ツツジ~深まる秋に狂い咲き~
- 2008/10/31(Fri) -
つつじ帰り花

帰り咲くつゝじ我が家にこの家に (高浜年尾)

目に映る遠くのアルプスの山なみは雪化粧となった。
近くの山は、さしずめパッチワークの様に赤や黄色や橙に彩られる。
深まる秋は足早に里へ降り、庭の木々をも染める。
朝の冷え込みは、もう柿を裸木にした。

ひだまりの中でツツジが咲く。
穏やかな小春日和が過ぎ去りし日々を思い起こさせたかのように。
ツツジが寄り添い2輪咲く。
人はそれを忘れ花、帰り花という。

帰り花旧き良き代をさながらに (富安風生)
 
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ぬばたま(射干玉)~花後に思いを寄せて~
- 2008/10/30(Thu) -
ぬばたま

濃赤の斑点を付けた色鮮やかなオレンジ色のヒオウギが咲いていたのは夏の盛りである。
そして今、それは艶やかな黒いぬばたまに姿を変えた。
このぬばたまを見る度に私は万葉の夫婦、中臣朝臣宅守と狹野茅上娘子の事を思い出す。
宅守が遠く越後の国へ流罪となり、逢えなくなるも互いの愛の深さを確かめあい、慟しみの情を歌う。
万葉集15巻には二人の贈答歌63首が収められている。
読めば読むほどに切なく、悲しく、自らを感情移入してしまう。

(狹野茅上娘子) ぬばたまの夜渡る月にあらませば家なる妹に逢ひて来ましを

(中臣朝臣宅守) 思ひつつ寝ればかもとなぬばたまの一夜もおちず夢にし見ゆる

(狹野茅上娘子) この頃は君を思ふとすべも無き恋のみしつつ音(ね)のみしぞ泣く

(中臣朝臣宅守) あかねさす昼は物思ひぬばたまの夜はすがらに音(ね)のみし泣かゆ

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コキア(箒草(ほうきぐさ)
- 2008/10/29(Wed) -
コキア

葉も茎も、 その草全体が隅々まで赤に染まるコキア。
ほかの木々の紅葉とはまた違ったワインレッドの色がとても美しい。
こんな細々とした姿をしているが、きわめて有用である。
葉を落とした枝は束ねると箒になり、実は食用としてあえ物、酢の物やつくだにに。
また漢方として地膚子の名で強壮剤や利尿剤にも。(高橋 文次郎・鈴木 晋一)
古来より箒木(ははきぎ)として親しまれ、庭草、真木草、落草の名がある。
我が家の片隅で風に揺れる。

箒木のつぶさに枝の岐れをり  (八多野爽波)
 
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バラ(ラビアンローズ) ~ジョウビタキの訪れ~
- 2008/10/28(Tue) -
ラビアンローズ

秋のバラもまたいい。
柔らかな日射しがラビアンローズを包む。
整った形のバラではないが、それもよい。
それぞれがそれぞれの姿、それぞれの色、それぞれの大きさ、それがいい。

ツッツッツッカタカタカタ…いつもの聞き慣れた鳥の鳴き声。今年も来てくれたんだと、頬がゆるむ。
20年近く訪れてくれる友だ。海を隔てた大陸よりようこそ我が家へ。
ジョウビタキ、今度ゆっくり君との時間を作ることにしよう。
好きなだけ召し上がって、3月までどうぞ寛ぎを。

昃(ひかげ)りしもの慕はしや鶲来る (後藤夜半)

ジョウビタキ
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ツワブキ(石蕗)
- 2008/10/27(Mon) -
ツワブキ

しとしとの雨が秋の朝の明かりを一層遅くする。
庭の片隅には黄色い石蕗の花。それだけが辺りの彩りとなる。
雨粒が花に乗り、雨粒が花の裏に廻って膨らむ。
雨を受ける花びらはそれぞれにその重みを感じて角度を変える。
濃緑色の丸い葉は光沢を増す。これから先、冬までずっと咲き続ける石蕗の花。
咲き終わった後の色を変えた姿もまたいい。

