雪の日の訪問者 ~鬢付け油~
- 2015/01/31(Sat) -
雪庭11

重い雪で庭はぐちゃぐちゃ。

電話があった。
「伺います」と。
こんな天気なので気の毒だとは思ったが。

ちょんまげに着物姿。
素足に下駄履き。
それで寒くはないかと尋ねると、まだ序の口、羽織は着てはいけないきまりという。
力士姿も板に付いてきた。
帰省するたびに挨拶に来てくれる。

体は一回り大きくなった。
初場所は4勝3敗の勝ち越し。
番付は上がる。
しかし、上には数え切れないほどの四股名が坐る。
でも自分で選んだ道。
けっして弱音を吐かない。
後に入った弟弟子は半年後にやめたという。
筋肉質、親方や先輩からは、たくさん食べろ、太れと云われるらしい。
正直、食べるのが苦しいと吐露する。

成人となった。
しかし場所と重なり、成人式には出ることはできなかった。
ビデオレターで参加したという。

得意は右四つ。
組んでから一気に勝負に出るのを型にしている。
次は大阪春場所。
精進して、さらに位置が上がるのを期待したい。

彼が去った後、しばらく部屋には鬢付け油の強い匂いが残っていた。

   初場所や朝の取組みに拍手あり   (あや)

雪庭12
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雪の朝  ~1月30日~
- 2015/01/30(Fri) -
雪庭1

カーテンを開くと積もっている。
予報通りだ。

ガラガラガラガラ。
道から響く重い音。
きっとグレーダーだろう。
除雪してくれているのだ。
まだ静かな朝、こうして働く人がいる。
通勤、通学、ヒトモノが動く前に。

雪はしばらく葉や枝の上にとどまる。
モミジ、シュウメイギク、クリスマスローズ…。
その姿はまた心を穏やかなところに誘う。

湯飲みを手にする。
もう少ししたら私も防寒具に身を包み、長靴を履こう。

   まだもののかたちに雪の積もりをり  (片山由美子)

雪庭2

雪庭3

雪庭4

雪庭5
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モズ(百舌・鵙・shrike) ~鳥の声が聞こえる~
- 2015/01/29(Thu) -
鵙151

キィッキィッキィッキチキチキチと大きな甲高い声。
窓辺に寄り見渡す。
西日が射す逆光の中に一羽。
柿の枝に雄の百舌。
キィッキィッキチキチキチチ。
きょろきょろしてまた繰り返す。
どこかに刺しておいた早贄でも探しに来たのか。
結局なにも口にはしないまま彼は去った。
近くに黄色く膨らんだ蝋梅の蕾がある。
せっかく来たのだから鵯のように一つ二つ摘まんでいけばいいのに。

    冬の鵙去りてより木は揺れはじむ  (加藤楸邨)

鵙152

鵙153
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夕食後のテレビ  ~『生命は』~
- 2015/01/28(Wed) -
吉野弘夕焼け1

食後、何気なく見ていたテレビで詩人吉野弘を特集していた。
彼の詩で思い浮かぶのは『夕焼け』の電車の中の少女の姿である。

   (略)
 やさしい心の持ち主は
 いつでもどこでも
 われにもあらず受難者となる。
 なぜって
 やさしい心の持ち主は
 他人のつらさを自分のつらさのように
 感じるから。
 やさしい心に責められながら
 娘はどこまでゆけるのだろう。
 下唇をかんで
 つらい気持ちで
 夕焼けも見ないで。

番組で何編かの詩が紹介されていた。
その中の一つに「生命は」があった。 

 生命は
 自分自身だけでは完結できないように/つくられているらしい
 花も/めしべとおしべが揃っているだけでは/不充分で
 虫や風が訪れて/めしべとおしべを仲立ちする

 生命はすべて/そのなかに欠如を抱き/それを他者から満たしてもらうのだ

 世界は多分/他者の総和
 しかし/互いに/欠如を満たすなどとは/知りもせず/知らされもせず
 ばらまかれている者同士/無関心でいられる間柄
 ときに/うとましく思うことさえも許されている間柄
 そのように/世界がゆるやかに構成されているのは
 なぜ?

