ咲く。

木の葉も散り終えて、箒を手にする必要もなくなった。
窓の外にはすっかり裸の桜、枝と枝を透いて青空がある。
まさに、閉塞(そらさむく)冬と成る。

昨日の朝は今年初めての氷点下となった。
今日も同様に冱(い)つる朝である。

 透き間枝(え)に青空見れば尚寒し(文)  

アブチロンオレンジ3

冬の桜の木
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ユリオプスデージー ~ぽかぽか色~
- 2009/12/07(Mon) -
ユリオプスデージー

黄色い花には温かなイメージがある。
たとえば向日葵の夏であったり、蒲公英の春であったりする。
今、冬の私の庭にも黄色い花がある。
ユリオプスデージー、キク科の花。
鋸のような切れ込みがある葉は毛があって白みを帯びる。
昨年、鉢花を地に降ろしたものだが、丈を50㎝ほどに伸ばし大きな株となっている。
寒冷地での冬越しはどうなるかと心配したが、無事にこの開花を迎えて嬉しい。
まだ咲き出したばかりだが、たくさんの蕾が見えるので、咲き揃うのだ楽しみだ。
淋しくなった庭にぽかぽかの黄色い彩り。

今日は大雪(たいせつ)、そろそろ空からの手紙も届くのだろうか。
窓から見える塩見は茜色に染まる。

大雪にすこし待てよと花日和 (文)
 
塩見
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サザンカ(山茶花) ~朝・昼・夜、花の顔、人の心~
- 2009/12/06(Sun) -
朝山茶花

朝の顔は無防備。
昼の顔は鎧を纏い。
夜の顔は感情の赴くまま。

ミケランジェロの彫刻に「朝」「昼」「夕」「夜」があって。
黒田 清輝 の絵にも「情」「感」「智」があって。

一日の中で移る人の顔と心。
一人の時の顔と人前での顔と。
一人の時の心と人前での姿と。
見せる顔と見せない顔。
内に秘めたるものと外に表す思い。
それぞれにそれぞれで。

朝の山茶花。
昼の山茶花。
夜の山茶花。
花は打算をしない。
花はいつもその時々にありのまま。

            花まれに白山茶花の月夜かな (原 石鼎)

昼山茶花

夜山茶花
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サンゴアブラギリ(珊瑚油桐) ~ごく小さな、つまらない身近な努力~
- 2009/12/05(Sat) -
さんごあぶらきり

毎週土曜日の朝聞くラジオに、千住真理子さんの「ティー・フォア・クラシック」がある。
様々なクラシックジャンルの曲に乗せて、私達素人にもわかりやすく解説してくれる。
曲のできた背景や作曲家を取り巻く当時の人間関係などのエピソードもまじえて、興味深い話が紹介され楽しい。
ほんの短い時間、ロシア5人組の仲間に入ったり、モーツアルトやバッハの時代にタイムスリップしたかのようにもなる。
時にはご自身の演奏もあったりで、私のリラックスタイムになっている。
そんな千住さんが以前、「縄跳びとバイオリン」というタイトルで書かれた一文を「天声人語」がとり上げていた。

「何かができるようになるきっかけは、私たちのまわりにたくさんころがっているのよ。何でもいいの。何か自分でやってみたいなというものがあったら、それができるまで、何十回でも何百回でも練習してみるの。できそうももないと思っていることができるようになる。それはとてもうれしいことなのよ」。
それは幼稚舎時代、縄跳びの練習をさせた担任の先生の教えから導かれた言葉だったという。
二重まわしや三重まわしに挑んでいると、縄の中央がすりへって、切れる。
先生は言った。「一生懸命やる人の縄は切れる。そのかわりに必ず跳べるようになる」。
バイオリンの練習も同じだ。正しい方法で楽器を持ち、音を出す練習をくり返す。
縄跳びの縄がすり減るように、弦をおさえる左手の指が弦の形にへっこんでくる。
どうすれば、バイオリンのあの難しいところが上手になるのかと苦しむたびに、千住さんは縄跳びの練習を思った。
何十回も何百回も、同じ場所を練習するうちに、いつか指が楽に動いてきれいに曲がひけるようになる。
千住さんは「大きな夢は、ごく小さい、つまらない身近な努力から実現する」という大切なことを、一本の縄から学んだ。
縄が切れるたびに上手になる、という恩師の教えが自分の一生を左右するものになった、と書いている。
                                                               「天声人語」より
ごく小さな、つまらない身近な努力…。

自分がやろうと決めたことは小さなことでも積み重ねてみよう。
努力はけっして嘘をつかないのだから…。
手の痛みや包み込む疲労感は体に力となってしみ込み…。
流した汗と涙は心の妙薬となって…。
同じ事を何度も繰り返せばそれはいつしか神経の一部となり…。
使い続ける道具はくぼみとなって手に馴染み、艶を出しては滑りよく…。
続けることで分かる世界、見える世界、できる世界がきっとある。
それは必ず自己を高めてくれる。


さんご油桐
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シャコバサボテン(蝦蛄葉仙人掌) ~今年も咲く~
- 2009/12/04(Fri) -
シャコバサボテン