東美濃、裏木曽、そして寝覚の床を廻るスケッチ旅行はずっと雨の中だった。

一隅を一切とせり石蕗の花 (和田悟朗)

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ヤツデ(八手・ Fatsia)
- 2008/10/26(Sun) -
八つ手とシュウメイギク

  咲きそめてひかりのもろき花八つ手  (橋本夜叉)

嫋やかな秋明菊も花びらをなくして、丸い頭が目立つようになってきた。
長い間、目に優しく楽しませてくれたが、そろそろそのステージは終幕に近い。
その隣では対照的な形をした白い八手の花が咲き出した。
茎頂に小さな花が集まって、繖形状のひとつの花序となっている。
花弁は5枚が確かめられるが、秋明菊に比して花びらというにはあまりにも小さすぎる。
空に突き上げるかのように元気よく伸びて並んで見えるのは5本の雄蘂。
盛んに昆虫がやって来て小花の上をせわしくもとおる。
光沢のある大きな「天狗の羽団扇」と呼ばれる緑葉と、その色形や大きさの落差がなんとも面白い。

  たんねんに八手の花虻舐めて (山口青邨)

八つ手と虫と


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フジバカマ(白藤袴)
- 2008/10/25(Sat) -
フジバカマ

小さな一輪挿しにフジバカマを活けた。

多く見かけるのは淡紅色だが、うちのは白い。
目を近づけると、伸びた花茎の先がいくつにも枝分かれし、その先がまた細かく分かれているのがわかる。
さらにその先端が3つ4つに分かれて花が付き、遠目には一つのまとまった花のように見える。
花冠は小さな米粒を縦に積み上げたようにして5mmほどになり、その先から白い糸のようなのが飛び出ている。
鼻を寄せると薬草のような少し変わったいい香りがする。
中国では古くから香草として、身につけたり湯に入れたりされたりもしたようだ。(小山 博滋)
蕾が確かめられてから、こうして花開くまでだいぶ時間がかり、私はいつ咲くのだろうと焦れていた。
彼女は秋の気候が自分の肌に合うまで風の流れを感じ、空の色を眺めてはその時を待っていたのだろう。
時々、小さな虫がその複雑に絡み合うようになった花の中に潜り込んでいる。
我が家での秋の七草の最後の登場である。

藤袴手折りたる香を身のほとり (加藤三七子)

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ダイモンジソ(大文字草)
- 2008/10/24(Fri) -
大文字草

その花の形に誘われて手に入れた大文字草だった。
どれもこれも確かに「大」の字に見える。
ふと、京都の夏の風物詩として知られる五山送り火の大文字焼きを思い出した。
実際には見たことはないが、映像では暗い夜空に赤々と鎮魂の火の文字が浮かび上がる。
誰もが心穏やかに先祖を慰める精霊送りの盆のシーンである。
5弁の花びらは2枚が横棒に、1枚は上に突き出て左払いの始筆。
そして下の2枚は他の3枚より長く、それが伸びて左払いと右払いになる。
こうして大小の違いはあれど、緋色の「大」がいろんな向きに書かれる。
黄色い花の芯からは1本のちょこんとした雌蕊とそれを取り囲むように風車のような白い雄蘂が10本。
それが花びらの色と対照となって優しく愛らしい。

大文字草の大の字みなやさし  (石倉啓輔)

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ネムノキ(合歓木・silk tree)
- 2008/10/23(Thu) -
ねむのき

一鉢の合歓木がある。花は外に育つ大きな合歓の木より赤の色味が濃い。
合歓木は本来夏の花であるがこれは園芸種故、季節を選ばずしてずっと咲き続ける。
冬場は中に入れるのだが、寒中でも部屋の中でこの赤い絹糸のような優しい花を楽しませてくれる。

