シラン(紫蘭) ~乙女の唇~
- 2009/05/31(Sun) -
紫蘭

紫蘭が欅の下で咲く。
両手を広げたようにやわらかに開く側花弁。
先端を濃く染めた唇弁の中を縦ひだが走る。
上品な紫紅色の花色と優しい造形。
はにかむように口紅紫蘭も側にある。
その唇弁は先にうっすらと色を落とす。
それは唇に初めて紅を引いた少女のようにも。

   木漏れ日に唇色の紫蘭あり (文)

クチベニシラン
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カルミア (Kalmia・アメリカシャクナゲ) ~郭公の三声~
- 2009/05/30(Sat) -
カルミヤオスボレッド

カルミヤは変わった形の花である。
蕾は稜のある丸みを帯びた尖塔形をしている。
まるで子どもの頃によく食べた金平糖のようで愛らしい。
それが開くと縁を装飾したような深皿の形に変わる。
手に取るとその形の印象とは異なりとてもやわらかい。
触ってみてツツジの仲間だということが頷ける。
この鮮やか色の品種は「オスボレッド」。
他に薄いピンク色の「桃花」も咲いている。

昨日の夕刻、初めて「郭公」の鳴くのを聞いた。
「カッコー、カッコー、カッコー」と林の中から耳に届く。
暗くなりかけたしじまに渡る郭公の声に幸せを感じた。

近き木に来て郭公の三声ほど  (高浜虚子)  

カルミヤ桃花
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キショウブ (黄菖蒲) ~和の情感をくすぐる~
- 2009/05/29(Fri) -
黄菖蒲

家の北側では列を長くして黄菖蒲が咲いている。
長さは20Mほどにもなろうか、毎年増えていく。
その繁殖力は半端でなく、また性質はきわめて丈夫だ。
列の横幅もだいぶ広がってきて、他を浸食しつつある。
あまり増えないようにと、時々株を抜き取ったり、知人に分けたりする。
色はシンプルに黄色一色の柔らかにして優しい花だ。
見るからに和の風情を醸し出し、日本人の感性を惹きつけるような情趣がある。
しかし、昔から日本のこの季節を彩ってきた花かと思えば、そうではなく明治期に渡来した花である。
同じ外来種でもジャーマンアイリスとは違った味わいがあり、日本の風土にしっかりなじんでいる。
尾形光琳の時代にはなかった花だが、彼ならきっと絵のモチーフにしたであろう。
切り花として竹の花器などに挿すなどはいうまでもない。

黄菖蒲の垂れる花びらを風のゆく (文) 

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リンゴ(王林の花) ~いつも気まぐれ~
- 2009/05/28(Thu) -
林檎王林

王林の花が咲いた。
林檎の花の咲く季節は5月の初め。
その時期、この木には葉も花一つもなく、枯れたのだと思っていた。
去年、一昨年だってちゃんと連休中に咲いていたのだ。
なのにである。遅れることおよそ一月弱の今、ようやくの花だ。
この王林にはいつも驚かされることが多い。
昨年の記録を辿れば5月4日に花を見て、8月7日に大きな実を見ている。
実が終わった9月1日に再び花を見て、深まり行く秋の11月10日に三度めの花を付けている。
そして今年はこの時期の開花、まるで気まぐれ娘のようだ。
とまれひとまず安堵、今年もまた実がなるのかと思うと嬉しくなる。

紅色の蕾は開くにつれ色を薄くしていく。
そんなところに可憐な乙女の姿を思ったりする。

空ことにまぶし林檎の花のもと (木下夕爾)

林檎王林の花
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チャイブ(西洋淺葱・エゾネギ・Chives)
- 2009/05/27(Wed) -
チャイブの花

