
少し色褪せた文庫本がある。
新美南吉著『牛をつないだ椿の木』(角川文庫)の定価は200円。
初任の地で求めた本だ。
奥付には昭和47年12月30日 10版発行とある。
収められているのは「ごんぎつね」「てぶくろを買いに」「花のき村と盗人たち」「牛をつないだ椿の木」など。
「おぢいさんのランプ」の棟方志功が描く初版挿絵も載る。
中でも「屁」を何度も繰り返して読んだ記憶がある。
働き始めたばかりのまだ若かった遠い昔のことだ。
その文庫本を持って昨日、愛知県半田市にある新美南吉記念館に出かけた。
今でも多くの人々に愛され、絵本となって版を重ねる彼の作品が入り口には並ぶ。
動物や普通の人々の生活を通して描くメルヘンと叙情、愛と命と心。
いいこと、ただしいこと、すばらしいこと、うつくしいこと、やさしいこと、それらが主題として貫かれる。
南吉の物語を読むたびに考える。昔の人はなぜもこう純なのだろうと。
当たり前が当たり前でなくなっている昨今、勝ち組、負け組などという悲しい言葉。
「人のため、尽くす、支える、もてなす」という思いは…。
いかに「早く、多く、効率よく」が「本物の伝統や職人の技や地道な努力」より優る。
偽りで儲けに走る著名な料理や銘菓の店、そしてタケノコやウナギ、フグ、米までも。
8歳にして養子に出されるなど、幼少の頃から波瀾万丈の生涯を送った南吉。
病苦と闘いながら強固な意志を持った教師と作家を両立させた南吉。
30歳を前に世を去った若き童話作家の足跡に触れながら、しばし私も青年期の自分に還る。
懐に持つお土産は温かい気持ちとピュアな精神と懐かしさ。
外に出ると、家々のモミジはようやく色づいたばかりで、多くは青々としていた。
コスモスの彩りとたわわな蜜柑が知多の道沿いに続く。
海の見える半島はまだ秋のさなかだった。
深秋や身にふるゝものみないのち (原コウ子)

よみがえるあの頃

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