 花が咲いている/すぐ近くまで/虻の姿をした他者が/光をまとって飛んできている
 私も あるとき/誰かのための虻だったろう
 あなたも あるとき/私のための風だったかもしれない

ニュースは辛く悲しい現実を報道している。

 やさしい心の持ち主は/ いつでもどこでも/ われにもあらず受難者となる。
 なぜって/ やさしい心の持ち主は/ 他人のつらさを自分のつらさのように/ 感じるから。

吉野弘が生きていたのなら、この今をどのような言葉で紡ぐのだろう。

  夕焼の中に危ふく人の立つ (波多野爽波)

吉野弘夕焼け2

吉野弘夕焼3
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水田と米と都会育ちと鄙育ち ~『墨汁一滴』の中の漱石~
- 2015/01/27(Tue) -
墨汁一滴1

“夏目漱石は田の苗が米になることを知らなかった”
あの大先生にあってはすこぶる信じがたいことだが、これは事実らしい。

正岡子規の『墨汁一滴』を読んでいた。
死の前年、激しい苦痛にさいなまれた病床で書かれた随筆である。
俳句のこと、短歌のこと、病気のことなどに加え、学生の頃の思い出などが綴られる。
その中に、同級生だった漱石に触れた一文に書かれている。

  余が漱石とともに高等中学校に居た頃漱石の内をおとづれた。
  漱石の内は牛込の喜久井町で田圃からは一丁か二丁しかへだつてゐない処である。
  漱石は子供の時からそこに成長したのだ。
  余は漱石と二人田圃を散歩して早稲田から関口の方へ往たが大方六月頃の事であつたろう。
  そこらの水田に植ゑられたばかりの苗がそよいで居るのは誠に善い心持であつた。
  この時余が驚いたことは、漱石は、我々が平生喰ふ所の米はこの苗の実である事を知らなかったといふ事である。
  都人士の菽麦を弁ぜらる事は往々この類である。
  もし都の人が一匹の人間にならうといふのはどうしても一度は鄙住居をせねばならぬ。

都会育ちの漱石は、鄙育ちの子規に青田の苗がやがて米となることを教えられたらしい。
私は思わずその部分をもう一度読み返していた。
漱石の「苗と米」にまつわる事実が分かり、思わずひとりにんまりした。
言葉を自在に操る文学者の若い頃の一面を知り、なぜか嬉しくなった。
そして 漱石も我々と同じなんだと、身近に感じた。。

今朝は雨、一月にしては珍しい。
少しずつフユオ君とハルコさんが寄り添ってヒソヒソと話を始めたのかもしれない。

  孔孟の道貧ならず稲の花  (夏目漱石)

墨汁一滴2
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K氏の像 ~若い頃の感性~
- 2015/01/26(Mon) -
K氏1

家の中にいくつかの彫刻作品がある。
絵と違って重ねたり積んだりするわけにはいかない。
おのずと場所を取る。
それで、かなりの作品は壊したりして処分した。
今手元にあるのは何か思い入れがあるものだけとなっている。

K氏の像は上司がモデルであった。
仕事の面では厳しい指導だったが、プライベートでは私たち若輩者に対してはよく面倒を見てくれた。
道元を生きる柱としていた。
伴われて寺で座禅に参加したこともあった。

作ったのは休業中の夏の暑い日、K氏も私も汗だくだった。
色々の話をしながら粘土を付けていった。
奥様の名前が一緒のことや、息子さんが私と同じ年のことなど。

最近、その頃の感性が失われていることを感じる。

   一月の汚れやすくてかなしき手   (黒田杏子)

K氏2
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シジュウカラ(四十雀・great tit) ~1月の晴れの日の小鳥~
- 2015/01/25(Sun) -
四十雀251

四十雀ね。
うん。
どうして四十雀って云うの?
しらない。
四十年生きるのかしら?
そんなことはないだろう。
始終(しじゅう)「ツッピツッピー」と鳴くからかなあ。
メジロなんてもっとうるさくなく。
可愛いわね。
かわいい。

いい天気ね。
いいてんきだ。
ドライブ行きたいね。
ぼくはよていがはいっている。

   山晴るる日は呼び合ひて四十雀   (中島畦雨)

四十雀252

四十雀253
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