葉の先に丸くなって薄い紫色の花を付けているのはチャイブ、毎年楽しみにしている花の一つである。
もともとはハーブとしてその香りを楽しむために植えたものだ。
しかし今ではもっぱら花のほうを楽しんでいる。
解説書などを紐解くと次のようにある。
「葉菜または根菜で洋風料理、和風料理のどちらでも利用できる」
「西洋では刻んで料理にふりかけて調味料として使われる」
「ポテトサラダ、スープの浮身、オムレツ、パスタ、 スクランブルエッグ、あさりのワイン蒸しなどによい」
ヨーロッパなどではポピュラーな有用野菜で、日本で言えばどうやらネギ同様な利用法である。
この花の色を白に変えてイメージすると確かにネギ坊主にも似る。
そういえば最近ラジオで、ネギ坊主は天麩羅にすると美味しいと聞いたことがある。
これもそうだろうか。一度試してみよう。

チャイブ咲きやわらに包む日の光 (文)
 
チャイブ
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バラ(プリンセスミチコ)
- 2009/05/26(Tue) -
プリンセスミチコ

「プリンセスミチコ」は鮮やかなオレンジ色のバラである。
「品格」が昨今取りざたされるが、このバラはまさに気品にあふれている。
派手や豪華とは違った清らかで凛とした存在感がある。
由来には40数年前に当時の皇太子妃美智子様に捧げられたと記される。
花びらの一枚一枚にそのお人柄が伝わってくるような、美しさ優しさを自ずとイメージさせる
ただそこにあるだけで、ただそこにいるだけで漂い来る『品格』。

東京から帰ってくると一気に色様々なバラが咲いていた。
剪ってラップをし木の蔓籠に入れた。
部屋が薔薇の香りに包まれている。  

言葉閉じ鮮やかなりし薔薇を見る (文)
 
籠のバラ
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ムラサキツユクサ(紫露草)
- 2009/05/25(Mon) -
ムラサキツユクサ青紫

庭にはムラサキツユクサが三種ある。
正しくはたくさんのムラサキツユクサと二株のオオムラサキツユクサである。
今咲いているのは赤紫と青紫のオオムラサキツユクサ。
ムラサキツユクサより、葉が広く花が大きい。
一般的にムラサキツユクサとして園芸店にあるのはこのオオムラサキツユクサのようだ。
この二株も「ムラサキツユクサ」として売られていたのを4年ほど前に手にれたものである。
本来は北アメリカ原産ということだが、色や花容といい、葉やその全体の姿といい日本の庭によく似合う。
朝に咲いて午後にはしぼむ花だが、次から次と咲き続ける。
朝露に濡れて咲く様がまた味わい深い。
ツユクサ(露草)の名はそこから来ているのだろうか。
花言葉に「尊敬しています」「ひとときの幸せ」とある。
朝の庭に出ると「ひとときの幸せ」を感じさせてくれる花である。

 朝露に幸せ見つける5月尽  (文)

ムラサキツユクサ紫


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キングサリ(金鎖・黄花藤・golden chain)
- 2009/05/24(Sun) -
キングサリ

キングサリが藤のように花房を垂れ下げて咲いている。
長さは20�ほど、マメ科特有の蝶形花だ。
その名は黄色い小花が連なる様から、ヨーロッパでそれを金の鎖に見立てたgolden chainをそのまま直訳したものとある。
別に黄花藤(キバナフジ)ともあるが、これは藤の仲間まではなく、金雀枝に近いようだ。
緑葉に黄色の花の組み合わせが当たり前のように似合う。

気温もぐんぐん上がり、花々も一気呵成だ。
あちらにもこちらにもと、それらを見るのも忙しい。
遠くで聞き慣れた鳥の声がする。
「特許許可局…特許許可局…」とせわしい。
今年初めて聞く時鳥(ホトトギス)である。

「時鳥鳴くや五月のあやめ草あやめ知らぬ恋もするかな」 よみ人知らず『古今集巻十一 469』
 
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カキツバタ(燕子花・杜若)
- 2009/05/23(Sat) -
燕子花

水の中からすくっと立ち上がって燕子花が咲く。
外の三弁はたらりと垂れて開き、内側の三弁は細く直立する。
色は濃い紫色、アヤメに似る。しかしその違いはすぐに分かる。
アヤメが花弁の基部に白と黄色と赤紫の綾目があるのに対し、燕子花は一本の白い筋が伸びる。
また、前者の葉は細く、燕子花はそれよりも倍ほどの幅を持つ。
なによりも陸性と、水性(湿地性)と求める生育環境が全く異なる。