合歓木は昔から多くの人々の心をとらえ、自らの恋の思いに重ねて歌われたようである。
     昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花君のみ見めや戯奴さへに見よ(万葉集1461:紀女郎)
ひとまわりも年上の紀女郎から贈られた歌に大伴家持は返歌で答える。
     今は我はわびぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば(万葉集0644:大友家持)
さらに加えて
     百歳に老い舌出でてよよむとも我はいとはじ恋は増すとも(万葉集0764:大友家持)と。
「いつまでもあなたへの気持ちは変わるはずがありません。たとえ老いを深めて百歳になろうとも。 
いえいえそれどころか、私のあなたへの思いは強く増していくばかりです。」(私訳)

歌のやりとりでお互いの心を確かめ合う、昔の人々の愛の手段。今で言えばメールのやりとりだろうか。

風わたる合歓よあやふしその色も (加藤知世子)
 
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赤い実~小さい秋~
- 2008/10/22(Wed) -
サンシュユの実

「大きな栗の木の下で あなたと私 仲良く遊びましょう 大きな栗の木の下で」と、
朝一番のラジオでは少年少女合唱団が可愛い声で歌っていた。
続けて歌う2番「大きな林檎の木の下で~」、3番「大きな柿の木の下で~」。
あれ、こんな歌だったっけ。2番は確か、「小さな栗の木の下で~」だったような、う~ん、記憶が曖昧だ。
我が家の栗は、あと数回は栗ご飯にできるほどに今年は蓄えがある。
大きな栗でもなく、小さな栗でもなく、「中くらいの栗の木の下で~」が合う。

黄色い銀杏、真っ赤な桜、周りの木々は葉が色づき、葉を落としていく。
そこに、俺たちの出番とばかりにそれぞれの実が顔を覗かせる。なかでも目立つのは赤い実。
山茱萸は楕円形の艶々としたきれいな実。美味しそうだが実際には見た目ほどではない。
花水木は二つあるいは三つ、あるいは四つであったりと仲良くよりそう。
梅擬きは小さくてまん丸い。他に錦木やピラカンサ、深山海棠なども赤く自らを示す。
秋には色葉錦の美しさだけでなく、実を見たり味わったりする楽しみもある。

残る葉も残らず散れや梅もどき (凡兆)
 
ハナミズキ

うめもどき
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スイート・アリッサム(にわなずな)
- 2008/10/21(Tue) -
スイートアリッサム

まだ暗い朝に、落ち葉を掃く。ぐるりとひとまわり掃き終える頃には辺りは明るくなってくる。
空には白い月。愛を語る夜の月とは違って、少しはにかんだ顔にも見える。
ツッツッツッと聞き慣れた声。ジョウビタキだ。今年も来てくれた。北の異国より訪れる長年の友だ。
箒を進める。こうして動くときまっていい香りをする一角がある。それは桂の木。
黄葉した心形の葉が甘い香りを発している。香ノ木と呼ばれるゆえんだ。木の周りには蝉の穴がいくつもある。
さらに、柿の下を掃く。凌霄花もだいぶ落ちてきた。枯色の紫陽花も風情がある。
葉が舞い落ちる中、白い小さなスイートアリッサムがあちこちに咲いている。
この花が我が家に姿を見せるようになってからもう10年近くなるような気がする。
見た目はとても可愛い花だが、春から咲き始めて夏を越し、葉が色づく季節までこうして咲き続ける強い花でもある。
周りの地には色と香りを失った金木犀の花が散りばめられ、そして上からは栃の葉が覆い被さる。
わずか数ミリの四弁の花にもハナグモがその甘い香りに誘われて頭を突っ込む。彼が狙う獲物は何だろう。
この花の花言葉は「奥ゆかしい美しさ」。…誰をイメージしよう。
「奥ゆかしさ」という言葉は現代日本女性の修飾語として位置づくのだろうかと、ふと考えたりする。

庭掃けば葉色も深し秋の声 (文)
 
庭薺
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カキ(柿) ~柿熟し葉は地に~
- 2008/10/20(Mon) -
柿の実