私のシャコバサボテンは今年も咲いた。
しかし、年々その花数は少なくなってきている。
小さな蕾をも含め、花は数えて19。
蕾のまま土の上に落ちているのもある。
株元の葉茎は木化し、皺を刻む古老のようでもある。

この花が家にやってきてからかなりの年月が過ぎる。
気の毒にもずっと同じ鉢のままだ。
植え替えするのがよいと知ってはいるのだが、なかなか手を掛けてやれない。
そんな無精な私を主にしても、きれいな薄紅の花を咲かせてくれる。
毎年見て思うことだが、それはまるで白鳥が飛んでいるかのように見える。
長い首に赤い嘴を持ち、羽を大きく広げ飛翔する白鳥に。

花びらは透き通るように美しい。

 部屋を飛ぶしゃこばさぼてん嫋やかに (文)

蝦蛄葉仙人掌

木化シャコバサボテン
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モミジ(夜紅葉)
- 2009/12/03(Thu) -
夜もみじ

昨夜、遅くなった仕事を終えて、車に乗り込もうとすると空には満月があった。
足下の影はくっきりと私の形を地面に映し出す。
腕時計の文字盤や茶色の靴の紐までが、まるで昼間と同じように見えるほどである。
山並みのシルエットの上にある煌々とした月を友にして、時折その姿に目をやりながら家路を急ぐ。

寛ぎのひととき、開いたカーテンの向こうには蛍光灯の光を受けたカエデが目に入る。
椅子に腰掛けて居ながらに、窓の外の夜紅葉を楽しむ。
華やかにライトアップされた名所のモミジとは違うが、月明かりと家の光だけの夜紅葉も乙なものである。

師走に入り、仕事も急ぎ足だ。
そんな時こそ、慌てず雑にならずに丁寧に時と付き合おう。
心を失わずに年の締めくくりをと思う。

しずかなり月の下の紅葉かな (文)

夜モミジ
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石井鶴三 ~藤村像と鶴三の言葉~
- 2009/12/02(Wed) -
藤村像第一作1950
 
藤村像第二作1951
 

石井鶴三は昭和17年から26年の足かけ10年掛けて、塑造と木彫でそれぞれ2体ずつ、計四体の島崎藤村像を制作している。
まず昭和17年の初秋、着物を着て座す藤村をモデルに、12日間の制作で粘土による第一作が完成した。
直接目の前に藤村を見ての制作だけに、文人としての彼の言葉や息づかいまでが伝わるような、静謐で気品あふれる作品である。
翌年、その石膏原型ができた夏に藤村は亡くなった。
それと同じポーズで木彫の第一作を作ったのは、戦後の復興著しくなった昭和25年のことである。
大きな木曽檜を材として鋸で木取りされた面に鑿は打たれる。
一打一打の鑿は鶴三の意志を伝えて刀痕に現れていく。
塑造とはまた違った緊張感と生命力が寸時の決定の中で生み出されていく。
こうして木曽の奈良井の寺で、藤村木彫像はできあがった。
 
しかし、この正面を向いた木彫(もともと、作り始めたポーズは藤村自身が長いモデルとしての疲労に耐えないとして、途中からこの楽な姿に代えたものであるが)に、鶴三は自分の文豪藤村のイメージからして諒とすることができなかった。
藤村の人格を包含し、藤村の藤村らしくあるべき姿は違うのではないかと煩悶すしたのである。
そして、あらためて心にある藤村であるべき姿を塑造で作り、それをもとにあの木曽檜を用いて今一度、揺るぎのない内面性の迸る人間藤村像を鑿で彫り上げたのは昭和26年の夏のことである。
それは、まぎれもなく藤村自らが最初に取ったそのポーズそのもの、座布団の上で正座し、顔をやや左に向け、左前方に視線を送る文人の思慮の深さと思想の気高さが表れた姿であった。

先般藤村像を前にした時、ぎりぎりまでそぎ落としたその寸分の無駄のない表現を私はそこに見た。
余計な言葉や飾り立てるものはなく、必要不可欠な最少にして最大の塊と面のみで強い存在感を出している。
たとえば初めてこの像に触れる人がいるとしたら、島崎藤村の人となりをその場で感じることができるだろう。
皮相な形象に囚われがちな、自己の表現のなんとも薄っぺら事かを思い知らされる。
そしてなにより、形に表れるのはその作家本人の精神の深さ、志の高さであることが問われることを。

鶴三は、子どもの絵についての研究会の講師として、この伊那谷にも何度か足を運んでいる。
その時に遺した言葉は単に芸術家のみならず、人間としての生き方の有りようを示しているようにも思える。
「感動が強ければ、おのずから素描に生命がこもってきます。」
「美を本当に美としてとらえられる感性、豊かな感性を持った人でありたいと思うのです。」
「心が明るく正直でなければ、美を美としてとらえることはできません。だから心の修行が大事です。人間が問題です。」

生涯彼は自らを学び人であるとして、制作態度を厳しく律した。
菱田春草が『制作はしたが、決して製造はしなかった』と評されたように、彼も全く同じであった。
「芸術は感動から生まれます。感動を豊かにする人間修行です。」
「芸術はまず生活を正しく美しいものにする事です。美術は生活が基礎です。」
彼の言葉を咀嚼しながら、私自身も感動の心をもって生活したいと思う。

いつかまた鶴三の作品を観に行こう。



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