高浜虚子の句に、「よりそひて静なるかなかきつばた」とある。
きっと在原業平が妻へ寄せる思いを旅で詠んだ歌のイメージがあったのだろう。
「よりそいて」は花の並ぶ様に「夫婦の愛」を掛けたのだと想像する。
色もシンプルにして、燕子花はほかのアイリスの仲間とはひと味違う素朴さがある。

業平の妻恋ひ羨しかきつばた (服部鹿頭矢)

杜若
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エビネ(化偸草・蝦根・海老根)
- 2009/05/22(Fri) -
えびね

このエビネは今年初めて咲いた花である。
山野草を育てている一角、深山苧環や碇草の側にある。
花茎が立ち上がり、その上部に2㌢ほどの花を五輪つけている。
五枚の赤褐色の花びらと一枚の白い唇弁が前に突き出る。
よく見ると唇弁は両の手を広げた人のように3裂し中片がさらに2裂しているのが分かる。
そしてそれぞれの基部をささやかに淡い紫に染める。
色といい、その形といい、人里離れた山中で咲くように静かな雰囲気がある。
蝦根の名は地下茎の数珠状に連なる形をエビの尾にみたてたものとあるが、私はそれを確かめたことはない。

    しづけさのひかりとどめてえびね咲く (高原初子)

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バラ(ミュニュエットト) ~今年もまた薔薇の~
- 2009/05/21(Thu) -
みゅにゅえっと

勤務に向かう前に朝作りをする。
このところ朝が明るくなるのが早いので助かる。
ツルムラサキを植え、支柱を立てる。
目立つようになってきた草を取る。
牡丹の根元に土を被せて盛る。
一仕事終わった。まだ陽の出前だ。
静かな朝にコジュケイの大きな声が響く。

ぽつぽつと薔薇が咲き出した。
今まさにその花びらを開きつつあるのを見つける。
名前はミニュエット、それは淡いピンクが周りを濃い色に縁取られる。
まだ朝日が周りに届かない中、静かに佇む姿がまたいい。
甘い香りが私の鼻の奥に届く。
庭に咲く薔薇はどれも好きだが、とりわけこのミュニュエットの優しい色合いは好みの一つである。
今年もまた薔薇の季節がやってきた。

明け前の何も語らぬ薔薇のあり (文)
 
ミュニュエット
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クレマチス ~鉄線に思いを寄せ~
- 2009/05/20(Wed) -
クレマチス

このクレマチスは先日の激しい雨を受け、その後遺症が残る。
痛んだところは赤紫に少し色を変えている。
しかしダメージが思ったほどより少なかったことは救いだ。
クレマチスの茎を巻き付け伸びて広がるさまはこの時期ならではの楽しみである。

話は変わるが、私はもともとの種である「鉄線(テッセン)」という呼び名が好きである。
少し小さめの花を伸びた茎とともに和の器に活けるなど趣がある。
横になった竹の花器などに活けるのは言うまでもない。

鉄線の花は豪雨に堪えゐしか (高浜虚子)  

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アメジストインスノー ~雪の中の紫水晶~
- 2009/05/19(Tue) -
アメジストインスノー

アメジストインスノーは矢車草の仲間の宿根草である。
デリケートな形をしているが、これはひじょうに丈夫な花だ。
植えっぱなしにしたまま、こうして5月の日射しを浴びると顔を出してくれる。
中心は紫、その周りを小さい白百合のような細花が外に向かって咲く。
その姿が白い雪の中に落ちた紫水晶を思わせたのだろう。
宝石のアメジスト(紫水晶)の石言葉は「誠実・心の平和・高貴」。
この花もそんなひと味違う美しさがある。

うれしさや小草影もつ五月晴れ (正岡子規)
 