甘柿をとった。丸みを帯びた四角い形の実で、二本あるうちの一本だ。
脚立を立てて枝にしがみつくようになっている実をハサミで切りとる。
何の手入れするわけでもないが、時期が来ればこうして恵みと稔りを与えてくれる木に感謝する。
葉は地に敷きつめられる。落ちたばかりの葉は色も鮮やかに美しく、まるで木曽漆の堆朱のようだ。
幾重にも塗り重ねられた色漆が研ぎ出され、独特の模様が浮かび上がる手間と時間のかかる匠の技だ。
堆朱の盆を見ると、この柿の葉の油滴を思わせる色模様にヒントを得たのではないかとも思ったりする。
今日はこれからもう一本の富有柿を収穫し、故郷の母に送ることにする。
来週には渋柿も収穫し干し柿作りをしなくてはと、この秋は少し忙しくなる。
多くの木々が葉を落としはじめた。秋がまた深まり行く。

柿紅葉地に敷き天に柿赤し (松本たかし)
 
柿葉

柿の葉
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ジンジソウ(人字草) 
- 2008/10/19(Sun) -
ジンジソウ

あるきっかけで山野草が好きになった。
当然のことながら、それらは山野に自然のままにあるのが本来の姿である。
多くは静まりかえった山の奥深くに、あるいは渓流沿いに、あるいは峪の岩場にとひっそりと咲く花々である。
それゆえに草丈は低く、花も小さいのが多いが、どれもこれも、慎ましやかで可憐で繊細である。
日陰を好みあるいは日陰育ち故に、華やかさはないが個性的で愛らしい花が多い。
今咲いているのは白いジンジソウ、下に長く伸びた二枚の花びらが確かに筆で描いたように「人」の字に見える。
実際には五弁の花だが、上部にある三枚の花びらはあまりにも小さくて目を凝らさなければ分からない。
花芯には黄色く色が添えられ、細い雄蘂の先は薄紅に染まる。蕾はわずかに紅を差す。
山の妖精達にも見えるこの花たちを、園芸家の努力によって身近で愛でられることを有難く思う。
シャッターを切りながら、また車を飛ばして山野草店に出かけたくなった。
今度はどんな顔に出会えるのだろう。

秋色の梢の下に人字草 (文)

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バラ(ピンクノックアウト) ~KO?~
- 2008/10/18(Sat) -
ピンクノックアウト

ノックアウトというとダウンを喫してリングに横たわるボクサーの姿を思い浮かべる。
強烈なカウンターを受けスローモーションのように崩れ落ちていく。
頭は立ち上がろうとするも、体が動かない。
様々なことが流れ星のように脳裏を駆けていく。
それは例えばアリスの『チャンピオン』の歌に描かれる
この淡いピンクの薔薇にもノックアウトの名が付く。
女性が男性をメロメロに悩殺する意味を持たせたのだろうか。
そういえば「女達はそっと呪文をかける」と高橋真梨子は『桃色吐息』で歌う。
愛の国を探し、抱かれた肌を夕焼けに染めてpink delight 、 rose tonightとピンク色の言葉を投げかける。

女王であったり、娼婦であったり、燃える恋人であったり、無垢な処女であったり。
薔薇は千姿万様の表情を見せ、私達を魅了する。
私はこのピンクノックアウトが好きである。

誘われて独り占めする桃の薔薇 (文)
 
ぴんくのっくあうと
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バラ(宴) ~凛として~
- 2008/10/17(Fri) -
薔薇宴

    口に薔薇それも真紅ぞタップ踏む (本城佐和)

北海道からは初霜、初氷の便りが届く。
山は粧い、千畳敷カールの紅葉錦も色鮮やかに紙面を飾る。
柿は一枚二枚と音を立てて葉を落とし、枝と実だけの絵本の世界を描く。
栃は茶色に染まる扇の葉を地面に広げ、庭薺を覆う。
朝夕の冷気は草木に衣装替えを促し、冬への備えを教える。
澄んだ空気は月の輪郭を鮮明にさせ、ウサギのシルエットをくっきりと浮かび上がらせる。
そこかしこから秋が目に飛び込む。
物思う心に誘(いざな)う秋が胸の奥に入り込む。

