
「牛乳を注ぐ女」に会ってきた。「フェルメールとオランダ風俗画展」が行われている国立新美術館のメインホールに彼女はいた。
上から白、黄色、モスグリーン、青、赤と飾り気のないシンプルな色を彼女は身に纏う。そして左上方からやわらかい光がガラス越しに入り込む部屋で、ミルクを広口の器に注ぐ。夕餉の支度だろう、部屋にはポトポトとその小さな音だけがする。
そして時間は止まった。マジックショーのごとく、永遠に彼女の注ぐ牛乳は流れる。
解説では消失点の不一致に見られる計算された画面構成、背景をシンプルに白い壁に塗りつぶしたフェルメールの表現の巧みさを述べている。
しかしこの絵の前に立ってなんの説明がいるだろうか。黙ってその時間と空間を彼女と共有すればいい。17世紀のオランダの台所の一人の女性の動作をじっと見ればいい。私はその場から暫く動けなかった。
新聞ほどの大きさの一枚の絵に世界の時空を超えて感動させるものがある。それを芸術というのだろう。
たぶん混雑するだろうと開館に間に合うように朝4時50分には家を出た。しかし開場前から長蛇の列、入館と同時に中はフェルメールに、そしてその彼女の魅力に惹き付けられた人々で溢れていた。
久々にいい絵を見ることができた。心の貯金箱に金貨を頂いた気分で、私はまた信濃路へと向かった。