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トケイソウ(時計草・passionflower) ~聖愛の花~
- 2009/05/18(Mon) -
時計草

昨日は一日雨の日だった。雨具を着て畑仕事をしていた。
オクラ、モロヘイヤ、ズッキーニを植えた。
ナスとピーマンの支柱立てをし、エンドウの手をわらで拵えた。
シラヤマギクの根本に広がる笹を根から取り除いた。
カルミヤの下に生えてきたシュロのような大きな葉の植物を掘り出して移動した。
一段落したところでそこらを歩き、眺める。
側を流れる川は土色の濁流となり大きく跳ね上がって流れている。
ガツン、ゴツン、ドスンと石が川底にあたる音がする。
強い雨に打たれてせっかくの花々が痛んでいる。
特にクレマチスが悲しい相になっている。
葡萄、柿、山法師の花が見える。蝋梅、梅、梨、李、杏は実を大きくしている。
雨の中でも元気な花がある。いくつもの色の取り合わせが美しい時計草である。
まさにその名の通り、花が時計の文字盤と針に似ている。
花言葉は「聖愛」、〈受難(Passion)の花〉と呼ばれる歴史を持つ。

午後となり花そり返り時計草 (山本蛍村)

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ボタン(牡丹) ~咲く花と咲かぬ花~
- 2009/05/17(Sun) -
ボタン島藤

芳紀、島藤、金閣、花王、島大臣、八重桜と六種類の牡丹がある。
そしてその中で花を咲かせたのは前の三つ、後の三つに今年花はない。
昨年はそれらが揃って咲き、その花容の華麗さと醸し出す高貴な雰囲気を堪能したものだ。
そして牡丹にまつわる楊貴妃と玄宗皇帝へ思い馳せ、あるいは白居易の詩の世界にいざなわれたものだった。
特にお気に入りの紫色の花、島大臣の姿がないのが少し淋しい。
同じ場所に並んであって、同じように育てていても同じに咲くのではない。
花からのメッセージをどう読み解こう。
「島藤」はふんわりとした花びらを薄紅の外辺から花芯に向かって紫に色調を濃く変えていく。
その中にある蕊の黄色と相まって何とも言えない優しい色合いである。
「金閣」は他の牡丹よりひとまわり小さく、ちょうど片手を広げたくらいだろうか。
蕊は縮れるように幾重にも重なった花びらの中に隠れるようにある。
金色(こんじき)の花びらはその縁の周りを丹色(にいろ)に染める。
「金閣」とは、あのまばゆく輝く金閣が炎に包まれ燃えた「金閣寺炎上」の様子になぞらえた名付けなのだろうか。
ところで花は咲く花弁の数に従って一重、八重との呼称がある。
それに千重(せんえ)と、万重(まんえ)もあることを知ったのは牡丹が咲くようになってからである。
花はいろんなことを教えてくれる。花はいろんなことを伝えてくれる。花は私を豊かにしてくれる。
こんなことを書きながら私の頭に浮かんでくる「唐獅子牡丹」「緋牡丹博徒」の名を知る人はもう少ないのかも知れない。

  牡丹(ぼうたん)の花に暈ある如くなり (松本たかし)

ボタン金閣
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スノーボール(ビバーナム・スノーボール)
- 2009/05/16(Sat) -
スノーボール

スノーボールは一見してアジサイかと見間違う花である。
一つひとつの小さな花びらの形までそっくりだ。
和名にテマリカンボク(手鞠肝木)の名があるという。
山地に自生するカンボク(肝木)の仲間の園芸種ということになるようだ。
丸くなった花の大きさはソフトボールほどになる。
三裂した葉は秋に紅葉し、これまた鮮やかで美しい。
真っ白なこの手鞠は今、山茱萸の木の下にある。

五月も半ばを過ぎる。また一つ年をとった。
何をしなくても時は正確に刻み、私暦を過去にしていく。
何かをする自分の時を持ち、自分にできる小さな何かをする。
頭で思い描くだけでなく、自分の目に見え、自分の体で感じる形に変えてみよう。
今日は公募展の搬入の日である。