薔薇は朝露を受けて凛と咲く。

  心なき秋の月夜の物思ふと寐の寝らえぬに照りつつもとな (万葉集 2226)

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キク(郷の化身) ~秋の子~
- 2008/10/16(Thu) -
郷の化身

  すすきの中の子 一、二の三人
  はぜつりしてる子 三、四の五人
  どこかで やきぐり やいている
  つばきを のむ子は 何人だろな (「秋の子」サトウハチロウ作詞)
「秋の子」が朝のラジオから流れていた。優しいメロディーが叙情を誘う。
「一、二の三人」「何人だろな」と子どもたちの遊びの様子が目に浮かぶ。
これは過去には実際の情景としてあった日常的な映像だった気がする。
物がない時代、子どもは自然が遊びの場、動物が遊びの対象であった。
そこでルールやマナーを学び、共同体を意識し、受け継ぐべき心を身につけた。
男の子も女の子も一緒に遊んだ。懐かしい過去の走馬燈である。

キクが盛んになってきた。地に植えてあるのでそれぞれの株が伸び放題だ。
「郷の化身」という薄紅色の小菊が賑わっている。
  ゆうぞらはれて あきかぜふき つきかげおちて すずむしなく
  おもえばとおし こきょうのそら ああわがちちはは いかにおわす
この花を見ていると、こんな歌もよみがえってきた。

いたづらに菊咲きつらん故郷は (夏目漱石)
 
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秋 ~山あいの秋の~
- 2008/10/15(Wed) -
流木

南アルプスに抱かれる山あいの村へ出かけた。
まだ紅葉には早かったが、深く高く広がるいっそうの秋を見たかった。
崖に沿うように続くくねった路で都会の車に何台も行き合う。
彼らも何もないこの辺地に何かを求めて、遠くから朝早くに出かけてきたのだろう。
いや、何もないのでなく、何もないということが彼らにとっては「求めてたくさんある」ことなのかもしれない。
岩を穿ったいくつもの小滝が目の前に洗われる。
大きなダム湖は静かに碧水を湛え、シジュウカラの声が峪間に響き渡る。
「ああ、私はいっぱいの自然を手にしている」そんな感慨が自ずと湧き起こる。
アルプスが近くに見える高台に車を止め、ひと休みした場所でイクチを見つけた。思わぬご褒美だ。
急峻な山里での、のんびりとした時間が小さな家族の思い出を作る。
帰りに河原に下りる。そこは流木の溜まり場となっている。形のいいものを拾う。
何か造形に使えそうだ。花器にでもしようか。
ハンドルを握り山を下ると様々な広告の看板、また日常の生活が目の前に表れる。
昼食はイクチの味噌汁だ。今年初めての野のキノコ汁となった。うまかった。
ほんの短い秋の時間、しかし満たされた一時、庭へ出ると赤とんぼが梨の木の先に留まっていた。

今といふ刻わがいろに秋生きる ( 山崎荻生 )
赤とんぼ

 
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キンモクセイ(金木犀・桂花)
- 2008/10/14(Tue) -
金木犀

匂い花といえば誰しもこの金木犀を思い浮かべるのではないだろうか。
橙黄色の小さな花が束となって密生し、木にあふれるように広がる姿は秋の青空に映える。
わずか数ミリの花は4枚にも見えるが、目を凝らしてみると基部はつながっているのがわかる。
そこにお情け程度の1㍉にも満たない雄蕊が2本、これが香りの元だろうか。
木犀は中国では桂(けい)、花の色によって「銀桂」、「金桂」、「丹桂」と区別するとある。
桂には美しい樹形の意味があるというが、わが国ではなぜか動物の犀の字をあてる。樹皮をそれに見たようだ。
月明かりのない夜においても、鼻に届く甘い香りによってそこに金木犀があることを教えてくれる。
そして立ち止まり、知らず知らずにスーッと深く鼻を吸い込む。
脳の髄までしみわたるような癒しの香りである。

