鎌田實「命を支える」 〜薔薇の花咲く季節〜
- 2008/05/20(Tue) -
ばらピンクノックアウト

鎌田實さんの「命を支える」という講演をお聞きする機会があった。
「見放さない」「放り出さない」をモットーに地域住民とともに作る温かい医療実践を行っている鎌田さんは60歳。
チェルノブイリ、ベラルーシ、イラクへ自ら赴き、医療援助活動を続けられておられることは衆知の通りだ。
「がんばらない」「あきらめない」「なげださない」などの著は多くの人々に感銘を呼び共感を得ている。

「徹子の部屋」での黒柳徹子さんとの舞台裏やそのエピソードの紹介には、おかしく笑え楽しくもあった。
そして、温かな優しい語り口から、繰り出される「命」に関わる人の生き様、人と人との関係性のすばらしさは心打つ。
講演のキーワードは次ようなことであった。
 心は体と繋がっている。心が体を治すという事実がある。
 命は繋がりの中で守られている。三つの繋がりを自分のフィロソフィーとしている。
 それは「人と人」「人と自然」「「体と心」、この繋がりのどこかに綻びができると生きづらたくなる。
ほかにも、重く深く考えさせられる多くの言葉が紡がれるが、ここにすべてを記すことができないのが残念である。
体の芯まで温かくなり、脳の随まで言葉が浸透するような心洗われる余韻を残して会場を後にした。

庭ではピンクノックアウトという薔薇が咲いている。甘い香りが鼻を通し頭の奥まで抜けるようで心地よい。
目をつぶると、花がくれる幸せを感じる。これも鎌田さんのおっしゃる「人と自然」の繋がりなのだろう。
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アイビーゼラニウム(トムガール)
- 2008/03/15(Sat) -
アイビーゼラニウムトムガール


三月も中旬を迎え、今年度の仕事が終わろうとしている。あれやこれやで慌ただしさが増す。
三月、時が去り、また四月の新たな時が来る。別れと出会いの季節である。

そんな時、以前書いた文を開く。青山俊董師の言葉を綴ったものだ。
  過ぎ去れを追うことなかれ、未だ来たざるを思うことなけれ。過去そは過ぎし、未来そはまだ来たらず。
  今日、まさになすべきことをなされ。誰か、明日死のあることを知れ。

過ぎ去りし日のことは自分で線を引くしかない。過去は修正できない。
まだ来ぬ日のことを頭に思い描いても仕方がない。未来は予測できない。
その日その時、今なすを為そう。

部屋の中ではカルメンのフリルのような深紅のアイビーゼラニウムがあでやかに咲いている。
三月の雑誌の上の日影かな (前田普羅)

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ネコヤナギ 〜やわらかにふくらみ〜
- 2008/03/05(Wed) -
ねこやなぎ


   紫雲に乗って、父は空へ昇っていった。
 
背に射せる春の日差しに汗ばみて ふっと息を吐き軽く眼を閉じぬ

仮宿の窓辺に倚れば啓蟄の 陽はやはらかに我が肌身に親しむ

 菊の香包まれしわが命の礎は小さき白き形となりて帰りきぬ
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風に乗って紫雲の上に
- 2008/03/04(Tue) -
八重の梅

  故郷の福木の上に東風(こち)吹きて 小さきなりし父の顔 (文)

母が手を握って最期を看取ったという。
そうすることは、もう何年も前から、父との約束だったと。
最後はスーッと静かに息を引き取ったと。

綺麗な顔をしていた。
信州から 持ってきた「干し柿」をそばに置いた。

母は背筋を伸ばし、ピンとして座っている。
崩れた姿がない。
完全主義者らしい母だと、姉は言う。

柿は一緒に棺に入れてもらい、彼岸でゆっくり食べてもらおう。
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カワラヒワ 〜寄り添うにように並んで〜
- 2008/02/26(Tue) -
カワラヒワ


カワラヒワが寄り添うように並んで枝に留まっていた。寒いのだろうか、少し体を丸めていた。
 
カワラヒワとは何の関係もない、早朝のラジオで聞いた話である。
羅列したメモからその文を起こすことにする。
最近の健康志向や健康ブームでは目的と手段の倒錯が感じられる。
本来、健康は健康のためでなく、人生のための健康でなければならない。
大阪フィルの朝比奈隆は死ぬ直前の二ヶ月前の93歳まで指揮を振り続けた。
朝比奈の目的は人生であり、芸術である。だからいつまでも健康でありたいのだと。
彼の健康は、一日でも多く指揮棒を振るための手段である。
「立つことが私の仕事であり、立って指揮が出来なくなったら私は引退する」と彼は常に言っていた。
どうすれば、さらに高い指揮ができるか、高められるか、それを成就するために健康を保つのである。
健康そのものが自己目的化したときに結果的に健康は挫折する。
自分が何をやりたいか、やりたいことを続けるためにに健康を保つ。
豊かな健康とは体と心のバランスなのだ。

健康のための健康でなく、豊かな人生のための健康、よりよく生きるための健康。考えさせられた話である。
朝5時36分頃に始まる「健康ライフ」、私は毎朝この番組を聞いてから勤務に出る。
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