初夏の一日一日と庭のさま (星野立子)
 
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クルミ(胡桃・walnut)
- 2009/05/15(Fri) -
胡桃の花

大きな鬼胡桃の木が3本ある。今、その木に雌雄の花がある。
それぞれ小さな花を集めた花序として咲く。
緑色の雄花は花穂を長く尾状に垂れる。
赤い雌花はその花穂を同じ枝に上に向かって咲かせる。
無数に並んで枝から下垂する雄花は遠目でも目立つ。
しかし逆に直立した雌花に気がつく人は少ない。
よく見ると雌花には花弁がなく花柱は二つに分かれている。
繊毛に包まれたそれがやがてあの堅い実となるのだ。
猫のしっぽのような雄花は風が吹くたびに揺れて、一つ二つと庭に落ちてくる。
そして緑の花は、地の上で色褪せて褐色となり縮む。
ところでクルミは「胡桃」と書き「ことう」とも音読みする。
何故だろうと辞書を引く。
すると「胡(こ)」には、「ひげ。垂れてあごをおおったひげ」の意があるという。
そうか、あの下垂する花穂をヒゲに見ているのだ。
あの堅果の形は桃のそれに似ている。
なるほど、そこから来ているのかとひとり納得する。

   待ちくれて胡桃も花を垂れゐたり (村越化石)

くるみの雌花
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ミヤマオダマキ(深山苧環)
- 2009/05/14(Thu) -
みやまおだまき

深山苧環は見れば見るほどにその色、その花容が何ともいえぬ。
青紫色の美麗な五弁花は少しうつむいて咲く。
萼片の間からは距がつき出て、中に蕊が伸びる。
花びらや距の先端は淡黄色に染まり、それがさらに静けさを醸し出す。
まさに深山の名を冠する魅力を持つ花である。 
時間が止まったような優しくさせる花である。
静御前と義経に恋慕の思いが伝わる花である。
ずっと見守り大事に育てていきたい花である。

をだまきやいつもさゆれてもの想ふ (大徳澄子)
 
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ヒョウタンボク(紅花瓢箪木)
- 2009/05/13(Wed) -
ヒョウタンボク

躑躅色した小さな花の瓢箪木である。
瓢箪の名が付くのには果実の形に秘密がある。
この愛らしい花は夏になると、赤い実となる。
実は仲良く二つずつ付き、それがくっついて大小のくびれた瓢箪のように見えるからだ。
花の色や形や香りからでなく、実に名を由来するというところが面白い。
何処に特徴の視点を置いて見るかということだろう。
身を取り巻くコト、モノ、ヒトにおいても同じかも知れない。

このところ、朝早くからコジュケイの声が響き渡る。

薫風に心洗ふ時を得し (伊藤柏翠)
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エニシダ(金雀枝・金雀児・金枝花)
- 2009/05/12(Tue) -
金枝花

エニシダの花言葉は「清楚」だという。
この鮮やかな黄色の花を見ているとなるほどそうなのかなと思う。
角張った濃い緑色の枝に蝶形の花が付く。
それはまるで可愛いモンキチョウが枝にたくさん留まっているようにも見える。
漢字で金雀枝・金雀児と充てるのは、渡来した折、江戸の人々はそれを雀に見たてたのだろう。
鮮やかな黄色と鮮やかな緑と鮮やかな青の花と枝と空。
五月は目に映る全てが鮮やかである。

   えにしだの黄色にむせびたる五月かな (久保田万太郎)

エニシダ
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アヤメ(菖蒲・渓蓀)
- 2009/05/11(Mon) -
あやめ

菖蒲(あやめ)が一気に開花した。
背丈を少し変えながら並んで咲く様は日本画の世界だ。
緑の剣先に青紫のやわらかな花びらがいかにも和風である。
そして隠れるようにある基部の白と黄色と赤紫の綾目も妙味がある。
昔の絵師ならすぐにでも絵筆を持ったに違いない。
私のところではバラに囲まれている。

       花と花の間さびしき花あやめ (大井雅人)