木犀の香をたしかめんとする息する (篠原 梵)
 
キンモクセイ

きんもくせい

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ホトトギス(杜鵑草・油点草)
- 2008/10/13(Mon) -
不如帰

庭には杜鵑草、白に紫のまだらのその色とその形、えも言われぬ。
塔のように伸びる3裂した花柱は先端が二つに割れる。
花芯の底は目立たぬように淡い雌黄に染まる。
この花は人をして様々な感慨に導き、豊かな想像へとはばたかせる。
日本ではその紫斑を鳥のホトトギスの胸の斑紋に見て名に表す。
中国ではまだらに広がるその様(さま)を油滴に感じてそれを漢名とする。
洋の人はtoad lilyとその模様からガマを連想する。
一つの花が絵や歌、自分の物語へとイメージを広げさせ、感性を深くさせる。
見る人の数だけの心を誘う花である。

水に映りて斑をふやす杜鵑草 (檜 紀代)
 
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ゼフィランサス(たますだれ)
- 2008/10/12(Sun) -
ゼフィランサス

ぽつぽつとゼフィランサス“たますだれ”が顔を見せる。
細い茎が伸びた先に一輪の真っ白な6弁の花が咲く。
線状に広がるいく本もの濃い緑の葉が、いっそうその白さを引き立てる。
今咲いているのはケヤキの下、それぞれが離ればなれに咲くのは少し淋しそうでもある。
しかし、それ故にこうして一つ一つに目が注がれる。
腰を下ろして見ていると心を洗われるかのような安らぎさえ感じさせる。
レインリリーという名も持つというが、そういえば昨日は朝方まで雨が降っていた。
たますだれとは、たくさんの葉が連なる様を《簾》に白い花を《玉》と見立てたとある。(青柳志解樹)
花言葉は「潔白な愛」…そんな気がする花だ。

秋風に心逃がすたますだれ (文)
 
ぜふぃらんさす
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キバナコスモス(黄花秋桜)
- 2008/10/11(Sat) -
黄花秋桜

同じコスモスといってもキバナコスモスにはひと味違う風情がある。
明るい黄色から鮮やかなオレンジ、そして濃朱色までと色も様々である。
多くは八重であるが、中には一重のもちらほらと混ざる。
背丈はさほど高くはなく、深緑色の葉には切れ込みがあり、コスモスの葉とは一見しての違いがある。
8月、夏の暑い時期から咲き始め、このように秋の深まる頃まで多く分枝して次々に咲き続ける
これらはすべてこぼれ種で、こうした黄色のバリエーションを毎年楽しませてくれる強い花である。  
蝶や蜂などにも好まれ、それらが花を渡り歩いて楽しく散歩する、のんびりとした光景を見るのも楽しい。

コスモスの花あそびをる虚空かな ( 高浜虚子)
 
キバナこすもす

キバナコスモス

黄花コスモス


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ハマギク(浜菊)
- 2008/10/10(Fri) -
ハマギク

赤石の山脈(やまなみ)から差す朝日を浴びて浜菊が咲く。
白い花びらが淡い黄金色を帯びる。
肉厚の葉がさらに艶やかさを増し光を照り返す。
舌状花を数えると24枚、黄色い筒状花は無数にして規則正しい円を描く。
茎はもう木化して、株は両手を広げても余る程に広がる。
本来はその名の通り海岸地帯を故郷とする浜菊。
海のない信州の田舎でその命を育む。

浜菊の咲くや信濃の秋濃し (文)
 
浜菊
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ミゾソバ(溝蕎麦・牛の額)
- 2008/10/09(Thu) -
溝ソバ

水際に小さな花が乱れるように群れ咲いている。
縁のみが薄紅に彩られ、他は透き通るように白い。
それらはわずか数ミリ程の花が集まって一つのかたまりとなっている。
よくみると5弁の花びらに見えるが実際にはこれは萼だという。
花開く前の姿はあの懐かしい金平糖のように見えてこれも可愛い。
離れて見ると、株全体の葉の上にピンクのインクのドットを落とされたように見える。
しかし、茎にはびっしりと棘があるので気をつけなければならない。
「牛の額」と別名があるのは、葉が牛の顔形にも似た独特の特徴に由来する。 
名付けたのはきっと牛とともに暮らしてきた昔の農民たちではないかなどと想像したリする。

溝蕎麦は水の際より咲き初めし (高浜年尾)
みぞそば

 
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シュウメイギク(秋明菊・貴船菊)
- 2008/10/08(Wed) -
シュウメイギク

八つ手の中から顔を出しているのは白いシュウメイギク。
花茎がすーっと伸びその先端に花がある。その丈は1.5㍍ほど。毎年のように増えていく。
秋明菊という字の綴りが素敵だ。
また貴船菊の他に、秋牡丹、秋芍薬と頭に秋を抱く別名もあり、いずれも花のイメージに合う。
真っ白でふんわりとした花弁に見えるのはどうやら萼らしい。
中から多数の黄色い葯の雄蘂が見える。底に丸く見えるのが雌蕊のようだ。
真ん丸とした形の蕾も、もうすでにその時点から優しい気品を醸し出す。
花言葉に「耐え忍ぶ恋」とある。昔の人の素敵な恋物語から連想されたものだろうか。
女流俳人はその姿に観音様を見つける。

 観音の影のさまなる貴船菊 (阿部みどり女)

秋明菊


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ムクゲ(木槿・朝開暮落花)
- 2008/10/07(Tue) -
木槿ピンク

 「槿花一日の栄え 一朝の夢」(白楽天)

朝夕の下がる空気を感じるのだろう、そろそろと木槿も花数を少なくしてきた。
一輪離れて一輪、あそこにもまた二輪一輪と、この時期の淡いピンク色の木槿は淋しい。
樹株を覆うように華やいでいた盛りの頃は少し前のことなのだが。
目に見えぬ季節の移ろいを花々は敏感に肌身に感じている。

まだ陽の上がらぬ早朝、庭の栗を拾ってから勤めに出るのがこのところの日課だ。
イガを両脚でうまく捌いて実を取り出す。
今年は思いの外、その実りの恵を多くいただくことができる。
イガに包まれて、少し覗かせる顔も自然が作り出す絵の表現として味わえる。
二つ三つは取り出さずにそのまま玄関に飾ることに。

秋あつき日を追うて木槿かな (高井几菫)

くり

 
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ノギク(野菊) 
- 2008/10/06(Mon) -
ノギク

二種類の野菊が数ヶ所に分かれて庭にある。
それぞれにこの季節に似つかわしい表情を見せる。
色鮮やかな、そして派手やかな花とはひと味違う野趣の愛らしさがある。
こうした野の花の彩りが、また秋を一段と秋らしくする。
溢れるように咲くこれら野の花を見ていると、様々な歌が浮かんでくる。
また野菊を介して愛を語り合う少年と少女のはかない純愛の物語も脳裏に甦る。
野紺菊、柚香菊、嫁菜…いろいろある野菊のその判別を私は定かにできない。
秋風とともにあるこれらの楚々とした姿には「野菊」の名だけでいいのかもしれない。
私は咲き競う花を眺め、その語らいを楽しもう。
そして、部屋にも。

はればれとたとへば野菊濃し  (富安風生)

野菊
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コルチカム(イヌサフラン)
- 2008/10/05(Sun) -
コルカチム