アヤメ
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コデマリ(小手毬・小粉団)
- 2009/05/10(Sun) -
こでまり

白い花が枝に添ってしなやかに垂れ下がる。
20個ほどの小さな花が丸く集まって球のようになる。
それを人は見做してコデマリという。
風が通るたびに、上下左右する。
強くなった日射しの中でのんびりと眺める。
そこへ蜜蜂もやってきた。
毬から毬へと移っては蜜を吸う。
見ているだけ楽しくなる。
今年は蜜蜂が大幅に減少して、養蜂家や果樹農家は困っていると聞いた。
この蜂はどこから来たのだろう。

    小でまりの花に蜂一つ来りけり (文)

蜂とコデマリ
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ツクバネウツギ(衝羽根空木)
- 2009/05/09(Sat) -
衝羽根空木

ツクバネウツギは我が家に来てもう25年ほど経つ古い木である。
自分の手で植えたのは事実だが、その経緯や詳細はよく覚えていない。
私と同じほどの背丈のままはずっと変わらない。
今がちょうどその花の盛りである。
釣鐘形をした花は二つずつ並んで下向きに咲く。
卯花色の花びらの中には蜜柑色の網目模様が広がる。
もともとは林の中で生育するらしく、目立たぬ控えめな木である。
花言葉には「長い友情」とある。
二つ寄り添う様が、「いつまでも二人の心は一緒」というのだろうか。

  卯月来ぬましろき紙に書くことば (三橋鷹女)

ツクバネウツギ
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チョウジザクラ(丁子桜・藤擬き・薩摩藤)
- 2009/05/08(Fri) -
チョウジザクラ

淡い紫色の小さな花はチョウジザクラ。
沈丁花の仲間なのに桜の名を持つ。
それは桜と同じように葉が展開する前に花を付けるからなのだろうか。
可愛い4弁の花びらに見えるのは、やはりこれも沈丁花同様に萼片だという。
ほんのりいい香りがするが、花は毒性を有するとある。
毎年、このように優しい色合いの花を見せてくれるこのチョウジザクラ、しかしさほど大きくはならない。
何年も私の腰の高さのままである。

続いた雨でたっぷりの恵みを受け、木々の葉もその色を濃くしていく。
胡桃の木は長い穂の花をぶら下げている。

  花胡桃の垂れ並びおる五月かな (文)

丁字桜

 
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ドウダンツツジ(満天星躑躅) ~雨の日の訪問者~
- 2009/05/07(Thu) -
満天星躑躅

   我に聞えて満天星の花の鈴 (大井戸辿)

連休最後は一日中雨だった。
予定していた仕事は思うように捗らない。
気分転換に傘を差して庭へ出た。
小さな鈴のようなドウダンツツジも雨の中にある。
花はそろそろ終わりに近い。
雨を溜める葉とそれを留める花。
花柄も真珠のように丸く繋げる。
そんな情景に心安らぐ。
激しい雨ではない。裏手へと歩を進める。
クリスマスローズの横で動くものを見つける。
サワガニだ。今年初めて見る。
毎年我が家を家庭訪問する常連だ。
私の庭にはいろいろなものがやって来る。

   代る代る蟹来て何か言ひては去る (富安風生)

クリスマスローズとさわがに
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リンゴ(フジリンゴの花) ~久しぶりの雨…~
- 2009/05/06(Wed) -
りんご

朝は曇っていた。いつものように散歩に出かけた。
また雉子が歩いていた。私を見た雉子は小走りになって茂みに消えた。

帰ってレタスの苗を12株植えた。
30種類ほどミックスされた花の種を4袋蒔いた。
雨が降ってきた。
薄い紅色を指した林檎の花も濡れる。
アルプス乙女は霜でやられた。
王林は未だに花も葉もない。枯れたのだろうか。

久しぶりの雨で草木が生き生きする。
庭の一角に植えたばかりの深山苧環と黄蓮華升麻もすくっと立っている。
翁草、雪割草、片栗、福寿草、一人静、海老根、大文字草、甘野老、杜鵑…。
そこは歌物語を紡ぐ山野草の静かな時が流れるところ。