木漏れ日を受けて、薄紫のコルチカムが咲く。
地面から直接にょきにょきと、葉を伴わない花がいくつも伸びる。
花の中側は白く、ソフトフォーカスされたように外へ向かって徐々に色を変える。
花弁、雄蘂ともに6つ、その優しげな色をしてそっと包みたくなる思いにさせる嫋やかな花だ。
すでに花茎が伸び、自身を保てなくなって地に横たわるのもある。
しかし見かけとは違ってその性質は強く、我が家の氷点下の路地でも十分耐える。
イヌサフランとの別称を持つが、サフランとは似て非なるもの。
コルチカムはユリ科、サフランはアヤメ科と種属が違うのもややこしい。

近くで合図の花火がなっている。何かイベントがあるのだろう。
秋には秋の表情がそこかしこに見られる空の下である。

天上の声も聞かるゝ秋うらら (野田別天楼)
 
こるかちむ
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ドングリ(クヌギ・椚・橡つるばみ)
- 2008/10/04(Sat) -
どんぐり

昼休み、いい天気に誘われて外の芝生に出る。一面にクヌギの団栗が広がっている。
バケツを持ってきて拾い集める。短時間で3杯にもなる。
拾っているうちにも、上から落ちてくる。すでに芽を伸ばしているのもちらほらとある。
去年はこれで団栗クッキーを作った。できはまずまずであった。
今年は何に使おう。コーヒーにもできると聞く。
昔懐かし弥次郎兵衛でも作ろうか。それとも独楽か。どんぐり人形も楽しい。
これからの季節、クリスマスリースの装飾にもいいかもしれない。
 
古人はそれをつるばみとよび、染料に用いていたとある。
色褪せしにくく、落ち着いた色調は多くの人々に好まれたようである。
橡(つるばみ)の解き洗ひ衣のあやしくもことに着欲しきこの夕かも(万葉集7 1314)  

どんぐりに形・大小ありにけり (新部烈人)
 
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姫ひまわり(ゴールデンピラミッド・柳葉向日葵)
- 2008/10/03(Fri) -
姫向日葵

夏を思わせるような鮮やかな黄金色の花が満開である。
一株の姫ヒマワリだが、分枝した先にたくさんの花が乱れるように咲く。
花の彩りが少し淋しくなってきたこの時期の庭に太陽が注ぐかのような明るさを与えてくれる。
普通のヒマワリと違うのは葉が針葉樹のように細いことである。
本来は北米原産の宿根ヒマワリだが、柳葉向日葵との和名はそこに基づくのだろう。
草丈は50センチ程で株周りも同様にしてさほど場所も取らなくていい。
どちらかというと野生に近いように強健で、手がかからず毎年こうして楽しめる。

天空を仰げば、神が作り出したヘブンブルーは吸い込まれそうに何処までも澄み渡り深い。
啄木が「不来方の お城の草に寝ころんで 空に吸われし 15の心」と詠んだのはこの空のことだろうか。

秋空や高きは深き水の色 (松根東洋城)
 
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バラ(白薔薇) ~ユキサンと思わしき~
- 2008/10/02(Thu) -
白薔薇

清原がやめる。桑田は引退した。王さんも今期限りでユニフォームを脱ぐ。
野球の歴史に一時代を築いたプロフェッショナル達がまた去っていく。
桑田のマウンドでの祈るような姿、清原の豪快なスイングはもう二度と見ることはできない。
王さんの求道師的な生き方は野球フアンに限らず幅広い人を惹きつけた。
その野球哲学を語る無駄のない言葉や誠実な人柄に私も共鳴していた一人である。
彼らの存在やパフォーマンスに自分の青春を重ね合わた人も人も多いのだろう。
多くの夢や記録を与え続けた彼らに今は静かに労いと賞賛の拍手を贈る。

白い薔薇が咲いている。
ユキサン、ブライダルホワイト、ヨニナ、ホワイトクリスマス、パスカリ。
ストックしてある白薔薇のラベルはこの5枚。後の二つは剣弁咲きなので、この花ではなさそうだ。
写真で見る限りユキサンに似ているが…よく分からない。
白という色は様々な思いに人を導く。

夕風や白薔薇の花皆動く  (正岡子規)
 
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