夢の色のうす紅や花りんご (及川 貞)
 
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ボタン(牡丹・ぼうたん) ~金色の蕊~
- 2009/05/05(Tue) -
牡丹

 ぼうたんと豊かに申す牡丹かな (太祇)

牡丹は花王、花神、富貴花と中国では呼ばれると聞く。
いずれにしてもその豪華さ、気高さ、豊麗さを表す。
花はそう呼ばれるに相応しい風格がある。
この赤い花には「芳紀」の名が与えられている。
年頃の麗しき女性のイメージと言うことだろうか。
少しの風にも花びらがふわっと揺れる。
私の両の手にも余る大きな花である。
一輪剪って、大きな水盆の上に浮かべた。

  牡丹の蕊金色に発光す (丸山嵐人)

牡丹の蕊
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クレマチス(Clematis) ~朝の散歩道~
- 2009/05/04(Mon) -
クレマチス

幾種類かあるクレマチスの中でいち早く咲いたものである。
他のもそれぞれにたくさんの蕾を付けており、彼女らの顔見せもそろそろである。
形の整った8枚の花びらとたくさんある雄蘂雌蕊のバランスが美しい。
花言葉は「心の美」「美しい心」「精神的な美しさ」と内面的な美を表す。
見える所の美だけでなく、奥からしみ出てくるような美を持ちたい。
自分のための美だけでなく、人のための美、人に尽くす美、表に表さない美、後ろ姿の美…。

早朝の散歩で可愛い紫色の花を見つけた。
アケビ(通草)の花だ。秋のあのぱくっと割れた実が想像できる。
少し歩くと「ケーン、ケーン」と響く声がする。
「もしかして?」と思い、その方向に目をやるとやはりそこに雄雉子がいた。
雌もいるのだろうかとしばらく見ていたが現れなかった。
家に戻ると、雄雉子が我が家の庭を歩いている。
私のあとを付いてきたのではないだろうが、偶然なできごとに何かいいことがありそうな気がした。
「詩歌では古くからその声は春の妻を恋う声として歌われてきた」と歳時記の解説にある。

    雉鳴くや風ゆくところ山光り (相馬遷子)

通草


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フジ(山藤)
- 2009/05/03(Sun) -
ふじ

淡い紫色の花房を垂れ下げるのは山藤。可愛い蝶形をしている。
植えたものではなく、私よりも先にこの地に住んでいる先住者だ。
川沿いの庭先を取り囲んで咲いている。
蔓は触れるもの何でも巻き付く。
何㍍ものオニグルミもぐるぐる巻きだ。
蔓はまるで蛇のようである。
その繁殖力は凄まじく、思わぬところに芽が出る。
何本かは残して、後は根から抜き取って絶やす。
花は美しいが、他を絞め殺してしまうような怖さがある。

 藤の昼膝やはらかくひとに逢ふ (桂信子)

フジ


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ハナミズキ(花水木・dogwood)
- 2009/05/02(Sat) -
ハナミズキ

樹冠がひらりとした白い花で覆われている。
まるで白い蝶が木の上で乱舞するかのように。
今は葉も出てきたが、少し前まで木にあるのは花だけであった。
実は花びらのように大きく開いているのは総苞。
中心に集まって見えるわずか数㍉の緑黄色のが本来の花である。

 空を押し上げて
 手を伸ばす君 五月のこと
 どうか来てほしい
 水際まで来てほしい
 つぼみをあげよう
 庭のハナミズキ (一青 窈「ハナミズキ」から)
一青 窈が切々と声を響かせて歌うのは薄紅色の「ハナミズキ」。
ちょうど向き合うように一対になってある我が家のそれはまだ花を見せない。
花言葉は「私の想いを受けてください」
私も空に向かって言ってみよう。
「私の想いを受けてください……」
山を越え、海を越えて届いて欲しいと。
  
   一つづつ花の夜明けの花みづき (加藤楸邨)

花水木
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